第11話『美少女は席替えを戦争にする?』

 2年C組の一日も、お昼の弁当と休み時間を挟んで後半戦へと突入した。

 本日の5時間目は、HR(ホームルーム)の時間だった。昔風の言葉で言えば『学級会』 。二学期からは学級委員も任せれていた美由紀は、皆の前に立った。

 担任の中畑先生はオブザーバーとして、静かに教室の脇で座っている。

「え~っと、今日は皆さんの待ちに待った『席替え』を行いたいと思いますっ」

 その一言で、クラス中は大歓声に包まれた。

 このクラスでは、年度初めの学級会で、学期の最初と一学期・二学期の中間の計5回、席替えを行うことに決めていた。

 今回は、その4回目の席替えになる。



 席替えというのは、いつの時代でもドラマチックなものである。

 ある者は、「次こそは大好きなあの子と……」と星に願いをかける。

 またある者は、せっかく思い通りの席になって喜んでいたのに、席替えの季節が再び巡ってきてしまい『離れたくないよ~!』なんて思いながら断腸の思いで席替えに臨んだりする。

 今まさに、C組の面々はそれぞれの想いを懸けて、席替えという名の戦争を戦おうとしていたのである。

「質問があります!」

 美由紀に次ぐ論客、朝倉瞳は真っ直ぐに手を挙げた。大の読書好きで理屈屋の彼女に論戦で勝てる可能性があるのは、恐らく美由紀以外にはいないだろう。

「はい、朝倉さん」

 美由紀が促したので彼女は立ち上がり、他の皆も当然疑問に思っていたことを代弁した。

「今回の席替えの方法は、何でしょうか。やっぱり、くじ引きとかですか?」

 古今東西、席を決めるための面白い方法と言っても、そのバリエーションにはおのずと限界がある。だいたいは、多少の形こそ違え、『くじ引き』的な方法に落ち着くのではないだろうか。

 しかし。その瞳の質問に対する美由紀の答えは、意外なものだった。



「今回は、趣向を変えたいと思います」

 その一言に、皆の頭の中にクエスチョンマークが飛び交った。

「えっ。くじ引きじゃないなら……どうやって決めるの?」

 美由紀は、また不思議なことを言い出した。

「中畑先生!」

 呼ばれると思っていなかったオブザーバーの中畑先生は、あわてて顔を上げた。

「は、はい?」

 何だか、担任としての威厳があまり感じられない。

「……今から、PCルームへ移動したいと思うのですが、よろしいでしょうか? お昼休みに教頭先生と学年主任の塩谷先生には、すでに話を通してあるので」

 そこまで手回しをされては、中畑先生は許可する以外ない。

「分かった。それでは、他のクラスの迷惑にならないように、静かに移動すること。それではいったん解散!」

 C組一同は、ガラガラと席を立ち、校舎中央の階段をはさんで別棟にあるPCルームへと移動を始めた。

 そこは、一人一台のPCを使うことができる、大教室だ。

 今回、美由紀の隣の席を狙うことに命を燃やしていた福田孝太は、首を傾げた。

「美由紀のやつ、今度は一体何を考えている?」

 しかし、この時C組の皆は気付いていなかった。

 今から彼らは、希望の席を巡って血で血を洗うバトルゲームを繰り広げることになる、ということを——。



 C組の面々は、それぞれ割り当てられたPCの前に座る。

 美由紀の指示で、皆一斉に電源ボタンを押す。たちまち、ウインドウズ10が起動し、デスクトップ画面が現れた。

 教室の中央に立った美由紀は、よく通る声で皆に指示を飛ばす。

「え~、デスクトップの一番最後のアイコンに、『席替え大戦争』というアイコンがあると思います。まず、それをダブルクリックしてください」



 ……なんじゃそら?



 誰もが、そう思った。

 確かに、何の冗談か戦車の絵のようなアイコンが画面上に存在した。

 しかしまた、『大戦争』とは穏やかではないが、いったい何なのか?

 孝太は、とりあえずダブルクリックしてみた。

 すると、いきなり画面が真っ暗になった。

 そして、機関銃の掃射音や戦車の大砲の炸裂音のような効果音のあと——

 

 

【C組席替え大戦争】



 そんな真っ赤で悪趣味な文字が、画面いっぱいに浮かび上がった。

 美由紀は、さらに説明を続ける。

「え~、これは私が独自に開発した席替えプログラムです。これから皆さんは、このソフトの指示通りに操作していってください。私はこのソフトの開発者ですから、公平を期するために私自身はこのゲームには参加しません。私の分の席に関しては、PCの自動操作に任せたいと思います」

 よ~い、ハジメ!

