想い出作りは図書館で

「もう返すんだ」


 思わず口から零れてしまった。山積みの本を抱えた彼女は怪訝そうな目でこちらを見る。


「何」


 不機嫌そうに、少し脅しているかのように問いかけてきた。


 僕はただ勉強しに来ただけだった。受験生で休日家にいるのが窮屈に感じたから。

 その時たまたま目の前に座っていたのが彼女で、山積みになった本が僕らを隔てていた。


 その時は読書家なのかと思ったが、どうやら数ページをさらりと読み流して次の本に行っているようだった。

 何故最後まで読まないのか、続きが気にならないのだろうか。そんな疑問が口から溢れてしまった。


「いや、えっと・・・・・・」


 そんなこと言える訳もなく、僕は口ごもった。


 彼女は何も言わずに背を向けた。何故かそれきり席に戻ってこない気がして、服を引っ張ってしまった。


「僕も、手伝うよ」


 何か言わなきゃ、そう思って出た言葉がこれだなんて情けない。


「いや、返却口に行くだけだから」


 彼女の顔にはぽかんとした表情。一方、恥ずかしくて顔に身体中の熱が集まったみたいだった。


 早くこの場から去りたくて帰り支度を始めた僕に向かって彼女が言った。


「ねえ、少し話さない?」


 図書館の道を挟んで向かい側にある公園のベンチに座って彼女の話を聞いた。


 彼女は小説家をめざして、ネットで小説を書いているらしい。

 ここは田舎だから、編集への持ち込みも出来ず、コンテストの情報を集めるのにも苦労しているんだとか。


 でも、彼女の小説はいわゆるラノベというようなジャンルではないらしく、ネットでは評価されづらいと悲痛な笑顔を浮かべながら、話してくれた。


 本を読み流す理由は、「きちんと読んだら辛いから」だった。格の違いを見せつけられるのが怖い。そんな気持ち。


 予想だにしない答えに狼狽えつつ、全国の顔の見えない同期生達や│先輩方留年生との戦いが僕に重なった。


「大丈夫です。根拠は無いけれど、ずっと続ければいつか結果が出る日が来ます!僕は、あなたの小説のファン第一号になります」


 彼女の不安な気持ちは痛いほどに分かるのに、上手く言葉にできない。


「まだ小説も読んでないでしょ」


 そう言って彼女は笑った。


 それから彼女を図書館でみることはなくなった。僕は第一志望の国立大学には落ちてしまったけれど、後期で公立大学に入った。


 それから数年後、彼女の名前を本屋で見かけた。残念ながら本の表紙ではない。コンテストの優秀者の名前だった。


 夢に向かって頑張っていれば、いつか報われる。そんなキレイゴトが仕事で荒んだ僕の胸を綺麗に洗い流してくれたような気がした。

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