問:令嬢を花嫁とする為には。

夜月霞楓

序章

プロローグ 『出題と定義』

 


 ──恋愛。


 ──それは、戦争である。……などと抜かすつもりはなく、恋愛とは人間各々誰もが人生で一度は経験する事柄であると思う。

 たとえ、生涯童貞を貫くことを決意した男性であっても、生涯穢れ無き身体を持ち続けることを覚悟した女性であっても、だ。



 そして、"恋愛"と一括りに言っても、それには様々な形が存在する。


 異性同士での恋愛、近頃は同性同士での恋愛も増えているようだ。

 幼い頃からずっと好き合っているような恋愛や、はたまた運命的出会い、ないしはイベントによって互いに一目惚れし合って始まる恋愛もある。


 それに、決して両想いであることだけが恋愛という訳ではない。片方からの一方的な想いであっても、それは恋をしているのだから恋愛であると言えるだろう。


 このように、具体例を挙げだしたらキリがないほどに恋愛の"形"は存在する。



 ここまでは客観的に見た、つまりは恋愛の"形"の多様性について述べた。

 しかし、客観的多様性があるのなら、勿論主観的な恋愛の多様性も存在する。


 主観的に見た恋愛の多様性。

 それは主に恋愛の仕方だ。

 何かのラインに達するまでの経緯だとか、相手との関係の築き方だとか……いわゆる恋愛のhow toだ。



 例えて言うと。


 恋愛の最終的な到着ラインを"結婚"と仮定するならば、そこに至るまでの道順は、それこそ星の数ほどに存在する。


 学生の頃に付き合い始めたのか、大人になってから職場などで出会い、付き合うことにしたのか。

 初デートの場所はどこにしたのか、どこで告白したのか。

 付き合い始めてから一度も別れたりなどせずに、そのまま結婚に至ったのか、はたまた何度も別れては復縁を繰り返し、その末に結婚に至ったのか。


 それこそ例を挙げはじめたら、客観的多様性よりも遥かに多くなりそうな勢いである。





 さて、こんな事を話し始めて一体何をしたいのか。

 それは……実は僕にもはっきりとは分からない。



 僕は別に、先述した"生涯童貞を決意した男性"のような、とても覚悟のある男ではないし、何か特別恋愛に苦い思い出、または甘い思い出があったわけでもない。


 自分にとっては普通の恋愛をしてきたという自負がある、ただの一般男性であるのだが。



 それはどうやら僕だけの意見であったようで。



 大人になった今、学生時代の友人と酒を交わす機会も増えた。

 その時の話題は、職場の上司への愚痴から始まり、今どんな生活をしているのか、新しい出会いはあったのか等の、くだらない……でもしていて心地の良い駄弁りがあり、最後は皆、若々しかった十代の時の思い出を、あの頃の鮮やかで華々しい思い出を、もはや一分おきに『あの頃に戻りてぇなぁ』と言っているペースで、グダグダと振り返るのである。


 振り返ったところで戻ってこない日常ではあるのだが、そんな無駄な時間を過ごすことが快感で、不思議と話題が尽きる事はない。


 そして、その尽きる事のない話題の中に、先程までの話に繋がってくる事柄がある。



 僕が普段酒を酌み交わしている友人のほとんどが既婚者である。大学を出た後すぐに婚約届を出して、お互いに生活が安定してきたら挙式するのだと。


 そして、みな口を揃えて言う事は『子供は式を挙げたあとに考えるよ』である。

 挙式時に子供を抱えてバージンロードを歩くのは何故か避けたいようで──本当の理由は別にあるのだが──これは既婚者の友人、それも男女問わず全員が同じ意見である。



 ずばりこれが何を意味しているのか。



 ──まぁつまりは、まだまだお熱い関係の最中なのだ。現状、将来を誓い合った書類、つまりは証拠を持ったリア充であり、その間柄の若い男女二人がよく何をするのかと言えば、まぁアレなわけで。


