恋愛初心者

みなづきあまね

第1話 手のなる方へ

いくつになっても、「友達以上恋人未満」の関係は甘酸っぱく、ドキドキして、やみつきになる。これが世の定説。


よく、「いくつになっても女子は恋をしていたい」と言うけれど、正直それはないだろうし、彼氏・旦那に失礼では?と思ってきた。


だけど、いざ自分がその立場に放り投げられると、言い得て妙だと感じながら、罪悪感と葛藤の日々なのである。


私の周りには浮気、不倫はなくはない話。そんな友達に恋愛相談や夜の話をすると必ず、


「あんた、どこまで仏なの?」


と笑われる。本当に仏なら恋愛自体興味ないのでは?とか思うけど、彼女に言わせれば、ちょっとした浮ついた気持ちや不埒な行為でさえ、「やってしまった!私はもうダメ!この苦しみを誰か聞いて!懺悔!」となるあたりが仏らしい・・・いや、むしろ迷走気味な愚民が適切かと。


私には4年付き合っている彼がいる。家族のように仲が良く、干渉し合わず、お互いの趣味や思想を大切にし、とても快適な関係だ。


そんな彼に隠し事をしたくても、エセ仏の心は許さないのだ。


すっかり新緑が生い茂る初夏、後輩と上司と3人で出張に出た。


会議という大切な仕事だが、せっかく地方に来たのだからと、空き時間は観光も楽しんだ。


4日間の滞在の3日目、時間を決めて自由行動となった。各自好きな場所に出かけ、私は有名どころの観光スポットや、事前に予約していた料亭で一人舌鼓を打った。


残り30分で合流という時に、後輩からLINEが入った。どうやら待ち合わせ場所近くにいるようで、私もそろそろと思って向かい始めていたため、落ち合う約束をした。


待ち合わせ場所に着くなり彼は、ある提案をした。


「あれ、食べたくないですか?」


この一言で私は何を彼が言わんとしているか理解し、目を輝かせた。


「時間、間に合うかな?」


「競歩で行けば大丈夫じゃないですか?よし、決まり。さ、行きましょう!」


彼は長い足を路地に向けて踏み出した。目的は現地で有名な和菓子。元々お互い、チャンスがあれば買いたいと思っており、今日だけ営業日に当たっていたけれど、昼食後の満腹感では店で食べるわけには行かず。持ち帰りとして買うことにはなるが。


「ちょっと!コンパスが違うんだから、置いてかないで!」


私より30センチ近く背の高い彼に置いてかれまいと、小走りで後を追った。するとまるで当たり前のように彼は私に片手を差し出し、そのまま私の左手を引いた。


「置いていきますよ!」


私は内心穏やかではなかったけれど、これしきのことで動揺するのは大人の女性として軟弱だと思い、引かれた手はそのまま委ね、自然と離されるまでされるがままにしておいた。


無事各自お求めのものを買い、また早歩きで上司との待ち合わせ場所に戻った。息切れと汗と妙な動悸で暑さが増してる私の横で、彼は涼しい顔をしていた。


ああ、もう!神様仏様、ひとつ罪を犯しました!

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