異世界対話

空っ手

第1対話

緋衣ひごろも「https://twitter.com/R18udon/status/1159087467657478144」


神父しんぷ「ど、どうしたんだい緋衣。急に訳の判らないことを……叡智廷丁ピー……?」


緋衣「いや、驚かせてしまって済まない。時候の挨拶から入るのが一般的なのだろうが、早速本題に入らせてくれ。最前のツイートを拝見したのが、この対話のそもそものきっかけなんだ。リンク先のツイートは次の通り。


〈異世界もので「ガッツポーズ」の名称が出てきたら、その世界にガッツポーズの元祖、ガッツ石松が存在することが確定する。異世界には結構、ガッツ石松が居るのだ〉」


神父「ほほう、味なことを言うね。見た限りじゃ、そこそこバズってるようだし」


緋衣「うん。異世界ものを執筆する上で、この表現上の問題は看過することのできないものだからね。ただ、ガッツ石松の存在を前提とせずとも、ガッツポーズの表記を許容させる方法はあるんだ」


神父「へえ、一体どんな?」


緋衣「もし主人公がガッツ石松の存在する世界から異世界へと転移し、かつ、その小説が主人公の一人称で書かれていれば……これならガッツ石松が存在しなくても、比喩表現としてガッツポーズを用いることは可能だよね」


神父「そうだね。それも主人公のセリフだけに限定すれば、一人称に限らず大丈夫なんじゃないかな。まあ他の人には意味が通じないだろうけれど」


緋衣「まあね。でもこのケースはかなり特殊だから、もう少し一般化させたいところだ」


神父「どうするんだい?」


緋衣「という体裁にしてしまえばいいのさ」


神父「翻訳?」


緋衣「うん。異世界の出来事を〈その国の言語で〉書き記した原作者が別にいて、それを日本人の翻訳者が〈日本語に〉訳したというにすればいいのさ」


神父「なるほど」


緋衣「〈握り拳を掲げて喜びを示した〉とかいう意味の原文を、翻訳者が僕らに判りやすく表現するために〈ガッツポーズで喜びを~〉と書いた、てな具合にね。そうすれば、当該の異世界にガッツ石松が存在する必要はなくなる。原作者がガッツの存在を認知している必要すらない。のみならず、その他多数の固有名詞や熟語の使用に関して〈異世界での実在性〉から〈翻訳者の裁量如何〉に論点が移行するのさ。逃げ道としては相当に便利なものだよ」


神父「かもしれないね」


緋衣「ちなみに、指輪物語でお馴染みJ・R・R・トールキンもこの問題に際して、〈現地の言葉を私(著者)が現代に通じる言語に訳して記しています〉と言っているそうだよ。詳細は、『異世界に存在しないはずの固有名詞が異世界小説に登場する違和感』に対する指輪物語の著者・トールキン氏の解答「でもあの人は…」 - Togetter https://togetter.com/li/1789095 を参照してもらうとして」


神父「幻想文学の大家のお墨付きというわけだ。にしても、その、トゥーゲッター? ってのは一体なんなんだい」


緋衣「(無視して)それに、どんなに設定の凝りまくった重厚な異世界ものでも、大文字の作者はほぼ確実にこちら側……現実世界の人間だろう? ペンネームを見れば一目瞭然だよ。描き出した異世界とその作者を地続きに設定した小説もなくはないだろうけれど、異世界もの全体からすれば微々たるものだと思う。とすれば、最早作者の意向に関わりなく、異世界ものは翻訳文学とニアイコールの関係にあると言ってもいい」


神父「翻訳文学か。じゃあ異世界に限らなくても、例えば英語で〈fist pump〉とあるのをこっちで勝手にガッツポーズと訳したところで、おい原作者はそんな言葉知らないぞ、みたいなツッコミは野暮でしかないってことかい?」


緋衣「存在の認知という意味では、そういうことになるね。神父職の君としては、cross oneself(十字を切る)のほうがお気に召すかしら」


神父「よせやい。神父だってガッツポーズくらいするぞ」


緋衣「ふふ、君のそれはファイティングポーズに見えるな。神様はサウスポーもかくやだ。閑話休題。詳しくはホフスタッターの『ゲーデル、エッシャー、バッハ - あるいは不思議の環』に翻訳に関する興味深い考察があるから、それを参照していただくとして」


神父「なんだい、いきなり投げやりになったじゃないか」


緋衣「ドストエフスキーの〈意訳〉がどこまで許されるかという問題なんだけど、あいにくこの家にはその本がなくてね。家の主も全く顔を見せないし」


神父「確かに。彼はどこに行ったんだろう」


緋衣「ホフスタッターではないけれど、スウィフトの『ガリヴァー旅行記』は書棚にあるね。風刺文学不朽の名作。これも表向きはレミュエル・ガリヴァーなる医師の手記をスウィフトが訳した、という設定なのだよね。最後に固有名詞の翻訳ミスを指摘したりして、その趣向に唸らされたものさ。まあいいや。それはともかく、もう少し僕との対話に付き合ってくれるかな。話しついでにもう一つ取り上げたい問題があるんだ」


神父「今の話と関係あるのかい?」


緋衣「あるというか、むしろ表裏の関係だね。正反対の話題と言っていい」


神父「というと?」


緋衣「〈ガッツポーズ問題〉がにおける夾雑物の処理をテーマにしたものだとすると、次のはを舞台にした小説空間における、夾雑物の処理問題なんだよ」




力尽きたので、後半はまた後日……。

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