008 再び白い世界にて

 気がつけば、足下にモヤが漂う一面真っ白い空間に取り残されていた。見渡す限り真っ白で何も無い空間。

 何回くらい回転しながら見渡しただろうか。

 突然に人影が現れた。おかっぱな髪型でスーツ姿の男がテーブルセットに座ってティータイムしている。

 いや、突然現れたという感じではない。

 男は私が気づくまで劇でも見ている様に待っていた。そういう表情をしている様に思えた。

 何故、気が付かなかったのか不思議なくらい、直ぐ近くに大きいテーブルがあり男は座って居たのだ。

 男は私が気が付いたのを確認したら、ティーカップをテーブルに置き座ったまま名乗りを上げた。

「初めての出会いでしたら、はじめまして。

 以前にお会いした事がありましたら、改めまして。

 わたくし、メフィスト・フェレスと名乗っているモノです。

 どうぞお見知りおきを」

 それはそれは見事な見事な棒読みだった。


 座ったままでの挨拶とは、どれだけ上から目線だよって少々イラつきはしたが、そもそも状況が分からない。客人として案内されたのだろうか、それとも勝手に押し入ってしまったのだろうか。

 今置かれている自分の立場が分からない以上、荒立てる訳にはいかない。取り合えず返事をしなくては。

「こちらこそ、初めまして。私は・・・」

「竜登様で御座いますね。良く存じて御座います」

 メフィストと名乗るモノが自己紹介に横槍を入れた。頬杖をついたままの姿は気に入らないが、私の名前を知っていると言う事は以前に何処かで会った事があるのだろう。

 そして少なくとも威圧的な態度では無いらしく、怒りや叱咤という状況ではなさそうだ。まぁ好意が有るようにも感じないが。

「すみませんが、ここは何処でしょうか?ご迷惑をおかけしていなければ良いのですが」

 状況を知りたいと思って早速質問を投げかけたら、メフィストと名乗るモノは深々くため息を落としてから立ち上がり、私の方へ近寄ってきた。


 近づいてくる間に、この男を確認すると

・おかっぱの黒い髪

・耳は少し尖り

・顔は逆三角形というかハート型というか

・口は歯が見えるのもお構いなしにニヤけ

・前髪で少し隠れているが、眼光が鋭い。まるで猛禽類のようだ

・年齢は見た目20代

・スーツ姿でカラーはダークブル。

・イギリス風な厳つい袖山でありつつも、イタリヤ風にVゾーンが広いスリーピース。ネクタイは細め。

・ジャケットをスラックスのバランスは絶妙なのに、ベストの柄が全てをあざ笑うかのようにひどい。端的に言えばクレイジーキルトだ。全てを台無しにしている。


 そして何より驚いたのが、私の2倍は有ると思える身長。つまり巨人だ。首が痛くなる位に見上げないと顔が見えない。

 背筋を反らしてプルプルしているのに気遣ってか、メフィストと名乗るモノは目線を合わせる様にしゃがんだ。それでも私の頭よりも上になっているのだが。

 明日には全身筋肉痛で動けなくなりそうな格好から解放されて安堵した矢先に、左手で頭をポンポンと叩かれてしまった。痛くはないのだが、なんというか小動物でも相手にしているような仕草が気に入らない。

「まさか、こうなるとは思いもしませんでした。もっとも、思う様にならないのが世界の常なのでしょう。仕方がありません」

「こうなる?って私はどうなったのだ?それにここは何処なんだ?」

「そうですね、今回は長くなりそうです。立ち話も難ですからテーブルで話し合いませんか」

 そう言ってメフィストと名乗るモノは立ち上がった。

 今回は、って・・・初めて・・・ではないよな、私の名前を知っているのだから。そして『ここは何処?』を答えるのにテーブルに付かなくてはならない位、長話しが必要なのだろうか。

「もしも、いきなり押し入ったのでしたら謝罪致します。直ぐに出て行きますので出口を教えて頂けませんか」

 長話しという言葉から苦情、クレーム、説教を受けてしまうのかと恐れて、ここから逃げ出さなければと考えた。

 だいたい長話しというのは今までの溜まったストレスを苦情という形で八つ当たりというか発散したい場合が多いと思う。身に覚えが有るので人の事は言えないのだが。

「苦情とか、そういうお話しでは御座いませんのでご安心下さい」

 心を読まれた。いや、そういう顔をしてしまったのだろう。心配無用だと言って続けて話す。

「そうですねぇ。先ずはサイコロの話しからしたいと思います」

 メフィストと名乗るモノはテーブルへ向かう途中で、含み笑い込めて振り返った。


 サイコロ?・・・サイコロ、サイコロ・・・!

「あー!思い出した!その冗談みたいな立ち居、忘れもしない、道化者じゃないか!!」

 指を差して思わず叫んでしまった。

「『思い出した』、『忘れもしない』、竜登様はなかなか冗談がお上手で御座いますね」

 道化者はからかう様に私を言葉を繰り返した。

 矛盾した発言をしてしまった事を恥じて閉口してしまったが、『思い出した事』を確認する。


 思い出した。ここは道化者の白い空間。

 思い出した。ここは道化者の白い空間。

 思い出した。ここは道化者の白い空間。

 思い出した。ここは道化者の白い空間。

 

 既視感(デジャヴ)が重なる。


 同じ人生だが生まれ変わった、はずだった。

 同じ人生だが生まれ変わった、はずだった。

 同じ人生だが生まれ変わった、はずだった。

 同じ人生だが生まれ変わった、はずだった。


 記憶が重なる。


「5回、同じ暮らしをして、

 5回、同じ出会いをして、

 5回、同じ恋愛と恋別れ、

 5回、同じ病に倒れ伏し、

 5回、同じ死に方をする。

 1度目は悲劇、2度目は喜劇と言うけれども、5回も繰り返したらなんと呼んだら宜しいのでしょう。

 同じやり取りも流石に飽きました」


 思い出した。私は4回生き返ったのだ。5回人生歩んだんた。5回・・・

・・・5回も同じ人生って、情けない。

 嗚呼情けない。記憶が残されているのだから、数字当ての宝くじで億万長者とか片手団扇で生活できたかもしれないのに。5回だよ5回。後悔だよぉ後悔。

 情けなくて泣けてくる。


「より良く暮らせるようにと記憶を残して生まれ変わりを差し上げたのに、今の今まですっかり忘れていたのはわたくしも驚きでは御座います。ただ・・・重なった記憶が弊害にならなければ良いのですが」

 道化者は珍しくも心配するように話す。以前の記憶を思い出すと、道化者が心配する台詞を吐くのがなんとなく気味が悪い。


「そうそう、思い出したといえば、」

 道化者はそう言いながら伸ばした右手で、私の左下の辺りへ指さす。

 つられてその視線の先を探す。


 人がいた!!


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