血みどろの決着



 ドーンと弾薬庫からまた音がする。与儀が両手を前に出して呟く。


「からて……つまりコン (空) のショウ (手) だ。流派等の細かいこだわりなど捨てて、いいと思ったものはそのコンに貪欲に飲み込んでいく。それがこの拳の本当の奥義なのだ」

「コンか……ならば俺はその空を自由に飛び回る龍になってやるぜ!」


 フェイロンは胸にしまってあるお守りを服の上から握りしめ、秘拳、龍形拳で勝負に出る。対する与儀は虎形拳の構え。工字伏虎拳と五行拳で練り上げている自信がある。


 すでに二人とも体力の限界はとうに過ぎ、気力だけで立っている。


 ドスッ、バキッ、ビシィ!


 龍と虎が拳の応酬だ。お互いに一歩も譲らない。フェイロンが最後の策に出る。


 ブンッ!


 与儀の左横突きを右手で受けて左手の四本貫手を与儀の顔面に極める。


「ぐわーっ!」


 龍形拳と蛇形拳を組み合わせたのだ。両目を捉えたらしく、与儀は片手で目を押さえ、めくらめっほうに前を払う。


「とどめだ!」


 これも蛇形拳で喉を突く。与儀はもはや棒立ちになり、よろよろとするだけになってしまった。拳で徹底的に痛めつけ横蹴りを放つ。与儀は後ろにぶっ飛ばされる。


 フェイロンは与儀の後ろにまわり、その首を締め上げる。


「勝った!」

 フェイロンの勝利に抱きついて喜ぶハオユーとウンラン。


 一分が過ぎた。与儀はまだ力強く抵抗している。


 二分が過ぎた。与儀はフェイロンの腕をかきむしり始める。


 三分……与儀の体から力が抜けていく。


 そこでフェイロンは力を緩めた。思い切り呼吸をする与儀。


「俺がお前を殺せるはずねーだろ」

 フェイロンは与儀の頭を軽く叩くと立ち上がり、与儀を見据える。


 両目とも軽く入っていたようで潰れたりはしてない様子だった。



「これだから二等は……最初から銃でケリを付けておけばいいものを……」


 和田大尉がゆっくりと階段を降りてきた。そして踊り場から与儀に言う。


「飼い主を守れない番犬に用はない」

 和田は自分の刀を鞘ごと与儀に投げつけた。

「腹を切れ!」


 与儀はそれを取り上げると鞘から刀を抜いた。

 日本語の分からないフェイロンは与儀が刀で向かって来るかと思った。しかし刀をじっと見つめる与儀はこちらに関心はない様子だった。


 鞘を持ち、抜き身を自分の腹に当てる与儀。フェイロンはようやく与儀がなにをしようとしているのか分かってきた。


「よ、与儀、やめろ」


 フェイロンの静止も虚しく、与儀は腹に刀を刺しこんだ!


「与儀ー!」


 腹から血が溢れ出す。与儀は後ろに倒れこみ、仰向けにひっくり返る。



 そこへ兵員宿舎を襲っていた形意拳の連中が、裏口から怒涛の如く雪崩れこんできた。その中の一人が与儀の胸を柳葉刀で突き刺しとどめを刺して行った。


「与儀……」


 血みどろになった与儀を、フェイロンはいつまでも見ていた。


 その時だった。一発の銃声が鳴り響き和田の腹に命中した。倒れ込む和田。


 銃口から煙が出ている。撃ったのはハオユーであった。


「仇はとったよ。父さん……」


 ハオユーの目から涙がこぼれ落ちた。

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