お盆休み初日のショッピングモールは、人混みで溢れていた。

 子連れの夫婦。中高生の集団や、若いカップル。

 綾香は逸れないように愛の手を握り、二人はショッピングモールでのデートを楽しんだ。

「すごい人ですね」

 運よくチェーン店のカフェが空いていたので、二人は新作のコーヒーを頼みテーブル席に座り足を休ませる。

「本当ね。まさかこんなに混んでいるなんて」

 太めのストローに口をつけて綾香はコーヒーを飲む。同時にコーヒーの甘さに思わず眉をひそめる。

「綾香さん、甘いの苦手?」

 愛が心配するように綾香の顔を覗き込む。

「苦手ってわけじゃないんだけどね。これはちょっと甘すぎるかも」

 そう言いながらも、綾香は再びストローに口をつける。

「代わりの買ってきましょうか?」

 真剣な表情で言うものだから、綾香は大げさに首を横に振り、

「飲めない甘さじゃないから大丈夫。そんなに気を遣わなくて大丈夫だよ」

 はい。と小さな声で頷くと、愛は困ったように微笑みながらコーヒーを口にした。

 いい子だと、綾香は思った。

 愛も年頃の女の子だ。元々は愛のショッピングに付き合うつもりでショッピングモールまで来たのに。結構な距離を歩いても疲れた様子を見せず、逆に綾香の心配をしたり。綾香が服を購入し手に袋を持てば、「持ちますか?」とまるで彼氏のような立ち振る舞いを見せたり。いつの間にか本来の目的とは外れ、愛が綾香のショッピングに付き合う形になってしまい、綾香は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

 そして、一番驚いたのは――、綾香が目ぼしいものを見つけ、何気なく「これいいな」と独り言ちると、こっそりとレジに持って行き買おうとする事だった。

 二万円のブランドのネックレス。一万五千円の新型の体重計。三千円のボディクリーム。

 気を遣いすぎるのか、献身的すぎるのか、とにかく綾香は、普通ではない愛の感覚に危うさを感じた。

 ――悪い男に騙されないといいけど。

 スマホを片手にストローを咥える愛を見る。

 黒く長い髪に、切り揃えられた前髪。整いながらも幼さを感じる愛の顔は、テレビで見るアイドルにも顔負けしないと綾香は思う。

 通り過ぎる人の視線がやけに気になるのは、隣に愛が居るからだと綾香は気付く。

 ――どうして私なんだろう。

 二十七歳。これといった趣味や特技があるわけでもなく、羨ましがられるような容姿を持つわけでもない。

 近い年代のもっと可愛い子がいるはずだ。それなのに、どうして愛は自分を好きになったのだろう。

 そもそも、愛は私のことが好きなのだろうか。

 愛から一度も「好き」と言われたことがないと、綾香は気付く。

 綾香はますます分からなくなる。

「綾香さん!」

「あ、うん。どうした?」

 愛は控えめに頬を膨らますと、

「三回呼んだのに。もしかして疲れてますか?」

「ううん、ごめん。ちょっとぼうっとしてた」

 視線を逸らす。頬を膨らませる愛が可愛らしくて、綾香は思わず見惚れそうになる。

「綾香さん」と愛が再び名前を呼ぶ。今度はしっかりと返事をする。

「この後は……どうしますか」

 愛はどこか寂しそうな表情で言った。

 この後というのが、今夜、延いては明日のことだと綾香は察する。

 今日から五日間お盆休みの綾香は、明日は祖父のお墓参りに、母方の実家に顔を見せに行こうと考えていた。

「明日はお墓参りに春川まで行く予定なんだ」

 少しの間の後、「そうですか」と愛は明らかに落胆する。

 綾香は悪いことをした気分になる。それと同時に庇護欲が綾香を刺激する。

「愛ちゃんも来る?」

 ぱっと愛の顔が明るくなる。

「田舎だし、何もないけど」

「全然大丈夫です! 行きたいです」

 愛は笑顔になる。つられて綾香も笑顔になる。

 稀に見せる、愛の幼い立ち振る舞いが綾香は好きだった。

 再び、愛は控えめな声で綾香の名前を呼ぶ。

「今日も泊まっていってもいいですか」

 心配するように、窺うように愛が言う。

「うん、愛ちゃんが大丈夫なら」

 愛が身を乗り出す。

「ありがとう綾香さん」

 愛は嬉しそうに綾香の手を握り、上下に揺らす。

「よし、いい時間だね。夕食どうしよう、愛ちゃん食べたいものある?」

「綾香さんにお任せします」

 綾香は頷く。記憶を辿り、カルボナーラが美味しかったイタリア料理のお店を思い出す。

 飲みかけのコーヒーを飲み干し、

「よし、じゃあパスタ食べて、お酒買いに行こう」

 愛が大きく頷く。

「夜はいっぱい呑みましょう」

 追いかけるように、愛も最後の一口を飲み干した。

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