アランで休日を
純喫茶アランはわたしのホームポジションのような場所だ。日本じゅうどこへ行こうと、世界へ行こうと。
そう、マディソンのその後も。
「お!? カナエちゃーん。久しぶりだねー」
「店長。その節はお見舞いまで頂いて・・・」
「いやいやいや。ほんとは会いたかったけど面会謝絶だもんなあ。その後は会社の再建の手続きと社長就任で店に来る暇なんてないのは分かってたからね」
わたしは今一度気をつけをした。
「店長。ただいま」
「おかえりなさい」
店長はいつもと何も変わらずにわたしを歓待してくれた。
わたしが命の狭間を彷徨ったその理由も知っていながら。
「店長。質問承りますよ」
「へえ。なんの質問?」
「いやいや・・・わたしがクスリ飲んじゃったこととか・・・」
「ああ。僕も飲んだことあるよ?クスリトークでもする?」
「ぷ。いいえ」
「じゃあ、別の質問」
「はい」
「よく寝てますか」
「はい」
「しっかり食べてますか」
「はい」
「ストレスないですか」
「うーん。それはあるかな」
「ストレス解消できてますか」
「ふふ。ここへ来たのが解消策です」
わたしはカウンターの一番奥の定位置に陣取ってコーヒーをドリップしたり洗い物をしたりする店長と会話を楽しんだ。
店長はいわゆる雇われ店長だけれども店のオーナーに気に入られてもう10年店長やってる。だからわたしがGUN & MEで働き始める少し前からってことだ。ただただ音楽が好きで零細レーベルに潜り込んで業界の意地悪さや不条理さを考慮してなかったわたしに店長は、『相手に合わせさせればいいよ』と言い続けてくれた。単純で中二病のわたしはほんとにそうしてたらなんとなく今の状態になってたってことだ。
不遜なように見えて零細レーベル社員のわたしが愛するアーティストたちに対して臆さずに「一緒にやりましょう!」と組んでこれたのは店長の言葉のお陰だと思っている。
あと、いじめを経験したわたしが仕事以外でも遠慮せずに過ごせるようになったのも・・・
「カナエちゃん。もうひとつ質問していいかな」
「なんなりと」
「彼氏は?」
「ふう・・・店長」
「うん」
「店長からそういう質問されるのってショックです。店長はわたしのことをスルーしてるってことですよね」
「え。僕もカナエちゃんの『対象』に入ってたのかい? 嬉しいねえ。それはそれとしては心配な訳さ。特に経営者は孤独だろうからね」
ああ。結局店長はまたわたしのことをスルーする。
音楽に関しては誇大妄想狂ぐらいに本気で真正面に直情的に行動するわたしだけれども(仕事だから『実現』しないと意味がない。当然!)恋愛だとかガールミーツボーイがどうとかいう話になるとどうしても照れが生じて迫力に欠けてしまうようだ。
まあ店長がわたしごとき小娘を範疇として認識していないのは仕方ないことではあるけど・・・
「毎日でもおいで」
「三食毎度でも来ますよ」
2人していつものトークの感じに戻ったところで常連客が入ってきた。
「あれ? 店長、珍しい。ついに女として目覚めたか」
「いえいえ。制服のスラックスうっかり全部洗濯しちゃったんですよ」
「店長のスカートなんて初めて見たな」
「あら。ボクをなんだと思ってんですかあ」
ああ。
店長が男だったら。
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