 美由紀の号令とともに、C組の生徒たちはPCのモニターを見つめた。



 福田孝太は、まずモニターに指示されている内容を読み取った。

 C組の座席を上から見た見取り図が示されており、それぞれ一番最前列の左を一番とし、最後列の一番右を36番として、それぞれの座席に番号が振ってあった。



 STEP① 希望の座席の番号を、第5希望まで入力せよ。



 ……はぁ。

 第五希望までとは、また手の込んだプログラムだなぁ。

 別に目が悪いわけでもなく、前の席である必要もなかった孝太は、そこは適当に選んで入力フォームに席番号を打ち込んだ。そして Enter キーを押す。すると、また画面が一新された。



 STEP② 隣りに座りたい人物の名前を、5名まで挙げよ。特に希望のない場合は入力なしで次のSTEPへ進むこと。



 孝太は、そこで迷わずこう打ち込んだ。

『田城美由紀』

 5名までの入力枠があったので、欲張りな孝太はすべてに美由紀の名前を打ち込んだ。それで、ちょっとは希望のかなう可能性が上がるかと思ったのだ。

 しかし。孝太が考えなしにEnter キーを押すと、嫌な警告音とともにおどろおどろしい文字が浮かび上がった。



 警 告!


 いくらその子が好きでも、同じ名前をいくつも入力してはいけません。

 Error によるペナルティー : カウント1



「くっそ、このひねくれプログラムめ!」

 孝太は小声でそう毒づいたあとで、今更ながらにこのプログラムを組んだのが美由紀だということを思い出し、妙に納得した。

 そして、自嘲気味に独り言を漏らした。

「そのひねくれ者が好きなオレって、一体……?」

 PCルームの隅に立っていた美由紀は、ムズムズする鼻にハンカチをあてがった。

「ふぇっくしょん!」



 一通りの座席の希望に関する入力が終わった。



 処理中……



●あなたの希望の場所と条件に関して、他との競合がない場合は即決となります。

●ただし、他者との競合がある場合は、権利を勝ち取るためのカードバトルモードに突入いたします。



 孝太は、何だか嫌な予感がした。

 ……カードバトルって、何するんだ!?

 嫌でも、彼はその実体を目にすることになるのであった。



 ハードディスクの稼動するカリカリいう音がしばらく続いた後、画面がパッと切り替わった。

 そしてそこに示された内容は……



  検索結果 : 競合 10



 競合対戦相手 : 山崎信吾・朝倉瞳・宮田菜緒・安西京子・増田良輝・早田美代子・佐野秀美・室木大輔・折田雅彦・堀田利美



 → カードバトル・モードヘ!



 ……あ~あ。

 美由紀の横とか、窓際の後ろとか、やっぱり同じこと考えるやつは考えるか!

 孝太がため息をついていると、画面が急に明るくなり、クラッカーが鳴るにぎやかな演出が現れた。

 そしてそこに踊った文字を見て、目を丸くした。



 ● 勝ち抜き・大富豪!



 ……何じゃ、そら!

