第八話 主のいない式神

 三十分くらいすると戻って来た。

「見つけたか? どこにいる?」

 そう聞くと自信満々に答えると思ったがどうも違う。

「それが、[ヤマチオロ]は見つかんなかったんだけど…」

「だけど?」

「変なものを見つけたの。ちょっと来て」

 変なもの、か。[ヤマチオロ]の方が心配だが少し気になる。

「…しょうがない。どこだ? 案内してくれ」

 玄関から出た。盛岡バイパスを南東に下る。走っている最中に[ミルエル]に聞く。

「で。その変なのってのは一体何だ?」

[ミルエル]は一言だけ返す。

「猫」

「猫が? 野良猫ならいたっておかしくない。どこが変なんだ?」

「その猫、他の人から見えてないのよ?」

 人から見えてない。確かにそれは変だ。

「もうこの先よ。ほらあの電柱の下に」

 あれか。確かに猫が一匹いる。野球ボールくらいの大きさのボールで遊んでいる。道を歩く人は誰も注目しない。

「まさかあれは、式神か?」

 もしそうなら召喚士がいるはず。

 自分が話しかけるのも変に思われるので[ミルエル]に命令する。

「ちょっと話をしてこい。誰の式神か聞いてくるんだ」

「わかった」

[ミルエル]は近づいた。その時、猫が[ミルエル]の存在に気付いた。猫は威嚇している。その反応は野生の猫そのものであり、誰かに命令されてやっているようには思えない。ボールは腹に抱えたまま[ミルエル]をじっと見ている。

「ねえちょっとあんた、誰の式神?」

 猫は返事をしない。だが声が聞こえる。

「…その声は[ミルエル]か…?」

 これは[ヤマチオロ]の声だ。陽一は周囲を見回す。だがどこにも[ヤマチオロ]はいない。声だけが聞こえるのだ。

「俺は…ここだ…。この猫のボールだ…。この猫にボールにされちまったんだ…」

 そう聞こえる。もしそれが本当なら猫は式神をボールにできる力があるということだ。

「[ミルエル]戻れ!」

 叫んだが間に合わなかった。既に猫は[ミルエル]に飛びつき、[ミルエル]もボールに変えてしまった。

「くっ…。[クガツチ]!」

 ポケットから札を出し、[クガツチ]を召喚する。[ミルエル]も[ヤマチオロ]も失ってしまった今、[クガツチ]しか残っていない。

「このクソ猫め! [クガツチ]、焼き払ってやれ!」

「ガルルル!」

[クガツチ]は口に炎を溜める。これを喰らわせれば一発で燃やし尽くすことができる。一撃必殺の技だ。これで一気にかたをつける!

「いや、待て!」

 猫がボールを二つ自分の前に出した。[クガツチ]の攻撃を[ヤマチオロ]と[ミルエル]で防御する気だ。

「あのクソ猫め…。なかなかずる賢い」

 さてどうするか。両者睨み合ったまま動かない。炎で攻撃するのは式神のボールで防御されてしまう。かといって[クガツチ]に直接攻撃させるのも駄目だ。ボールにされてしまう。

 もう一度周囲を見回した。この式神の主と思わしき人はいない。それに命令されて行動しているようには見えない。召喚士を探し出してそっちを攻撃することを考えたがそれもできそうにない。

 まさか猫一匹に手詰まりか…?

 陽一は首を振った。簡単に諦めてたまるか。

「この猫め~~。もう解決策は思いついた。俺の勝ちだ」

 この猫の周りにはボールが二つだけ。[ヤマチオロ]と[ミルエル]だ。他のボールはない。ということはこの猫は式神しかボールにできないんだ。もし何でもボールにできるなら周りの人や物を片っ端からボールに変えていてもいいはず。そしてさっき炎で攻撃しようとしたらボールを盾にした。炎もボールにできない証拠だ。

 陽一は猫に近づいた。猫は威嚇するが全く怖くもない。

「もう諦めろよ。タネがわかれば怖くなんかない。こうやって近づいて触ってもな!」

 猫を持ち上げる。やはりそうだ。予想は当たった。自分をボールにしてこない。コイツをどうしてやろうか? 地面に叩き付けるのは罪悪感を感じるし。やはり[クガツチ]で焼き払うか。でもボールにされた[ヤマチオロ]たちを元に戻してもらわないと。

「おい猫…。お前の主は誰だ? どこにいる?」

 猫に問いかける。

「ニャニャーニャー」

 それしか言わない。

「おい。ニャーニャー言ってもわかんねえだろ。早く答えないと焼くぞ?」

[クガツチ]の前に差し出す。まだ合図をしていないので攻撃しないが、逆に言えば好きなタイミングで攻撃させることができる。[クガツチ]の方は準備ができている。

「まず[ヤマチオロ]たちを元に戻せ。そうしないと[クガツチ]に攻撃させる」

 猫を揺さぶって脅す。猫はじたばたするがそれでも揺さぶるのをやめなかった。

「ニャニャニャ…」

 この式神の言っていることは全く理解できないがこちらの話はわかったようであり、[ヤマチオロ]と[ミルエル]はボールから解放された。

「降参の印か? そうだよな?」

 猫は首を縦に振って頷く。こっちの話は理解できるようだ。

「もう一度聞くぞ…。お前の主はどこにいる? それを答えろ!」

 しかしこの質問にはまともに答えない。ニャーニャーとしか言わない。

「だからそれじゃわかんないんだって。どっちの方向にいる? 腕で示せばそれでわかるから」

 猫は腕を動かさない。

「まだ何か不満でもあるのかよ」

 主には申し訳ないがこの式神を野放しにもできない。人に危害を加えることはできないししないだろうがこちらは被害を被っている。

「焼いちまえよ。それとも俺が凍らせてやろうか? どうする陽一?」

[ヤマチオロ]が言う。[ヤマチオロ]は何でも凍らせることができるから、それを喰らわせれば一瞬で凍り少し衝撃を与えれば砕け散るだろう。

「待て[ヤマチオロ]。それで相手の召喚士に恨みを買うわけにはいかない…」

 また猫を[クガツチ]の前に差し出した。今度は[ヤマチオロ]も攻撃の準備に移る。この状況を切り抜けることなんて不可能だ。でも猫は粘る。

「ここまで頑なに答えないとは…かなりの忠誠心だぜ。関心ものだな。こんなに主のために尽くせる式神は[ノスヲサ]ぐらいだと思っていたが…」

 待てよ。主についての質問に答えないということは主がいない、とも考えられるが…。

「おい猫! お前、主がいないのか? 誰かに召喚されたんじゃなくて最初から存在する式神なのか。その、なんつーか一人歩きしてる式神か?」

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