第四話 出会いと別れ

 人間はしつこい。今日で二か月。子供を襲った現場にまだいる。多分自分を殺すまで待つつもりだろう。

 彼は人間の相手をするつもりはなかった。別のところに泳いで行こう。

 泳ぎ始めて三日。見たことのあるところに流れ着いた。そうだ、ここは生まれ故郷。自分はここで生まれたのだ。陸地に上がる。

 懐かしい土。近くのまだ小さかった木は立派な大木になっている。彼は時の流れに無頓着だったが、もう既に十七年経っていた。

 彼がそこで日向ぼっこをしている時、足音が聞こえた。振り向くとワニが二匹いる。彼にはそのワニが何者なのかすぐにわかった。

 幼い時、自分たちを見捨てた親だった。今頃になってようやく帰って来たのだ。

 父親はボロボロで血を流し、母親の足取りはフラフラしている。彼はそれを見て、親の目的がわかった。自分だ。かつて最後の兄弟がしたように、自分を食べに来たのだ。

 先を越されると負ける。兄弟から学んだことだ。彼は母親に襲い掛かる、と見せかけて父親の頭に噛みついた。今ならあの時とは違い全力を出せる。いとも簡単に父親の頭を噛み砕いた。

 彼は母親の出方を見た。ここで逃げるだろうか? いや逃がさない。きっといつかまた自分に襲いかかってくる。ここで仕留める。

 口を大きく開け、威嚇する母親。しかし空腹で力が出せないのはわかっている。彼も威嚇した。そのまま時間だけが過ぎていく。

 母親は本当に限界だった。口を閉じると同時に崩れ落ちる。彼の作戦勝ちだ。消耗戦を強いて、限界が来るのを待っていたのだ。

 また味わうワニの肉。しかも自分を生んだ親のもの。両方ともたいらげた。残った部分は放っておけば他の動物が勝手に食べていく。

 彼は複雑な感情を抱いていた。何故なら彼は、同じ血が流れているものを全て失ったからだ。


 また時は過ぎていく。彼はあの、川辺に向かった。今の時期だったような気がする。

 目的地に来てみるとワニが結構集まっている。正解だ。この時期にヌーが川を渡るのだ。今度は成功させる。あの頃の記憶を思い出した。

 次々に川に飛び込み泳いでいくヌー。その中に小さな子供が見えた。静かに忍び寄り、子供に襲い掛かった。上手く噛みつけた。しかしまた親のヌーがこちらに向かってくる。子供を加えたまま振り切れる相手ではない。しかしやっと捕えた獲物。逃がすわけにもいかない。

 親のヌーが一撃、彼に与えた。もう一撃。強い。これは耐えられない。子供を放せば攻撃はやめるだろうか? それともあの時みたいに死ぬまでやめないのだろうか?

 そう考えていると、急に他のワニが加勢した。ヌーはそっちに気を取られている。今のうちに獲物を安全な場所まで運ぶ。

 ヌーの川渡りは終わった。さっきのワニは無事だっただろうか? 捕えた獲物を食べようとした時、助けてくれたワニがやって来た。同じ年齢くらいの雌のワニだった。彼は獲物を半分に食いちぎると、もう半分を雌のワニにお礼として与えた。雌のワニはそれを嬉しそうに食べた。


 それが初めてのパートナーとの出会いだった。彼はパートナーと過ごす日々が増えた。餌が不足してもパートナーは彼の後を追う。

 パートナーを得たことによって彼は孤独から解放された。しかもパートナーは狩りも上手かった。パートナーのお蔭で得られた獲物も多い。過去を教訓にし、おとりで獲物の気を引く作戦は実行しなかった。

翌年のヌーの川渡りでも、彼らは狩りを成功させることができた。この時無謀にも親のヌーを狙った。何故ならそのヌーは見たことのある、自分の兄弟を殺した奴だったからだ。

 一匹では歯が立たなくてもパートナーは自分より強い。互いに別々の部分に噛みつき、デスロールの一撃で仕留めることができた。

 今までの不幸が嘘のように感じた。彼はパートナーと交尾し、パートナーは卵を産んだ。卵は孵るまで水没する心配のない土の中に埋めておく。ナイルワニの習性だ。

 彼は父親になる。子育てはもちろんする。自分のような思いを、子供にはさせられない。その一心で卵を見守る。

 ナイルワニの卵はナイルオオトカゲの好物だ。だからナイルオオトカゲは鋭い嗅覚で土の中の卵を探し当てる。そして掘り出そうとする。

 彼がナイルオオトカゲの前に現れた。驚いて逃げていくトカゲ。トカゲも人間のようにしつこい。だから口を開けて一口。丸のみにしてやった。他のトカゲも残らず殺した。

 やがて土の中から泣き声が聞こえる。卵が順調に成長している証だ。このままいけばもう一週間で孵化する。ついにわが子に対面する時が来るのだ。


 そんな時、そこを大勢の人間が訪れた。パートナーは理由がわかっていなかった。彼は知っていた。かつて人を食い殺したからだ。ずっと彼は人間に追われていたのだ。

「こっちはいないぞ! そっちはどうだ?」

「こっちもだ!」

「もっと武器寄こせ!」

 人間たちの怒鳴り声が聞こえる。それに怯えるパートナー。しかし彼はもっと怯えた。人間たちはみな、悪魔の枝を持っていたからだ。

 このままでは二匹とも危険だ。彼はそう判断し、パートナーに一旦逃げることを提案した。最初はパートナーは反対したが、人間の恐ろしさは彼が一番知っている。なんとかパートナーを説得した。そしてさらに危険性を下げるため、二手に分かれて逃げた。分かれる際、巣で再会を約束した。

 今度は人間は諦めが早かった。大勢いたのにすぐに引き上げて行った。理由は巣に戻ってわかった。

 土が掘り返されている。卵が全て消えている。ナイルオオトカゲの仕業ではない。トカゲは一個ずつしか卵を食べられない。一度に全部消えるはずがない。

 人間だ。自分を仕留められなければ巣を。そう考える人間が少なからず存在したのだろう。

 彼は荒らされた巣でパートナーの帰りを待った。中々帰ってこないパートナー。これも人間が早々に引き揚げた理由の一つだった。

 人間は彼とパートナーを勘違いして仕留めたのだ。

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