 みるみるうちに、コンピュータによってモニター上にトランプが配られてゆく。

 孝太が周囲を見ると、名前の挙がった他の9人も、画面を見て青ざめている。

 手持ちのカードを、孝太は確認した。

 親切なことに、弱いカードから順に同じ数字は隣り合うように自動的に並び替えられていた。



 3→1枚

 5→2枚

 Q→1枚

 2→1枚


 ……まぁまぁかな。

 そう思った瞬間ー



 ●先ほどのペナルティーカウント・消化



 一瞬にしてコンピューターによって2のカードが持ち去られてしまい、代わりにやってきたのは、2なんかよりはるかに弱い『6』だった。

「そんなあああああああああああ」

 こんなソフトを開発した美由紀を恨んだ。



 3→1枚

 5→2枚

 6→1枚

 Q→1枚



「弱っ!」

 まぁ、10人も参加しているのだから、そんなにいいカードだって来ないだろうが……それにしたって、これで戦えとはあんまりだ。

『ダイスを振る』をクリックすると乱数表が目まぐるしくうごめき、カードを出せる順番が決まった。

 孝太は、8番目だった。

「ウソやぁ!」

 彼の絶望をよそに、第一回戦は始まった。

 一番手の早田美代子が出してきたのは、いきなり3の二枚。

 画面を見ていると、二番手の山崎信吾が7の二枚を出している。

「ちっくしょう、二枚組みなんて5しかないんだよっ!」

 前の者たちがみなパスするので孝太に順番が回って来たが、出せるわけのなかった彼は泣く泣く 『パス』 ボタンをクリックしたのだった。



 その後、一番最後の宮田菜緒がQの二枚を出してきた。他に出す者がいなかったので場が流れ、菜緒に好きなカードを出す権利が与えられた。

 彼女が出して来たのは、3の1枚。

「うおおおおオレがそれ出したかったぜえええ」

 そんなこと叫んでも、どうにもならない。

 孝太の前の順で、すでにジョーカーまで出て、場が流れていた。

 結局、孝太は3と5の二枚を出す機会に恵まれないまま、第9位に終わった。



 続いて、第二回戦が行われた。

 どうも、一回の対戦ではなく、三回戦の総合結果で勝敗が決まるらしい。

 孝太は9位なので、『ドドド貧民』 であった。

 最下位の朝倉瞳のドドドド貧民よりはマシだったが、低次元な戦いであった。

 特殊ルールにより、どんなに低い身分でも二枚以上の交換はない、というのが救いだった。



 5→1枚

 7→1枚

 9→1枚

 J→1枚

 K→1枚



「最悪やぁ!」

 孝太の心の中の美由紀は、フワリフワリと飛んで行ってしまった。

 そこへ持ってきて、『大大富豪』の増田良輝にジャックとキングを徴収され、代わりにやってきたカードは当然悲惨で——



 3→1枚

 4→2枚

 5→1枚

 7→1枚

 9→1枚

 


「うわあああああああやめてくれええええええええええええ」

 孝太は、PCの前で思いっきり身をよじった。

 こんな手で、勝てという方が無理である。そして、二回戦を終えて見事に瞳に代わる『ドドドド貧民』の栄冠をゲットしたのだった。

 悔しいことに、さっきまで最下位だった瞳のほうは、富豪にまで昇格していた。



 いよいよ、最終決戦。

 半分あきらめモードの孝太だったが、配られた手持ちのカードの良いのを見て、俄然やる気が出てきた。



 1→2枚

 2→2枚

 ジョーカー →1枚



 ……おっ、これ行けるんでねぇ!?

 大大大富豪の室木大輔にジョーカーと2を1枚持って行かれはしたが、それでもまだマシなほうだ。



 7→1枚

 10→1枚

 1→2枚

 2→1枚



 これだと、大大富豪あたりは無理でも、富豪か平民あたりは狙えるだろう。

 よっしゃあ! と気合を入れた孝太は、一番地位が低かったので初手を出した。

 …7の1枚!

 次席の堀田利美は8の一枚を出して来たが、恐るべしは次の佐野秀美だった。

 いきなり、ジョーカーを出してきたのだ!

 ……コイツ、勝負かけやがったな。

 よほどの勝てるという読みがなければ、この手は出せないはず——

 何としても平民くらいには生き残りたい孝太は、身構えた。



「うっそ~~~~~~!」

 PCでバトルに参加していた利美以外の9人は、その場で叫んだ。

 見間違いでなければ、それは5の4枚。

 モニターに派手な表示が映る。



 ●カクメイ!



 何と、この大人数の大富豪で4枚組みが当たるとは、恐ろしい確率だ。

 当然、誰も『革命返し』などできるはずがない。

 これで、3が一番強く・2が一番弱くとカードの価値が逆転した。

「そんなああああああああああああ あほなああああああああああああ」

 当然、秀美は最後の5の1枚を場に捨て、大大大富豪として勝負を終えた。



 この革命で、明暗が分かれた。

 たまたまこの回によいカードが来ていた連中は、割を食った形になった。

 かわいそうだったのは、朝倉瞳と、孝太の二人だった。

 二人はそれぞれ、ドドド貧民とドドドド貧民として、席替えバトルを終えた。

 第五希望までも無視された結果に終わり、孝太はその日の残りの時間中、ショックから立ち直ることができなかった。

 当然、美由紀からは離れた席に変わった。

 太陽に対する、冥王星のようなものである。



「……何で、あんたの隣りなのよ」

 本当は、増田良輝の隣りになりたかった朝倉瞳は、孝太を見てブーブー言った。

「うるへぇ。こちとら、好きでここになったわけじゃないやい!」

 孝太も負けじと、涙ながらに言う。

 勝ち抜き大富豪の負け組二人は、仲良く隣同士となったのである。



 これは、後日談である。

 孝太も瞳も、望む者の隣りにはなれなかったのであるが……

「おい朝倉、ちょっと聞いてくれよ! 美由紀のやつ、最近ひどいんだぜ!」

 隣りの席の瞳に、愚痴をこぼす孝太。

「ねぇねぇ福田君、私の方の話も聞いてよ! 増田君ったらね、せっかく気合入れて髪型変えたのに、何にも言ってくれないのよぉぉぉ」

 こうして、はた目には仲むつまじく(?)それぞれの『隣に座りたかった人』への愚痴を言い合うのだった。恋は、山あり谷あり。ちょうどよい『ガス抜き』をしているように見える。

 確かに本人たちの希望通りではなかったが、これはこれでいい感じなのではなかろうか?



 ただ、美由紀の開発した席替えソフトは——

 皆に恐れられてしまい、不評のためその後使われることはなかったという。

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