降りたのは、反対側のホーム

春都成

第1話 新幹線下車に際し

 駅のホームで買った、一番安い、おにぎりとウィンナーと卵焼きとちょっとの漬物の入ったお弁当を食べてペットボトルのお茶の上部分を少し減らしたあと、僕は白くてちっさいキノコみたいな、ワイヤレスのイヤホンを耳に押し込んで、音楽を掛けて寝ていた。新幹線という乗り物は、ほとんど揺れることなく、スゥウウと何度かトンネルや駅のホームを通過しているうちに、長い距離を移動しているから不思議だ。慣性の法則によれば、僕自身は無意識だけれど、僕も新幹線と同じスピードで移動しているということになる。不思議だよなあ、と閉じた瞼の中でそんなことを考えた。

 次に目が覚めたのは、あと一駅で僕の停車駅に着く、というところだった。もうひと眠りしてもいいくらいだったのだが、ここで眠ると、寝過ごす可能性がある。

 僕はズボンのポケットからスマホを取り出して、水色の四角の中に、翼を広げた鳥の姿が描かれているアプリをタップした。タイムラインには、暗いニュースがたくさん並んでいる。スクロールしながら頭に認識された文字たちを少しずつ拾うならば、

低い投票率、

政治家の失言、

芸能人の不倫、

表現の自由の制限、

芸能人・芸能事務所・テレビ局との関係、

少し前に起きた大量殺人の犯人に対する様々な人の意見、

いじめによる自殺と学校の対応、

虐待と児童相談所の関係、

就職活動と就活情報サイトについて、

強姦の無罪判決、

特定の国に対するヘイトデモ、

格差社会の中で自己責任論を押し付ける人

度々起こる自然災害……

 別に、悲しいことしかない、というわけでもないのだけれど、このように悲しい出来事ばかりだと、さすがに心は痛んでしまう。はぁ、とため息を吐くと、新幹線の、もうすぐ駅に着く、という合図の音が「ああ~日本のどこかにぃい」という山口百恵の歌声をにおわせながら流れた。僕は、そそくさと立ち上がり、背伸びをして、荷棚の上に置いていたリュックを背負って、スマホを片手に、車両切り替えの出口へと向かった。

 電車が止まって、僕の目の前の扉がポロポロロロン♪ ポポンーポポンーと音を立てて開いた。スマホの画面越しに開いたのを確認して、僕は、ホームへと降りた。

 えっと、出口は、どこだろう? と僕は看板をきょろきょろと探した。右側の先の方に目をやると、そこには、見慣れない看板があった。出口、という意味の単語たちが日本語、英語、中国語、韓国語だけでなく、世界中のあらゆる文字によってびっしり書かれているというのが分かった。それぞれの文字が小さい代わりに、赤の背景の中に浮かぶピクトグラムが扉の向こうに向かって走るマークはでかでかと書かれていた。

 僕は、それを見て、変わっているな、と思いながら、降りた新幹線の車両を振り返った。すると――なんと、僕が下りたところのドア以外、皆、閉まっていたのだ。

 ――え? それって、もしかして……

 僕は、本来と反対の出口から降りた、ということだろうか? この駅は珍しく、新幹線の両側から降りられる駅なのか? とも思ったが、そもそもこのホームの非常口のマークが緑ではなく赤であるという時点で、もろもろおかしい、と思ったから、僕は、あわててもといた新幹線に戻り、今と反対側のホームへ行こう、と足を踏み出した……が、もう遅かった。僕の目の前で、開いていた一つの扉は不愛想にスッと閉まり、新幹線は動き出した。新幹線が居なくなったが、反対側のホーム、なんてものは存在していなくて、ひたすらだだっ広い草原が線路の向こうに広がっていた。

 ――これは……どうすれば……

 僕は、手持ちのスマホを見下ろして、電源のボタンを押した。しかし、なぜだかどうやっても、スマホが起動されない。さっきまで五十パーセントは充電があったはずなのに。

 普通と違う場所に降りてしまった上に、スマホも使えなくて、僕は思わず絶望した。

 ――とりあえず、これは僕にとって非常事態だから、矢印の先の非常口へ向かおう。もっとも、背景が赤いから、本当に非常口と言えるのか、定かでないのだけれど……

 僕はそんなことを考えながら、非常口と思しきマークが指さす方向へと歩き始めた。

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