作戦会議



 稽古は夜明けから始まる。それから日の入りまで訓練が続く。


 皆大きめな竹の水筒にたっぷり水をいれ、稽古に臨む。


 まずは昨日の復習である。皆套路の三分の一ほどは形たけであるが覚えた。これほどの早さでここまで覚える者達はフェイロンは見たことがない。それだけ必死ということか。


 昨日と同じく五班に別れて特訓の開始だ。昨日の続きから三分の二まで演武して見せる。

「今日はここまでやるぞ」

 フェイロンが激を飛ばす。

「はい!」

 特訓が始まった。


 まずはフェイロンが一手の動作を見せる。全員それを真似る。一手を繰り出してはそれを真似るの繰り返しだ。こうして動きは伝わっていく。


 正午前にザンがやってきた。下男が今日もちまきを持ってきた。皆水を飲み、昼飯にありつく。


「今からいくぞ、フェイロン」

「ああ、おーいハオユー。俺の班の生徒達の稽古も見てくれないかな。進み具合はほぼ同じと思うが」

「分かった。任せておけ」


 フェイロンとザンは連れだって歩き始める。


 路地裏を抜け、ディンジェ菜館に到着した。昨日と同じようにリァンとタンが一つのテーブルを占拠して待っていた。


「フェイロン、こちらが形意拳のリァン、こちらが八極拳のタンだ。以降両者ともよろしく頼む」

「洪家門のフェイロンだ。よろしくな」

 フェイロンは笑顔で挨拶をする。そしてぐい飲みにだされた酒をお互いにぶつけながら乾杯する。


「噂は聞いている。河北、河南総合武術大会で奇跡とも言われる十連覇、他にもさまざまな武術大会に出場し優勝をかっさらって行くとか。人はそれを天賦の才だの、努力の賜物だの口々にするが、一度日本兵に負けて武館を閉めざるを得なかったそうだな。その悔しさは我々の想像を遥かにこえるものだろう。察するに余りある」

「いいんだよ。すべての勝負で負けなしなどはあり得ない。たまたま負けたのがその日本兵だっただけのことさ。それにもう武館経営はすべて禁止になったそうじゃないか。その日本兵に勝とうが負けようが武館は閉めざるを得なかった。そこにザンの誘いだ。渡りに舟とはこの事だよ」


 フェイロンは餃子を女給に頼む。


「さて本題といこう。二ヶ月後、我々は日本軍のこの辺りの重要な拠点を叩く。そこはスパイ養成所で普段の暴動を起こすよりも遥かに難しい事が予想される。千人規模の人員が必要となるが、南派拳で運動に加わりそうな門派があれば、声をかけてほしいんだ。心当たりはないか」

「そうだなあ、同じ洪拳ぐらいかなあ、交流があるのは。それも一件だけ。基本的に弟子の取り合いをしているので、味方じゃないんだよ」

 リァンが迫る。

「是非とも運動に誘ってくれないかな。まずは千人規模で日帝の拠点を人の輪で囲むんだ。危ない役目でもないし、少しでも多く人数がいるんだ。頼む。二百人でいい。この通りだ」


 頭を下げるリァン。フェイロンもこれから襲うのがよほど重要な拠点と見て取った。


「分かった、文を出そう。乗ってこなかったらそれまでだからな」


 餃子がやってきた。それをかきこむフェイロン。

「それとフェイロン、真夜中に襲うんで本館にはほとんど人がいない筈だ。なので少数精鋭、三兄弟で潜って欲しいんだ。おそらく上の者は宿舎ではなく、本館で寝泊まりしている公算が高い。そいつらの首を取って来て欲しい。抹殺して来て欲しいということだ」

 タンがひそひそ声で話す。


「まあ、任してとけ。三人以上はいらない。かえって足手まといになるからな」


 今度はリァンだ。

「俺達形意拳は兵員宿舎を刀を持って襲う。タンは武器庫だ。なのでなるべく人数がいる。夜中に襲いかかるので敵味方が判別しやすいように頭に黄色い布切れを巻いていく。現代に蘇る黄巾党の乱さ」

 リァンは勝利の確信に満ちた笑顔を浮かべる。一応大まかな作戦は練れているようだ。


「決行は二ヶ月後、それまでに俺の弟子を目一杯特訓してほしい。なんとか使い物になるまで鍛練させるんだ、よろしく頼む」

 ザンの言葉に

「ああ、任しとけ」

 フェイロンは胸をドンと叩いた。


「戻ったぞ」

 石段をタンタンタンと登ってきて、ハオユーに声をかける。

「ハオユー、次の作戦だがな……」

 フェイロンは、作戦のあらましを伝える。


「何だって! 三人で本館を襲撃するだって。無茶だ。せめて十人はいないと。俺がザン先生に掛け合ってみる」

「いいんだって、俺が納得してんだから。少数精鋭。他の奴を連れていくとかえって足手まといになる。自由に動ける三人がちょうどいいんだよ」

 ハオユーは眉間にしわ寄せし、難しい顔をする。「まあ、兄さんがそういうなら……」


 釈然としないまま稽古に戻っていくハオユー。愛用の棍を手に指導していく。


「俺の班にいたやつは戻ってこい」

 フェイロンが声をかけると、十数人がこっちへくる。皆昨日から練習三昧で疲れはてているだろうと思うと泣けてくる。多くは身内の仇打ちで必死に食らいついているのだ。通常一月かかるところを三日で覚えさせる。多少無理があるが、対練の方に多くの時間をとりたい。無理を承知で指導していく。


 日が暮れた。今日はここまで。するとフェイロンが皆に告げる。

「この二日間で相当疲れているだろう。よって明日は稽古を休みとする。自宅で訓練もいいが、なるべく体を休めるように」


 皆それぞれ頭を下げ家路へといそぐ。


 これで終わりではない。ダーフーの特訓が待っているのだ。


 例の橋の下に行くと、ダーフーが今日覚えた套路を復習している。さすがに空手の下地があるのでさまになっている。


「待たせたな」

「おうよ」

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