フェイロン危機一発



 寺院の木陰から手に手に柳葉刀を持ったいかにもごろつきという風情の男達が現れた。そこで口上を述べる。

「親方は全員参加するみてーな事を言ったがこっちは賛否両論でな。俺達五人は最初から反対をしてたんだ。ホアンとやら、悪いがお前には死んでもらう」

「なんだとー。お前らやくざじゃねーのか。親方の命令は絶対のはずだ。それを今になって……」

「俺達はただ面白おかしく生きてーだけなのさ。親方の義憤なんて関係ねーよ」


 腐れが……フェイロンは叩きのめすと決めた。


 フェイロンは二人を戦力外と見て取った。片手刀を両手で構えているからである。後の三人のうち、二人は素人同然である。動きが隙だらけなのだ。最後の一人、こいつは結構な使い手と見た。刀をぐるぐると回し斜めに構える。


 生徒達が集まって来る。数では圧倒している。フェイロンはまだ動き出さない。


「やれー!」

 使い手の男が号令をかけると隙だらけの男が向かってきた。上段に振りかぶったその手首を虎爪で禽拿し、手首を思い切り捻る。その握力に顔を歪め、あっけなく刀を落とすやくざの男。フェイロンは、その刀を拾い上げ男の利き腕であった右手を容赦なく斬りつける。

 生徒達をみると、二人を十名で取り囲んでいる。


「おーい、こっちを見ろ!」

 シャオタオが男の一人に捕まっている。しかしそこは武術着を着ているシャオタオのことである。武術を修めていたことは前に聞いたことはあったが、やはり実戦となると危なっかしい。


 シャオタオは両手を結んで前に突き出し男の金的を殴りつける。そしてしゅるしゅると、身を沈めたかと思うと、下から男の顎を蹴りあげる。


 詠春拳だ。男がシャオタオを刀で斬り倒そうとしたその時、フェイロンが飛び込んできて、刀を弾き飛ばし事なきを得た。


「お前だけはやるさねぇ!」

 フェイロンは非情にも男の顔をばつ印に斬り結んだ。男は大量の血を吹き出しながら顔を両手でおおい倒れてしまった。


 二人を取り囲んでいる生徒の方を見ると、何人かが腕を切りつけられ出血している。そこへフェイロンの登場だ。まず前に出ている足を斬り、動けなくする。


「敵は日本人だ。なぜ中国人同士で闘わねーといけないんだ!」

「知ったことか! お前が邪魔くさいからだよ」


 二人に囲まれ万事休すだ。しかしそこはど素人。大振りで速さもない。フェイロンは軽々避ける。まずは後ろの奴の右手を斬りつけ翻って前の奴の肩を斬る。


 腕から出血している生徒に駆け寄り状態を聞くと「大丈夫です」とのこと。一人に病院に連れて行くように命じる。


「こいつには手を出すな!」

 フェイロンは皆に言い聞かせ、最後に残った使い手であろう男と対峙する。


「きぇーい!」

 男がフェイロンめがけて突進してくる。ぶつかり合う柳葉刀と柳葉刀。速い。しかも隙がない。二の手で振り返りながらフェイロンの足を狙ってくるもフェイロンはひょいと片足立ちになり相手の攻撃を受けない。


 ここで最近与儀に教わった二歩を素早く前に出て追い突きを食らわすという空手の技を使ってみる。


 刀は男の額を斬った。頭を押さえて後退りする男。


「ぐうっ!は、速い……」


 向き合う男と男。辺りは蝉の大合唱でかえって静けさを感じるほどだ。


 カツンカツン、ヒュン、刀のぶつけ合いが続いている。


「俺はある門派で五年修行したことがある。しかし拳術ははなから修行しなかった。なぜって俺にとって拳術なんか、ただケンカが強くなりたいやつがやるもんだろう。違うか?俺はそうじゃねぇ本当の実戦、刀で武を極めたかったんだ。俺が刀術の稽古ばかりしてるんで兄弟子三人に取り囲まれ、拳術を修練しないならば武館を去れと言われた。ふん、拳術の修練の時間を刀術に当てたほうがよほど効率的じゃねーか。俺のどこが間違っているというんだ。え、河北の龍さんよ、答えなんてあるのか」


 するとフェイロンは武術着の上着を脱いだ。


「武器はすべて拳術の延長にあるとか、くだを巻いたところでしょうがない」


 フェイロンはなんと刀を横の木に投げて突き立てた。シャオタオは心配気に見ている。


「お前がどれほど弱いか、俺の拳で知らしめてやる!」

「なんだとぉ!」


 男が横一線、胴をめがけて斬りつけてくる。しかしそれよりも速く移動し、虎爪を素早く男の袖口に飛ばし手首を締め上げる。そのまま関節を逆向きにかためると、男の手から刀が落ちた。周りから拍手が起きる。


 フェイロンは男を放し、また距離を取る。男が持っていた刀を足で放り投げ男の目の前に落とす。


「おのれ、愚弄するか!」


 今度は頭に真っ直ぐに切り落とそうとする。フェイロンは慎重に左によけ、足払いをかけて男を倒す。


 立ち上がる前に横蹴りの連続技だ。その早さについていけず十発以上も食らわせた。


 鼻血が飛び散り男の顔が血に染まる。フェイロンは男の襟首をつかむと拳を鼻っ柱にめり込ませる。


 男は刀を拾い上げようとするも、フェイロンが足で妨害し取らせてくれない。一発、二発と前蹴りを食らわせても男は刀へ執着する。


 フェイロンは飛び上がり右手の手首を折る。


「うぎゃー!」

 男はそこで力尽き、右手を抱えて震え始める。


 生徒たちもこの一連の闘いを見て、改めてフェイロンの強さに喉を鳴らすのであった。


「刀がないと何も出来ない無力な自分を思い知っただろう。お前はもう組織から出て行くんだな。二度と戻ってくるな。外道めが」


 男は手首を押さえて寺院の階段を降りてゆく。

「二度とくるなよ」

「先生の強さを思い知ったか!」

 生徒は口々に罵る。


「じゃあ俺達はここで帰るから、稽古の方は無理をするんじゃねーぞ」


 武術着をパンパンとはたきながら、シャオタオと共に石段を降りてゆくのであった。

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