 となると、やはりまだ青い感情だとか、話題などがバンバン出てくる訳で。




 そして本題に戻るのだが、その尽きる事のない話題の中に、学生時代の恋バナが存在するのだ。

 二十代半ばの大人が、学生の頃を振り返り郷愁の念を感じるのは先述の通り良くある事で、その中で恋バナが無い訳がない。むしろそれらがメインである。



 ──当たり前だ。誰がアオハル時代の甘酸っぱい恋バナより、いい年こいた大人の生々しい恋愛話を聞きたいと思うのか。聞きたい訳がない。




 だがここで問題が発生した。


 どうやら僕の恋バナは大変面白く、そして珍しいらしいのだ。

 最初は限られた友人にしか話さなかったのだが、いつのまにかそれが知れ渡り、酒の場では絶対に語らされる事になった。SNSって怖い。



 そんな大人気の僕の恋バナだが。


 今こうして客観的に振り返ってみると、確かに普通じゃない気がしなくもないのだ。

 当時は本当に何も意識していなかったのだが、こうして大人になってから、何度も語らされているうちに、自分でも薄々気が付いてくる。


 ──本当に変わっていたなぁ、と。



 ──冒頭で恋愛の形がどうのこうの語っていたのは、そんな僕の恋バナに対する当てつけだったのかもしれない。


 ──単に自分に酔いたいが為の、しょうもない思考だったのかもしれない。


 ──自分の珍しい恋バナに対する、心からの感謝の気持ちだったのかもしれない。



 ……本当のところは僕にとっても分からないし、それを明確にしようとも思わない。


 それをしてしまったら、今の僕の全てを否定されてしまうような気がするから。



 でも、唯一言えることがあるとするのなら、僕はこの言葉を残したい。



 これこそが、今の僕を形容するに最も相応しい言葉であると思う。






 ──今が幸せなら、何でもいいや。




 とね。









「ねぇパパ!パパとママってどうして結婚したの??」


 と、駒を置きながら、今年十歳となる愛娘が言う。


 ある土曜日の夜、今は家族団欒の時間だ。

 俺と娘は今、リビングでチェスをしており、妻は食器を洗っている。


 夕食を済ませてからやり始めたチェスだが、早くも俺はピンチである。始めてからまだ十分も経っていない。


「なんだなんだ?ここまでパパをボロ負けにしておきながら、さらにメンタルまでをもボロボロにするというのか!?そんなことしたらパパ死んじゃうぞ!?」


「だってパパって直ぐに手ぇ抜くもん。だからこうやって揺さぶってあげたら、つい本気出すちゃうんじゃないかなーと思って」


「とても今年で半成人式を迎える子供とは思えない発想を持っている……。こんな子に育てた覚えはないぞぉ!!」



 と言いつつも、こうしてオーバーリアクションをする事で、先ほどの娘の質問を無かったことにしようとしている俺である。


 そりゃあこんな子に育ってしまうよ。


 手を考えてるフリをして娘の方にチラッと視線を向けると、ボケーっとテレビを観ている。

 よしよし、上手く誤魔化せたようだな。あんな恋バナを娘に話すわけにゃいかん。恥ずかしいわ。



 というか、やっぱり手を抜いていた事に気付かれていた。娘の要望であるから、ちょっとだけギアを上げさせてもらおう。


 そうして、スイッチを切り替えて再び盤面を見始めた俺だったのだが……。



「何か楽しそうな事話してるじゃない。えっと?ママとパパの馴れ初めだったっけ?」



 と、食器を、洗い終わったばくだんが、軽快な足取りでやって来た。


 オォイ……せっかく誤魔化しきれると思ったのに蒸し返してどうすんだ……。



「え?馴れ初めってなに〜?」


「なんで結婚したのかってことよ。そうねぇ……あれは小学校の頃に遡るんだけど〜……」


「ちょっと待て待て。……え、マジで話すの?」


 と、俺は妻に耳打ちする。


「だって聞かれたら答えるのが当たり前じゃない。正直に話さないと、もっと捻くれた悪い子に育っちゃうわよ。それに、現にそうさせてるのは何処の誰かしら?」


 ……す、すいません。


「い、いやでも、流石にあれはちょっと勘弁して欲しいんですけどぉ……」


「………………お願い」


「……はい」



 ……反則ですって。服の裾を引っ張りながら上目遣いとか、もうかれこれ何十回もされてきたけど、やっぱり反則ですって。断れるわけないだろ。



「よし!許可も出たことだし、パパとママが今のあなたぐらいの年だった頃から話すね!えっとあれは確か……」


 おいコラ切り替え早いな……っていうくだりももう何十回もしてきたのか。こうして考えると、本当付き合い長いんだなって。


 やれやれ。


 目を爛々と輝かせながら昔話を語り出す妻と、それをウキウキと聞き出す娘を眺める。


 これはもうチェスどころじゃないなと、俺はチェス盤を片付け始める。



 時計を見れば、時刻は十九時過ぎ。



 娘の就寝時間である二十一時三十分までに、この話が終わるのか……いや、絶対に終わらないな。最低五時間はかかるだろうね。


 何故わかるのか、って?


 そりゃあ……酒のつまみ程度に話していても、その場で語り終わったことが無いからな、一度も。

 大抵話し終わる前には、友人は皆酔いつぶれててそれどころじゃなかったよ、お恥ずかしいことに。


 特に妻の場合だと極端に長い。

 その上、本腰を入れて話そうとしているのだから、俺でも最後まで付き合ってやれる気がしない。


 ……どうせ娘は寝落ちするだろうし、直ぐに寝られるように布団の準備でもしておくか。




 ため息を吐きながら寝室に行き、布団を手に持つと、丁度リビングから二人の笑い声が聞こえた。


 その時たまたま、ベッドの枕元に置いてある家族写真が目に入る。

 確か、娘が一人で歩けるようになってから行った所だったか。皆の顔には笑顔が咲いていた。



 こんな風に笑い合うのも、時間が経てば出来なくなっていってしまうのかな……。


 今この時間がずっと続いてくれたらいいのに……。



 ……はぁ。



「…………今日ぐらい夜更かししても、いいよな」



 そう一人呟き、手に持っていた布団をほうる。

 明日は日曜日だし、少しぐらい寝なかったところで大丈夫だ。それくらいいいだろう。


 だって。



 ──今が幸せなら、それでいいのだから。




 今夜は長くなりそうだと思いながら、リビングへと戻ると、妻と娘が同時にこちらへ振り返った。

 そして、ニコッと笑ってくれる。



 ──あぁ。



「よぉし、じゃあ何から話そうか!!」



 ──なんて幸せなんだろうか。


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