何も変わらない我ら

 ひとつ行けば後は同じだと気づいた。


 襲われるか襲われないか。

 撃たれるか撃たれないか。

 ヤられるかヤられないか。


 死ぬか、死なないか。


 そんなのどこでも同じことだ。

 Aエイ-KIREIキレイの4人とカナエはそれをココロの底まで理解できる人間たちだった。


 人種差別のるつぼ。

 隣国から侵略を受ける国境周辺。

 臓器売買が繰り返される中立地帯。

 マフィアの牛耳る街。

 強盗発生率が世界最悪の港湾都市。


 バンドは『人道支援』の名の下にありとある薄暗い場所をギグして回った。

 ギグで聴衆を集め、そこで水と食料を配る、あるいは性犯罪が横行する場所では避妊具を配給したりもした。


 わずか2ヶ月で6カ国を巡った。

 そんな中、カナエが今度こそはなんとしてもバンドの意思を削ごうという場所のオファーがあった。


 住人の半数が治療法のない感染症に罹患した街。


紫華シハナ、今度だけは諦めて」

「どうして」

「どうして? じゃあわたしこそ訊くわ。どうして諦められないの?」

「救えるから」

「え」

「救えることが分かってるから」

「治療法がないのよ? 今の医学じゃ助けられないのよ? あなたも、感染する確率が極めて高いのよ?」

「じゃあカナエ、教えて。わたしは日本で生まれた。多少わたしの周囲の人間が続けて死んでいったかもしれないけど、わたしはごく普通の女の子供だったはず。じゃあどうして安全地帯にいたはずのわたしが、を蹂躙されるようないじめに遭ったの?」

「それは・・・」

「カナエだってそうでしょ? カナエは美人だしとてもステキな女性だと思う。なのにどうしていじめに遭って脳内でロックを爆音で鳴らさないと生きていられないような境遇だったの? ねえ、どうして?」

「紫華。どうして感染症の人たちを救えるって分かるの?」

「分からない。でも、救える。行かないと後悔する」


 気休めにしかならないと分かりながらカナエはバンドに言った。


「分かったわ。ワクチンの在庫はあるそうよ。紫華が大丈夫と言うのなら大丈夫なんだろうと思う。行きましょう」


 アフリカ。内陸。きわめつけの暑さに支配される場所。

 蚊や昆虫が媒介するらしい感染症のその村にはそもそもロックを聴くような人間が本当に存在するのか半信半疑どころかほぼ懐疑だった。

 感染している人間は床の木材を何枚か引き離したような板の上に乗せられて運び出されて青空の下にあるテントで衰弱して死を待っており、感染していない人間は風景を切り取られたような日常の中で気だるさをファッションに変えてでもいないとやってられないような感覚に陥っていた。


 ロックでなんとかなるのか。

 ならないのか。


「感染するよ」

「一応ワクチンは打ってきた」

「あ、そう」


 医師たちも淡白なもので、虚無の空気が全員を包んでいるようだった。

 カナエは交渉した。


「みんな寝ててもいいからテントの前でステージをやらせてもらえませんか?」

「生きてるだけで苦痛なんだ、この患者どもは。それを馬鹿でかい音で叩き起こそうってのかこのクソどもが」

「クソでもなんでもいいからとにかく演奏させて」

「やりたきゃやりな。どうせこいつらは死ぬんだから」



 蓮花レンカが紫華に訊いた。


「どうする? 最初の南米でやったお経みたいに演奏するかい?」

「蓮花。この人たちは死人しびとじゃないから」

「そうだな。だが死人より絶望してる」

「紫華。踊れるかい」


 ウコクが静かに訊いた。そして続けた。


「このひとたちの前で」


 紫華はダンスのレッスンは受けていない。だが、ダンサーを二人揃えたロックバンドのライブ映像を観たことがあった紫華はその残像だけで自分の身体を使い、ダンスを再現した。


『ああ・・・』


 蓮花も、ウコクも、馬頭バズも、そしてもちろんカナエも、この紫華という少女の才能と人格を愛さずにはいられなかった。

 カナエは軽四ワゴンでAエイ-KIREIキレイのメンバーを探して回った道中で見たいくつかの獅子舞を思い出していた。

 五穀豊穣を願い、あるいはその結果収穫の時の恵みに感謝する神へ奉納するためのその獅子舞の激しさに、カナエはプリミティブな音楽やロックの原型を見た思いがしたのだ。


 獅子に立ち向かう夜叉。


 カナエが見た夜叉は少年だった。

 おそらくは小学校高学年ぐらいの少年が、長い槍をローリングして獅子の頭に突きを繰り出す。それを牙で、ガチン、と噛み砕かんとする獅子。


 深夜を過ぎ、ディーゼルエンジンで発電される常夜灯がスポットライトのように夜叉の少年を照らし出す。


 ウィッグではあろうが夜叉は白髪と黒髪を交互に垂らし、少年の眼は長い前髪に覆われて表情は読めない。

 だが深夜をはるかに過ぎて明けの明星が光る前、『獅子殺し』という最後の戦いに突入し、ステップの激しさを倍加させる少年夜叉。


 太鼓が、狂気のようなビートを弾く。

 少女たちが吹く横笛から飛沫のように飛び散る彼女たちの唾液が、ライトに照らし出されてライブパフォーマンスのような煌めきを見せる。


 カナエがそこまで追憶した時、紫華の隣に、アフリカの漆黒の美しい肌をした少年が滑るように躍り出て来た。


「ヨウ!」


 少年は笑顔でそう紫華に呼びかけると彼女のステップを見よう見真似で踏み始めた。


 二人の踊りが完全にシンクロする。


 馬頭は我慢できなかった。スネアに革紐を括り付け、マーチングバンドの鼓笛のように、スティックで『祭祀』の太鼓のように細かく激しく連打する。


 震災直後の配給所の横で足蹴にされながらドラムを叩かずにはいられなかったあの時のように。


 ウコクもアンプを繋がないままのギターの弦を紫華たちのステップに合わせ、高速カッティングする。まるでそれは馬頭がいつも繰り出す迅雷のようなハイハットの代わりのように。


 蓮花もやはりベースをアンプに繋がずにパーカッションのようなスラップを連ねる。


 少年はやはり笑顔だった。

 細い四肢を折れるような危うさのスピードで動かし続ける。

 紫華が笑い返す。彼女は自分のステップだけでなく今度は逆に少年のステップも即座にコピーしてシンクロする。


 連動し相乗効果でスピードを更にあげる二人。


 テントの中で呼吸器をつけて横たわる患者や、表で気力も尽き果ててただただ座るひとたちの眼が開いた。

 クラップするわけでもなくコールアンドレスポンスするわけでもないが、その無為なはずのひとたちの体が、小刻みに揺れている。


 間違いなくグルーヴしている。


 バンドの男ども3人はいつの間にか円陣を組むように丸くなり、目を閉じ、俯いたまま髪を振り乱してまだだ、まだだ、と手数を増やしそれを加速させる。


 カナエは夢中で動画を配信する。


 紫華と少年はロックバンドの渾身の演奏を祭りの太鼓囃子に見立ててターンし、クロスし、ジャンプし、槍を振る動作を繰り返す。


 絶望する患者も、虚無の親族たちも、医師も、カナエも、バンドも、少年も、全員の意思が揃った。


『どうなっても、構わない』


 3人の男どものストロークと打撃が最早四肢の痙攣という限界を迎えるほどの全力と最速に達した時、


「ヤーッ!」


 少年と紫華が右拳をアフリカの太陽に突き上げて、祭りが終わった。

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