フル(スロットル)アルバム

 フルアルバム。


 カナエは悩んだ挙句、現在の流通手段であるダウンロードでの販売を決めた。

 カナエはCDの販売だけに限定する方法も考えていた。だが、Aエイ-KIREIキレイは虐げられるひとたちのためのバンドであり、そのようなひとたちは今まさに死にたい気分の状態にあることがほとんどだろうと考え、今すぐ聴くためのダウンロードも認めざるを得なかった。


 ただ、本当のことを言うと、自分たちの救いになるかもしれない音楽を、できうればアナログレコードで、ジャケットの封を切りターンテーブルに乗せて塩化ビニルの表皮の純潔を奪うように針を一番最初に落とす時の緊張感を聴くひとたちにも持って欲しいとすら考えていた。

 そしてその音が鼓膜を経由して脳で分析されるだけでなく皮膚の振動と、普段自分が遭っている辛酸とをミクスチャーして脊髄やココロにまともに浸透するような聴き方をしてもらえたらと願っていた。さらに言えば。


 全パートをカラダで記憶し、人生の窮地に陥った時、脳内で爆音で鳴らして欲しい、と。


 カナエがそうだったように。


 ドンカマも使わず、一発録りだからこそ膨大な練習を行った。

 そして、カナエは一発録りのハプニング的なアドリブをあてにするということもなかった。


馬頭バズ! スネアとバスドラ、まだ隙間を無くせる!」

蓮花レンカ! スラップに頼りすぎ!」

「ウコク! リフがぼやけてる! 聴く人間の脳膜をひっかくような懐刀のようなリフを!」


 紫華シハナには一番厳しかった。


紫華シハナっ! 今ここで死んでしまうんじゃないかっていう性根しょうねで歌うのよっ!」


 そして完成したA-KIREIの1st フルアルバム。


「『勝利は敗者のもの』!?」


 普段A-KIREIを聴かない人間たちにとっては戸惑いしか与えないタイトルだったが、一度でもA-KIREIというバンドに心惹かれた者であればああ、本当にやってくれたんだ、と涙を滲ませた。


 そしてカナエは更に驚くべき展開を取った。

 それは紫華の「あの時死んでてもおかしくなかった」というほどの、『いじめ』という辛酸から執念で放つものだった。


「ライブで回った国々の言語で歌えます」


 カナエが付け足す。


「ネイティブのように」


 おおー、とどよめいてくれたのはコアな音学誌のインタビュアーだけだったが。


 厚生労働省課長補佐であった木田の死を悼むことそのものが直接的には官僚システムへ、間接的には首相官邸に対して反抗的と捉えられるA-KIREIに対して一般メディアは尻込みをして一切取材に訪れなかったのだ。


 だが、カナエはそれで満足だった。


『卑怯な人間に評価されることは自分たちも卑怯者に分類されるということだ』


 ライブで回った国が中心とはなるものの、活動間もないこのバンドに対し海外のメディアが取材のアポ採りに殺到した。それもエンターテイメントのメディアだけではなく、その国のオピニオンリーダーと言われる主要メディアもだ。


 そして、各国のメディアがこのアルバムをこう称してくれた。


「革命だ」


 と。


 エフェクターすら極力使わず直結に近いギター。


 スラップも凄いがシンプルな弦さばきを背骨で感じるような重低音のベース。


 テクニックもそうだが、一打一打が高い打点から振り下ろされるタイトなドラム。


 生まれ出たその瞬間からココロの中の絶叫でヴォイストレーニングを繰り返してきた根性のヴォーカル。


 王道であり愚直ですらあるバンドの音は、だから、革命だった。


 MVも無い以上、各国でもラジオで流された。


 南米のストリートの地べたに投げ出されるように置かれた古いvictorのラジカセから。


 東南アジアの市場を走るバイク・タクシー・ドライバーが腰にくくりつけた小型ラジオから。


 アフリカで飢えのために強盗を働いたばかりの少年が逃走する盗難車のカーラジオから。


 ヨーロッパで出勤途中に突然出社拒否をしたくなった女性のカーラジオから。


 北米の地方都市のダイナーでコーヒーを飲むひとたちの琴線に。


 そして、日本は海外のロックンロールを愛するひとたちから問いかけられた。


「どうして、感じようとしないの?」


 紫華は自分のアカウントでそっと呟いた。


「みんなの『いじめ』って人マネだったんだね」



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