Ending 極みつきの楽園へ

 ウコクがギターを構えると会場はクラシックコンサートのような静寂と緊張に包まれた。咳払いすら数万人が遠慮している。


 そして、一曲目、『つんざけ』のリフを待った。


『あ!』

『あ!』

『あ!』

『あ!』


 全員が声に出す間すらなかった。


 ウコクは弦にストロークする代わりに自分のポジションからフロントに立つ紫華シハナの前にダッシュしながら肩からギターを外し、ストラトキャスターを斧のように下から振り上げた。


 静寂だからこそ、音だけで状況を全員で共有できた。


 皺の入ったハーフコートの男が放ったサイレンサーの銃弾の、「シボッ」、という発射音。


 そのすぐ前の観客の胸部を、「ふすっ」、と銃弾が貫通する音、観客が「うっ」と呻いてずだっ、と芝生に倒れる音。


 人間ひとりの肉厚でも勢いを削がれない銃弾がウコクのストラトキャスターの軽い材質の広葉樹でできたボディを、「チッ」、と貫く音。


 軌道を変えることもできずにまっすぐに飛んだ銃弾がおそらく紫華のカラダの一部に着弾し、倒れるのではなく赤のタイトスカートから伸びた足をゆっくりと膝折って正座するその衣摺れの音。


 最後は視覚でもって知った。


 紫華の真っ白なブラウスの左胸の下に、真紅の薔薇のように広がる赤を。


「どおおおおおおおーーっ!!」


 悲鳴よりも怒号が勝った。

 紫華に駆け寄ろうとしたカナエがスタッフから羽交い締めで制止される。

 振り切ってカナエはステージではなくSPに抱えられて会場を出ようとする官房長官の元に走り込んだ。


「ヘリを! 救急搬送のヘリを!」

「無理です。着陸する場所がない」

「畜生!」


 怒りのぶつけようがないカナエは発狂したように汚い言葉で喚き続けた。だが官房長官も、無音の銃を撃った男も、既に会場を後にしていた。


「紫華っ!」


 バンドのフルメンバーが姿勢を崩さずに正座する紫華を囲んだ。ウコクが背中から優しく抱いて呼び続ける。


「紫華っ!」

「ウコク、送って」

「えっ?」

「葬送して」

「なに言ってるんだ!」

「ううん。生まれた時からわかってた。忘れてただけ。お願い。わたしの本当の願いを叶えるために」

「本当の願い?」

「『今すぐ、この場で、全員救う』だから、お願い、弾いて」

「・・・」

「ウコクがエレクトリック・ギターを弾くきっかけになった、クラプトンの曲で、わたしを葬送して・・・」


 境界がわからなかったが。

 紫華は絶命していた。


 おそらくウコクはその瞬間、狂っていたのかもしれない。


 穴の空いたストラトキャスターを抱え直し、マイクスタンドの前に棒立ちになった。


 まったくの無表情で右手の甲を震わせて弦を鳴らし始めた。


 エリック・クラプトンの、『Knockin’ on the Heaven’s Door』


 ゆっくりと蓮花レンカ馬頭バズも自分のポジションへと歩いた。


 紫華抜きの、バンドアンサンブル。


 ウコクが、メインヴォーカルを歌い始めた。


 ・・・・・・・・・・・・・


「戻ったか、紫」

「はい」

「今度は短かったな」

「それでも15年かかりました」

「救えた、と思うか」

「まだ、全員は」

「そうか・・・」


 ふたりは代々木公園を雲の切れ間から眺めた。


「紫。真っ直ぐなココロでなかった者たちは召すことにする。寿命としてな」

「はい・・・」


 紫華は、その52段高たかの方に問うた。


「バンドは、どうなるんでしょうか」

「そればかりはわたしにも分からん。カナエも、男どもも、自らの意思で決断しておるからな・・・わたしの出る幕ではない」

「はい」


 紫華はさっきのカナエと同じように、一滴、涙を頰から顎へと滴らせた。


 代々木公園に、雨が降り始めた。



Fading out .....

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