5
お盆休み初日のショッピングモールは、人混みで溢れていた。
子連れの夫婦。中高生の集団や、若いカップル。
綾香は逸れないように愛の手を握り、二人はショッピングモールでのデートを楽しんだ。
「すごい人ですね」
運よくチェーン店のカフェが空いていたので、二人は新作のコーヒーを頼みテーブル席に座り足を休ませる。
「本当ね。まさかこんなに混んでいるなんて」
太めのストローに口をつけて綾香はコーヒーを飲む。同時にコーヒーの甘さに思わず眉をひそめる。
「綾香さん、甘いの苦手?」
愛が心配するように綾香の顔を覗き込む。
「苦手ってわけじゃないんだけどね。これはちょっと甘すぎるかも」
そう言いながらも、綾香は再びストローに口をつける。
「代わりの買ってきましょうか?」
真剣な表情で言うものだから、綾香は大げさに首を横に振り、
「飲めない甘さじゃないから大丈夫。そんなに気を遣わなくて大丈夫だよ」
はい。と小さな声で頷くと、愛は困ったように微笑みながらコーヒーを口にした。
いい子だと、綾香は思った。
愛も年頃の女の子だ。元々は愛のショッピングに付き合うつもりでショッピングモールまで来たのに。結構な距離を歩いても疲れた様子を見せず、逆に綾香の心配をしたり。綾香が服を購入し手に袋を持てば、「持ちますか?」とまるで彼氏のような立ち振る舞いを見せたり。いつの間にか本来の目的とは外れ、愛が綾香のショッピングに付き合う形になってしまい、綾香は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
そして、一番驚いたのは――、綾香が目ぼしいものを見つけ、何気なく「これいいな」と独り言ちると、こっそりとレジに持って行き買おうとする事だった。
二万円のブランドのネックレス。一万五千円の新型の体重計。三千円のボディクリーム。
気を遣いすぎるのか、献身的すぎるのか、とにかく綾香は、普通ではない愛の感覚に危うさを感じた。
――悪い男に騙されないといいけど。
スマホを片手にストローを咥える愛を見る。
黒く長い髪に、切り揃えられた前髪。整いながらも幼さを感じる愛の顔は、テレビで見るアイドルにも顔負けしないと綾香は思う。
通り過ぎる人の視線がやけに気になるのは、隣に愛が居るからだと綾香は気付く。
――どうして私なんだろう。
二十七歳。これといった趣味や特技があるわけでもなく、羨ましがられるような容姿を持つわけでもない。
近い年代のもっと可愛い子がいるはずだ。それなのに、どうして愛は自分を好きになったのだろう。
そもそも、愛は私のことが好きなのだろうか。
愛から一度も「好き」と言われたことがないと、綾香は気付く。
綾香はますます分からなくなる。
「綾香さん!」
「あ、うん。どうした?」
愛は控えめに頬を膨らますと、
「三回呼んだのに。もしかして疲れてますか?」
「ううん、ごめん。ちょっとぼうっとしてた」
視線を逸らす。頬を膨らませる愛が可愛らしくて、綾香は思わず見惚れそうになる。
「綾香さん」と愛が再び名前を呼ぶ。今度はしっかりと返事をする。
「この後は……どうしますか」
愛はどこか寂しそうな表情で言った。
この後というのが、今夜、延いては明日のことだと綾香は察する。
今日から五日間お盆休みの綾香は、明日は祖父のお墓参りに、母方の実家に顔を見せに行こうと考えていた。
「明日はお墓参りに春川まで行く予定なんだ」
少しの間の後、「そうですか」と愛は明らかに落胆する。
綾香は悪いことをした気分になる。それと同時に庇護欲が綾香を刺激する。
「愛ちゃんも来る?」
ぱっと愛の顔が明るくなる。
「田舎だし、何もないけど」
「全然大丈夫です! 行きたいです」
愛は笑顔になる。つられて綾香も笑顔になる。
稀に見せる、愛の幼い立ち振る舞いが綾香は好きだった。
再び、愛は控えめな声で綾香の名前を呼ぶ。
「今日も泊まっていってもいいですか」
心配するように、窺うように愛が言う。
「うん、愛ちゃんが大丈夫なら」
愛が身を乗り出す。
「ありがとう綾香さん」
愛は嬉しそうに綾香の手を握り、上下に揺らす。
「よし、いい時間だね。夕食どうしよう、愛ちゃん食べたいものある?」
「綾香さんにお任せします」
綾香は頷く。記憶を辿り、カルボナーラが美味しかったイタリア料理のお店を思い出す。
飲みかけのコーヒーを飲み干し、
「よし、じゃあパスタ食べて、お酒買いに行こう」
愛が大きく頷く。
「夜はいっぱい呑みましょう」
追いかけるように、愛も最後の一口を飲み干した。
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