第三話 先輩が?

 急に目の前に鎌が飛んできた。[ノスヲサ]はそれを刀で弾かなければいけなかった。

「何だ今のは?」

 驚く陶児。

「投げて飛ばせば感電しない。簡単ね」

 雨宮が笑った。

「何だあれは?」

 陽一は陶児の背後に忍び寄る何かに気が付いた。もう腕を伸ばせば届くという距離。何で気が付かなかった? それよりもあれは?

 陶児が振り向いた。

「こ、これは…!」

 間違いない。久姫と共に見た死神の式神。触れた人を一瞬で、何の外傷も生じさせずに殺すことができる式神。なぜこの位置にいる?

「今よ[ルナゲリオ]」

「ワカッテイル」

 死神の式神が陶児に腕を伸ばす。[ノスヲサ]は…間に合わない!

[ルナゲリオ]が触れたその瞬間、陶児は崩れ落ちた。

「な、な、な、何が起こったんだ?」

 陽一には何が起きたのか理解できなかった。

「さあ、アイツもやりなさい、[ルナゲリオ]!」

「オウ。ワカッタゼ」

[ルナゲリオ]が向かってくる。

 アレに触られると死ぬ、んだったよな…。

 陽一は反転した。

「ヤバい!」

 建物の中に逃げ込んだ。

「あっ」

 スマートフォンを落とした。しかし拾いに行く時間は無い。[ルナゲリオ]が迫ってくる。

 とにかく建物の奥へ奥へと走った。


 建物の反対側ではイワンと久姫が見回りを続けていた。

「さっきの雷、すごかったね。多分近くに落ちたよ」

「雨でも降るんでしょウカ?」

「傘持ってきてないのにそれは困るわ。それより雨宮って人はここにはいないんじゃない? 場所変えない?」

 イワンは少し考えて、

「そうしましョウ。まずそのことを陽一クンたちに伝えマス。電話するのでちょっとお時間ヲ」

 イワンは電話をかけた。だが何コールしても陽一は出ない。

「変でスネ…。いつもは五秒で出るノニ」

「何かあったのかな?」

 気になって久姫は陶児に電話をした。だがこちらも出ない。

「何か嫌な予感がしマス。二人を探しましョウ」

「そうね。行きましょ」


 焦っている。自分でもわかる。心臓の鼓動は高鳴るし、汗もいっぱい掻いている。

「はあ、はあ」

「おい陽一!」

[ヤマチオロ]が陽一のことを呼び止めた。

「一旦落ち着けよ。頭を整理しろ」

「そ、そうだな」

[ミルエル]も召喚する。これで周りを見張らせる。

 さっきの式神…。[ルナゲリオ]と言った。あれは確か、陶児先輩が一番警戒しろと言っていた死の式神。それに先輩が触られた。やられた。一瞬で殺されてしまった…。

「でも何で気付かなかったんだ…? あんなのが動いているのが目に入らないわけがない…」

 そうか。わかった。

 雨宮にとって[ペテントス]はおとりだったのだ。[ペテントス]が飛び上れば必然的にそれに注目することになる。だから[ルナゲリオ]の接近に気が付けなかったのだ。[ルナゲリオ]が地面を這って移動したのなら納得だ。わかるはずがない。

「[ミルエル]! 近くに[ルナゲリオ]か雨宮…いやどっちもいないか?」

「この廊下にはいそうにないわぁ。でも」

「でも、何だ?」

「ここどこよ?」

[ミルエル]のその一言でさらに陽一は絶望した。

 無我夢中で走っていたから全く気にも留めていなかった。自分がどこを移動しているのかを。考えてみれば俺が入ったのは岩大のキャンパスの何という建物だ? 最初にいた位置なら覚えているが…。どう走った? どこで曲がった?

「マズイ…。今年、いや今までの人生で一番マズイ…」

 俺がいるこの場所は、大学内。それは雨宮にとっては毎日通っている場所であり、知り尽くした所。対する自分は今日初めて訪れた。今、自分がいるのは相手のホームグランド。しかもスマートフォンを落として連絡を取ることもできない。

「私がイワン様のところに応援を要請するわ」

「駄目だ、行くな[ミルエル]。雨宮に場所がバレる。確かに一人でいるのは危険だが、雨宮だって馬鹿じゃない。多分探しているんだ、お前を。俺がお前を持っているのは雨宮だって知っている。だからお前が飛べばそこにいることがすぐにわかる。雨宮はお前が飛ぶのを待っているんだ」

 そうじゃないかもしれない。しかしあの女に対しては深読みしなければいけない。一度負けた自分だからそれがよくわかる。しかも陶児先輩だってやられてしまった。

「ちきしょう…。あのクソ女め…」

 先輩がやられたことを思い出すと怒りが込み上げてくる。その怒りが陽一を冷静にさせてくれない。

「頭を冷やせ陽一!」

[ヤマチオロ]の言う通りだ。

「わかった。水でも飲もう」

 蛇口に近づいた。そしたら急に[ヤマチオロ]が陽一のことを転ばせた。

「おい何するん…」

「チッ。式神ニ気付カレナケレバ殺セタノニ」

[ルナゲリオ]だ。もう接近していた!

「何ぃ! どうしてわかったんだ?」

 何か目印でもつけられたか? 体を確認するがそんなものはない。[イグルカン]も体に巻き付いているわけでもない。

「馬鹿メ。今ハ昼ダ。オ前ハ飯ヲ食ワナイノカ? コノ建物ニイタ人間ハミンナ飯食ウタメニ外ニ出タ。逆ニオ前ハ入ッテ行ッタ。ソレニ召喚士ノ悪イ癖ダナ、式神ト会話スルノハ!」

 会話…。コイツは俺たちの話声を辿って来たのか!

[ヤマチオロ]が氷を発射する。[ルナゲリオ]が鎌で弾く。

「[ミルエル]、行って来い。もう場所はバレちまった。イワンたちを呼んで来い!」

[ミルエル]を外に飛ばした。

「[ヤマチオロ]! [ルナゲリオ]の相手はできるか?」

「難しい。氷は弾かれるし、水も限られてる。あの蛇口が開けたらもっと激しい攻撃ができるが…。アイツは俺を触って殺せるのか?」

 式神の力が式神に効くのか…? そんなこと考えたこともない。

「くっ。そのまま攻撃したまま逃げよう」

 少しずつ後ろに下がっていく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る