誰でもいいから声をかけてほしい。ひとりにしないでほしい。

 そんな一時の感情に駆られて繰り出した夜の街。

 寂しさを埋めるようにアルコールを浴び、通り過ぎるカップルから目を逸らす夜に、より一層寂しさを感じて――

 そんな中、声を掛けてくれたのが彼女だった。

 小さく可愛らしい彼女。

 整っていながらも愛嬌のある顔立ち。

 どこか幼く落ち着きのある声に、色気のあるゆったりとした話し方。

 雪のように白い肌。羨ましいくらい華奢な身体に――

 ――手首に刻まれた傷跡。

 所謂メンヘラという女の子なのだろう。変わった雰囲気の子だと綾香は思った。

 彼女に深く踏み入ったら痛い目に遭うと頭では理解していた。

「なんで私だったんだろう」

 それでも頭に浮かぶのは彼女のことだった。

 おもむろに立ち上がり、冷蔵庫から缶ビールを取り出す。

 ソファーに身を委ねて、二本目の缶ビールを開けた。

“レズ”だと彼女は自身のことをそう言った。

 居酒屋やバーで呑んでいると、たまにそういった方と出会う時がある。

 といっても、SNSで出会った元カレと付き合ってた二年間は、呑みに行く機会は殆どなかった。

 同性を性のはけ口にする人間はともかく、同性を愛する人間に対して綾香は偏見を持たなかった。

 だから、何もしていないと言った彼女には好感が持てたし、顔色を窺い優しくしてくれる彼女はむしろ可愛らしく見えた。

 それでも、人生において一度も同性を好きになったことのない綾香には、彼女と一線を越える気持ちも、勇気も無かった。

 あんなに可愛いのに、と思いながら綾香はビールを口にした。

 きっと異性を好きになれたのなら、恋人に困ることがないタイプだと綾香は思った。

 無意識に携帯を手繰り寄せ、画面を開く。

 同僚から「別れたの? 今度合コン行こ~」と通知欄に表示されているのを確認し、仕事を終えて解除をするのを忘れていたマナーモードをそっと解除した。

「合コンかあ……」

 別れたのだと実感すると胸の奥から寂しさが込み上げてきた。

 大きくため息を吐き、ソファーの背もたれに頭をのせて天井を見上げる。

 何故か無性に帰りたいと綾香は思ってしまった。

 まだ一回しか足を踏み入れたことがないのに。

 彼女のことを好きになれる確信もないのに。

 そもそも、一夜限りなのではないかと綾香は思った。

 年頃の大学生だ。きっと次の日には目ぼしい人を見つけて、そしてまたあの部屋に連れ込むのだろう。

 そう考えると酷く虚しくなった。

 二十七歳。親しかった友人はとっくに結婚していて、子供を産んでいる。

 子供が欲しいという願望は特に無かったが、周りに置いていかれる焦燥感と、ひとり取り残される孤独感は、綾香の寂しさに追い打ちをかけた。

 おもむろに携帯を手にし、同僚とのトーク画面を開く。

『行くー!いつー?』

 と、入力し終えた途端、通知を知らせる音と共に、画面に左端にメッセージが届いたことを知らせるように1と数字がついた。

 トーク画面を切り替えて、メッセージの送り主を見る。

“あい”と書かれた名前に咄嗟にトーク画面を開く。

『今週の金曜日、よかったらうちに呑みに来ませんか?』

 寂しさを追いやる様に、嬉しくなる。

 愛のメッセージに二つ返事で返し、同僚には断りのメッセージを送った。

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