013 道化者とメフィスト

「はいはい?なんとおっしゃいましたか?」 

「ここからの話しはメフィスト、女の姿で行う事を希望する。と言った」

 道化者に揶揄されなじられながら長話を聞かされるのは御免被りたい。どうせなじられるなら・・・いや違う。そうじゃないんだ。

「おや、どうしてですか?もしかして竜登様は年上の異性に罵られて興奮する性癖をお持ちなのでしょうか」

「それだよ、その言い方。何かにかけて人を揶揄る言い方が気に入らないと言っているんだ。女性の姿なら、チョットはTPOをわきまえてくれるのを期待しているんだよ。少なくとも悪戯にニヤついた顔で言われるよりはマシだからだ」

 うっかり本音が漏れてしまったが後の祭りだ。恥ずかしさに負けずと、食いしばって表情が歪まない様に必死に堪える。


 道化者が胸に手を当てながら、

「お願いをする立場というのは大変弱いモノで御座います。仕方が御座いませんね。竜登様のご希望に精一杯お応えようと存じます。それでは・・・」

 なにが『弱い立場』だよ。子供達を拉致監禁して脅している絵図らだろ、今のこの状況は!とツッコみたかったが、それよりも『希望を応える』所に反応してしまった。

「ちょっと待ってくれ」

 と、私は立ち上がり挙手して話しに割り込んだ。挙手のポーズは教室ではよくありそうな(気がしている)格好だとだと思う。

「で、出来ればメガネ着用を追加で要求します!」

 本音が漏れてしまったついでだ。少々趣味を追加してみた。

 本当は教師らしくスーツ姿も。と思ったけど、イメージしたら全然似合わなかったのでメガネのみ追加要求する。



 道化者は下を向き、なにやら考え事をし始めた、様だ。

 こういう間は大抵良からぬ事と考えている。と容易に推測できた。ちょっと後悔を感じる。


 道化者はゆっくりと頭を上げて言う


「わかりました」

「わかりました」


「それでは」

「それでは」


「ご要望をうけたまわりて」

「ご意思をうけとめまして」


「この姿でお話すると致しましょう」

「この姿でお話させて頂きましょう」


 男と女の声がハモって聞こえた。

 低い声と高い声が混ざり合って聞こえ難いと、凝視したら、向かって右が男、左が女の顔をしていた。


 思わず両拳をテーブルを力の限り叩きつけた。怒りとも笑いとも思える口調で叫んでしまった。

「いい加減にしろ!!!!」

 流石にこれはないなーって力の限り叫んでしまった。肩で息をする。

「キャァッ」

 私の怒鳴り声に紅葉が悲鳴を上げた。頭を抱えて怯えた様な格好をしてしまった。

「ごめん。驚かしてごめん」

 紅葉に向かって必死に祈る様な格好で謝った。

 紅葉は両手を軽く前に広げて首を振った。『もう大丈夫、気にしないで』というジェスチャーをした・・・と思う。そんな気がするのは都合良く解釈しているだけかもしれないが、怯えていないから大丈夫だと思う様にする。

 

 ちなみに、テーブルを叩きつけた勢いで倒れてこぼれた飲み物は、またもやおとぎの国よろしく掃除されて改めて用意された。



「これで良いかしら」

 そこには黒いベールの代わりに細長目でアンダーリムな銀メガネが掛けたメフィストの姿があった。

「竜登様とわたくしの希望を折衷したのに大きな声で叫ばれるなんて意外だわ」

 『寂しいわ』と話す口調は嬉しそうだ。期待通りの反応に喜んでいる。

 男の姿でも女の姿でも人をからかう性格の悪さは同じ様だった。女の姿なら『TPO』を意識してくれると考えたのだが無駄だったみたいで残念だ。

 それでも女性の、メフィストの姿になる事を受け入れたのだ。ニヤけた野郎より、目鼻立ちが整っている美人で、ちゃんとメガネの希望も受け入れたのだ。これで十分だろう、と思う。

 ただ気になるのが、教鞭で左手と叩いている姿だ。指し棒じゃなくて教鞭なのだ。今時、教鞭をふるって授業とかするのか?いや、指し棒も時代遅れで現代社会ではレーザーポインターだったな。

 時代遅れ・・・はチョット言い方が悪いか。今の状況は、貴族の子供に教鞭を振るう雇われの家庭教師といった感じだろう。

 そして、あの教鞭を振るわれたらと思うとゾットし・・・いやいや何でも無い。何でも無いんだ。首を振り邪な考えを打ち振るう。

「心の準備は出来ましたでしょうか。これから大切なお話しをさせて頂きますが宜しいでしょうか」

 メフィストは見下す様な目線で確認をする。違うな『見下す』は考え過ぎだな。メフィストは立ち上がっているから格好的に見下げた感じになっているだけだ。

 ただ・・・先程からずっと左手を叩き続けているので、説教かお仕置きが始まりそうに思うのは気のせいだ。妄想なのだ。願望じゃない。

「この姿になってから顔を赤くしたり青くなったりしてますけど、なに?なにかされたい願望でもあるのかしら」

 メフィストの右手がランダムに振りかざされた。思わずメイドを折檻するイメージが浮かんでしまったでは無いか。顔が熱く感じる。

「めめめ、滅相もござんせん」

 日本語が変だ。

「どどど、どうぞお話しを進めて下っさい」

 これ程に慌てている。

「それじゃぁ『この世界の理(ことわり)について』、始めさせて頂くわ」



「え、理(ことわり)?、ですか?、契約の説明じゃ無くって?」

「そうよ。予備知識は必要だと思うのよ。まぁ人々の法律みたいなモノよ。簡単にしか説明できないけど教えてあげるわ」

 両腕を腰に当てて前屈みに顔を近づけたメフィストの表情が、不意に可愛いと思ってしまったのは・・・秘密だ。もっとも、自分の顔がもっと熱くなったのでバレてるだろうけど・・・


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