第5話 緑埜航平「僕には場違いなお店」

「えぇ!? 飲みって、こういう店なんですか!」




 青砥さんが、こんなたぐいの店に行くイメージはなかった。


 入口はそんなに派手な感じでもなかったけど、店内は僕には場違いな雰囲気や。




「キャバクラは初めてか?」


「失敬な! 要はメイドカフェ的なことでしょ!」


「いや、俺、そっちは知らないから」




「いらっしゃいませ。青砥さん、ご無沙汰じゃないですか」




 中に入ったらすぐ、黒服のボーイさんが話しかけて来た。


 どうやら青砥さんの行きつけの店らしい。




「ええ、なかなか暇がなくてね。桃花ももかいる?」


「いますよ。少々お待ちくださいね」




 黒服さんは奥へ行った。




「桃花さんって、誰っすか。青砥さんの推しメンですか?」


「ま、まあな」




「青砥さーん! 久々じゃーん!」




 声のする方を見て、びっくりした。


 ピンクのヒラヒラの衣装で、手を振りながらこっちへ来る女が、知ってる顔やったからや。




「く、胡桃沢!」




 胡桃沢はいつもの着ぐるみとは違う、ザ・キャバ嬢っていう格好や。




「おお! ミドくんも来てくれたんだ!」


「お、お前……何してんねん!!」


「何って、バイトだけど? そして、アタシは桃花だけど?」




 胡桃沢はそう言いながら胸を寄せて、僕の方に胸の谷間を強調してきたけど、胡桃沢ごときに興奮するわけがない。




「緑埜、鼻血拭けよ」




 出てたらしい。




 僕と青砥さんは、黒服さんと胡桃沢、ちゃう、桃花に連れられて席に着いた。


 桃花は、僕と青砥さんの間に座った。




 テレビドラマで観るようなほどのキラキラした雰囲気はないけど、店の華やかな装いに気おくれしてしまう。




「なんか、緊張して……あんまり、居心地のええもんやないですね」




 たぶん、また目と鼻の孔が膨らんでやろうなぁと思いながら、僕は、桃花に注がれたビールを喉に通した。




「なになに? アタシに緊張してんの? 美し過ぎ??」


「んなわけあるか!」


「まあ、すぐに慣れるさ」




 青砥さんはそない言うけど、キャバクラに慣れるのも、あんまり褒められた話やない。


 ハマってもたら、金がいくらあっても足りへんからな。




「ところでお前、公務員やのにバイトしてええんかい」




 僕は勝ち誇った顔で訊いた。




 確か、国家公務員法かなんかで、副業はしたらあかんって決まってるはずや。知らんけど。




「お前、会社に黙っといてほしかったら、僕に生意気な口は利くな!」


 そない言うたら胡桃沢は


「ええっ! お願い! 黙ってて! なんでも言うこと聞くから!」




 って言うはずや!




「缶コーヒー買うてこい。かねはお前持ちや!」


 で、胡桃沢は僕に敬礼して、


「はい! かしこまりました!」




 天国や!




 そう思たのに、胡桃沢からは予想とはちゃう答えが返ってきた。




「いやいや、国公法に副業はダメなんて書いてないし」


「えっ!? そうなん?」




 胡桃沢は、なんか難しい言葉で喋るから、ようわからんかったけど、要は、「信用を損なわない、守秘義務を守る」これを守っといたら、公務員の副業に問題はないらしい。




 せっかく、こいつの弱みを握れたと思ったのに、即、打ち砕かれた。




 けど、そこで、すぐに「弱みにぎにぎ大作戦2」を思いついた。




「けど、赤羽さんが知ったら、どない思うやろなー」




 再び、勝ち誇った顔で言うた。




 法令は遵守じゅんしゅしてても、さすがに、自分の恋人にバレたくはないやろ。


 完全に僕の勝ちや!




「赤羽さんに黙っといてほしかったら、僕にも膝枕しろ!」


「膝枕以外にも、もっと楽しいことしてあげるから、お願い! 黙ってて!」


「わかった。ほな、とりあえず服脱げ!」


 で、胡桃沢は僕に敬礼して、


「はい! かしこまりました!」




 こうなるはずや!


 が、また胡桃沢からは、不思議な返答が来た。




「颯さん知ってるのかな? で、知ってたらまずいの?」


「え?? じ、自分の彼女がこんな店で働いてること知ったら、赤羽さん、ブチ切れるやろなー」




 その言葉を聞いて、胡桃沢はのどちんこが見えるくらいに口を開いて笑い出した。


 青砥さんまで、なんか、気まずそうに苦笑いしてる。




「な、なにが可笑おかしいねん!」


「赤羽さんと結華は、別に付き合ってるわけじゃないぞ」




 笑って喋られへん胡桃沢の代わりに、青砥さんが答えた。


 つ、付き合ってもないのに、膝枕なんかするんか……世間のヤツらはどんだけリア充狂ってるんや。




「あーぁ、ミドくんウケるー」




 やっと笑いが収まってきた胡桃沢は、涙を拭きながら立ち上がった。




「今日からアタシの友達が店に入ってるから、ちょっと連れてくるよ」




 まだ、涙流してる。


 胡桃沢は奥に行こうとしたのに、僕の心を読んだんか? わざわざ振り返って、




「そんなに膝枕してほしいんだったら、きのこさんに頼んでおいてあげるよ」




 そう言うたあと、店の奥に行った。




「あんなに太い腿で膝枕されたら、首折れるわ!」


「緑埜、結華に彼氏はいないらしいから、お前にもチャンスがないわけじゃないぞ」




 青砥さんが耳打ちをするように言うた。




「なに言うてんすか……、あんなヤツに付き合ってもらうようになったら終わりでしょ」




 正直、胡桃沢にええとこがあるとしたら、顔だけや。


 それ以外、どこもええトコあらへん。


 まあ、いて言うなら、スタイルがええトコと、肌がキレイなトコと、実家が金持ちなトコと……


 要は、胡桃沢の悪いトコは性格だけや。




「まあ、今日は奢るから、機嫌なおせよ」


「ありがたいけど、他の店が良かったっすわ……」




 そんな話をしてたら、胡桃沢が戻ってきた。




「連れて来たよー」




 胡桃沢の少し後ろにいる女の子を見て、僕は口に含んだビールを噴き出した。


 その女の子が、あまりにも不細工やったから、って言うわけやない。


 その逆や。




 美しい……




 噴き出したビールが霧になって、店内の照明が乱反射するから、キラキラ輝いて、彼女の美しさを更に引き立ててる。




 天使や……




「緑埜っ! 今までに見たことがないくらい、目と鼻の孔が膨らんでるぞ!」

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