第七話 悪の召喚士、好恵

 ついに始まる――そう思ったが宮本が女性に向かって突進したのに対し、女性はカバンから何かを取り出した。

「あれは…紙? あんなの出して何がしたいんだろか?」

「さあ。少なくとも宮本の先制攻撃を防げるとは思えないね」

 宮本の拳が女性の頬に当たろうとしているまさにその時、急に宮本がしゃがんだ。いやしゃがんだというより倒れた。

「え…宮本…」

 まだ何もされていないのに、一体どうしたんだ?

 一分経った。でも宮本は起き上がろうとしない。

「おい宮本、どうしたん?」

 返事もない。

「何やってんだよ。こんな女性に負ける宮本じゃないだろう?」

 石島が宮本のそばに近寄りながらそう言う。宮本はかつて不良の女子生徒と喧嘩したことがあるので女性に対して攻撃できないということはないはずだ。増して相手は見るからに年上。それに喧嘩を買った相手だ。

「早く立ち上がれよ!」

 石島が宮本の体を揺さぶる。でも全く宮本は動かない。

「なにこんなところで寝てんだ…」

 急に石島が宮本の体から離れた。ビックリした表情である。

「どうした石島?」

「み、み、宮本の体が、心臓が動いてない!」

 そんなバカな? 高田はそれを確かめに行った。宮本の胸に手を添える。

「えっ…」

 本当に動いていない。呼吸もしていない。

「ど、どうしたんだ宮本?」

 宮本に持病があるなんて話は聞いたことがない。健康診断でも悪いところがなかったと言っていた。そんな健康な人間の心臓と呼吸がいきなり止まる。そんなことあるはずがない。

「お前、一体何をした?」

 女性に石島が聞いた。

「…」

 また答えない。

「何をしたって聞いてるんだ! 答えろ!」

 石島が大声で怒鳴っても女性は何も答えない。顔色一つ変えもしない。

 高田は宮本の体を探った。薬物か何か注入されたのか? でもそのような痕跡はない。

「おい宮本、起きろよ。起きるよな? 早く起きろってば!」

「そんなことしても意味ないよ?」

 女性が初めて答えた。

「意味ないってどういうことだよ?」

「人の体には魂が宿ってる。でもそれが体から離れると人は死んでしまう。この宮本くんみたいにね」

 何言ってるんだこの女性は。話が全く理解できない。

 諦めずに高田は宮本の体をさすった。体を仰向けにして心臓マッサージみたいなことをする。

「それも意味ないよ。もう宮本くんの魂はあの世に逝った。魂がない体はいくら処置を施したって蘇生しない。そうなってるの」

「何さっきから訳のわからないことを! うるさいぞ!」

「だって本当のことだもん。高校生の君たちにもわかり易く説明してあげてるんだけど」

 石島が女性に飛びつく。

「じゃあその魂とやらを宮本の体に戻せよ! 早く!」

 女性は首を横に振った。

「そんなことできない。君は生肉を焼いた後、冷やせば元通りの生肉になるとでも思ってるの? 馬鹿じゃない?」

「ゴチャゴチャ言うな! この野郎!」

 石島が怒鳴るが女性は無関係だと言わんばかりにその手を振りほどいた。

「宮本くんの自業自得。自分から喧嘩売ってそのザマじゃねえ。大した相手でもないわ」

 その言葉に石島はキレた。

「おいこの女! 宮本を侮辱することは許さねえ! 俺が相手になってやる!」

 石島が拳を握る。そして構えた。だがその拳が女性に向かうことはなかった。宮本と同じく石島も地面の上に倒れ込んだ。

 何が起きているのかわからず困惑する高田。

「い、石島ぁ!」

 石島の体も宮本同様、心臓が動いていない。口に耳元を持って行くが呼吸音も聞こえない。

「う、うわああー!」

 高田は叫ぶと同時に女性に背を向け走り出した。がむしゃらに走った。

「あ、あの女は?」

 後ろを振り返る。追って来てはいない。このまま逃げ切れるか…。入り組んだ道をさらに奥深くに入って行く。

「はあ、はあ」

 もう随分と逃げた。もう大丈夫だろう。

「一体何だったんだあの女は…。それに宮本と石島はどうしたって言うんだ? まさか、あれは死んだということなのか?」

「せいかーい」

 前の方から声がする。そしてさっきの女が現れた。

「え? な、何で?」

 振り切れたはずなのに…。

「見ちゃった人は逃がせないし逃がさない。君にもあの世に逝ってもらわなきゃ」

「ひいぇ…」

 女性は笑って、

「大丈夫大丈夫。痛くも痒くもないし。まあ自分で試したわけじゃないからそこん所は詳しくは知らないけど…。さっきの二人がいるじゃん? 宮本くんと石島くんだっけ? 二人も君が来るのを楽しみに待ってるよ」

 高田は恐怖で腰が抜け地べたに倒れ込んだ。

「く、来るな! 来るなあああ!」

 その辺に落ちている小石を投げつける。でもなぜか小石は途中で軌道を変え、女性には当たらない。

「男の子なら覚悟ぐらいしなさいよ。みっともないじゃない」

 ゆっくりと近寄ってくる女性。対して高田は身動きが取れない。

「ああそうだ。名前名前…。知りたがってたわよね? 君が最後の一人だから特別に教えてあげようか?」

 今更名前を聞いたって意味がない。

「し、知るかよ…。頼む、助けてくれ!」

 高田の願いを女性は拒むように言った。

「私は雨宮あまみや好恵よしえ。青森出身の大学生よ」

「お願い誰にも言わないから、だから、見逃してくれ! 命だけは助けてくれ!」

 藁にもすがる思いで言う。

「その台詞、今までに何回聞いてきたことか…。最後の一人は決まって命乞いするのよね。まあ意味ないけど」

 何回も聞いてきた? じゃあこの女性は過去に何人か死なせているということだ…。

「ひ、人殺し!」

「おやおや正確には私じゃないよ。私はあくまで指示してるだけ。魂をあの世へ連れて行くように、ね」

 も、もう駄目だ…。

「あら、怯えて声も出ない? そんなこと誰かが言ってた気がするわね。誰だっけ? 名前を覚えるまでもない奴だったね」

 女性はさらに近づく。

「最後に言いたいことってある? 部屋の私物を処分したいとか、誰々が好きだったとか…」

 もう一歩のところまで近づいてきた。

「ないのね。じゃあ逝ってらっしゃい」

 そう言って女性は高田の頭を触ると、高田も倒れた。

「さて…。ここからが面倒なのよねいつも。ねえ[ルナゲリオ]?」

「アイツラニ連絡スレバヤッテクレルンダロ? オ前ハ苦労シナイジャナイカイツモ」

「ふうん。まあそうだけど」

 女性は携帯をカバンから取り出し、電話をかけた。

「もしもし、空閑くが? 私だけど、いつものやつ。今度は三人。盛岡駅の近くの橋付近の小道二人。もう一人はねえ、どの辺だろここ? 位置情報送るから来て。それか風間あたりを寄こして。見つかると面倒だから早急にね。さもないと、わかってる?」

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