論戦



「わーはっはっは。今日は気分がいい。俺の奢りだ。じゃんじゃん飲もうぜ」


 ここは先ほど喧嘩をした場所からすぐの場所で、まだ日が暮れる前からフェイロン達は酒盛りだ。


 宿も予約を取り、店先の屋台のワンテーブルを五人で占拠している。


 酒が運ばれてきた。五人が盃に酒を入れるとフェイロンが口を開く。


「まずは、今日一番敵を倒したダーフーに乾杯だ」

 皆が盃を上げる。


「それじゃあ乾杯といこう。かんぱーい!」

 そして一口で盃を飲み干すと「あー!」と声を上げる。


 まずは丸鶏の唐揚げが出てきた。各々好きなところをちぎって小皿に入れる。鶏はすぐに骨だけになってしまった。


 メニューを見るとここのうりは川がにの素揚げらしい。女給さんを呼んで十杯頼む。その間にもダーフーとウンランはチャーハンを頼んでいる。


「しかし見たか頭の最後の顔!ありゃー傑作だった。わははは」

 フェイロンは終始ご機嫌である。普段生徒には手加減してやってるところを、今日は思い切り拳が振れたからかもしれない。


「ジァンは棍術もいけるんだな。ありゃー形意拳の棍術かい」

「基礎はそうですけどね。ほとんど我流ですよ。これは形意拳全体にも言えるんですけど、内功がどうの発勁がどうの気功がどうの、非常に精神論的なものを重視し過ぎて本当に強くなるには十年かかるそうで嫌気がさしていたんですよ。そこに先生の圧倒的な強さを目の当たりにして弟子入りしたって訳です。南派拳はそのてんみるみる強くなっていくのが実感できる。自分の性に合うと感じています」


「なるほど、内功ね、そんなもん本当にあるのかって怪しいよな。気功に至ってはインチキ臭くてしょうがない。俺もジァンと同感だな」


「発剄は食らったこともあるがあれはなかなかのものだぞ」

 ダーフーが感想を述べる。


 そこへ蟹が運ばれてきた。どうやって食べるのか分からない。ジァンが説明する。

「まずここを押さえつけて甲羅をはずして……」


 皆無心で食らいつく。蟹を食べる時、黙り込むというのは本当だった。


「それじゃあ明日がありますので、私はこの辺で」

 ジァンが挨拶をして帰って行く。



 しばらく黙々と蟹を食べていたハオユーがぼそりと言う。


「俺は気にいらないな」

「何がだ、ハオユー」

 とフェイロン。

「兄さんは、ダーフーを気に入って五形拳まで教えているが、まずそれが気にいらない。五形拳は秘門の拳だ。そうおいそれと教えるべきじゃない」


 ハオユーは酒をぐいっと飲む。

「そもそもダーフーは敵だ。日本の軍人なんだぞ。よりにもよってそんな者に……ここ河北も占領された。いずれ中国全土が日本軍に征服されるだろう。その先駆けを担っている人間に、なんでそこまで寛大になれるんだ。兄さんの考えが分からない!」


 その言葉を聞いたダーフーが反論する。

「征服などしていない。進駐だ」

「言葉のあやじゃないか、征服は征服だ!」

「口を挟むがなハオユー。先に起きた山東省がドイツ帝国に膠州湾を押さえられた事件の顛末は知っているだろう。日本軍が調停にのりだし、ドイツは撤退した。今この中国という国は、それこそ征服されても何の反撃もできないほど弱っているんだ」


 今度はダーフーが酒を飲み干す。

「本来ならひとつの政府のもとに一致団結し、白人どもの租借地を奪還していくのが筋なんだが各地で軍閥どもが跳梁跋扈し、国をまとめる事すら出来てない。違うか?」

 答えに窮するハオユー。


「俺は政治の事はよくわかんねーけどよ。一等国民、二等国民って差別されるのは気分が悪いな。あれはどうにかならねーのか?」

「そういう区別をしなけりゃ今度は日本人の方から反発が出るんだよ」


 ダーフーがまたハオユーの方を向く。

「今世界中がこの中国を狙っている。北はロシア、西からイギリス、南からフランスだ。すべての地域が占領されて植民地になってしまう。ここで同じ東洋人である日本軍が進駐しないと大変な事になる。今東洋で統率の取れた行動ができるのは日本軍だけだ。この国を日本軍がくまなく進駐したあと白人どもを追っ払い、各地の軍閥どもを統一し、政権を禅譲し進駐を解除する。その上で強固な日中同盟を結べば、列強達は手も足も出すことが出来なくなるだろう」


 ダーフーの目が据わってくる

「さらにその方針に従い東南アジアからインドまで解放戦線を広げていく。これを『大東亜共栄圏』構想という。細かい差別がどうのこうの、そんな事はチリみたいな事だ。大義のためには多少の犠牲は付き物だ。もっと視野を広く、大きく持たなければならない。そこまで俯瞰して現状を鑑み、遠くまで見通すと、俺が五形拳を習っていることなども同じくチリのような事だと気づくだろう。違うか?ハオユーよ」


 ハオユーは驚いた。普段ぼーっとしているダーフーが、これほど雄弁だった事にである。


 ハオユーは考えている。相手は完全に理論武装している。黙って盃を傾けていると、お調子者のウンランが割って入る。


「まあまあ、お二人とも。かたっくるしい話はそれくらいにして、もっとパーっと飲みましょうよ。ね、ハオユーの兄ぃも、ダーフー先生も」


「そうだな、この話はこれくらいにしておこう」

 ダーフーが話を打ち切る。


 少しだけの敗北感を味わったハオユーなのであった。


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