第二話 名前

「雪夜~お父さんだよ~」




満面の笑みで俺で頬を片手で触り、もう片方の手は流れ続ける鼻血を止めている姿は少し…いや、かなり気持ち悪いが、この人は俺のことを助けてくれたわけだし、そんなこと思っちゃいけない…けど、そう本能的に思っちゃったものには逆らえないよね。


これから俺は前世の「俺」ではなく、現世の「雪夜」としてこの人と接しなければいけないだろう。


なんか、ついさっきまで生きてたのに前世って言うのはちょっと違和感があるけど。


俺は前世、27歳で命を落としたが…この目の前のイケメンさん。俺より年下だったりしない…よな?


下手したらこの人、俺より年下って可能性もある…


その場合、俺は年下をお父さんって呼ばなきゃいけなくなるのか…


はぁ…先が思いやられるなぁ。


気をつけて行動しなくちゃ。


そういえば俺って今、0歳なのかな?


この現世で目が覚めたのはついさっきだし…


それとも、もっと年齢は重ねていて、親に捨てられた強いショックで記憶が戻り、その後遺症で現世を忘れてしまったとか?


後者は違う気がするなぁ、てか、そんな後遺症あるわけないよな。


自分の体的に生まれてからそんなに年月は流れてな気がするし、それにあまり現実味のある話じゃないな。


そもそも赤ちゃんにそんなはっきりした記憶とかあるのかな?




「雪夜?」




はっと我に帰り、イケメンさんの方を向くと不思議そうに俺の顔を覗き込んでいた。


そりゃそうだ、普通の赤ちゃんなら喜んできゃっきゃしてそうな行動なのに俺の場合、頬を触られながら真剣になにかを考えていたのだ。


おかしいと思われるに決まっている。


ついさっき気をつけて行動しなきゃと決めたのに、速攻失敗だ。


綺麗すぎるフラグ回収…


どうしよ、どうしよ、考えろ俺!考えろ!!




「な、なえ!」




焦って出した言葉は自分でも驚くほどよくわからなかった。




「私の名前かい?」




そんな、解読の難しすぎる俺の言葉を、イケメンさんは意図も簡単に解読してしまった。


見事なまでの綺麗な返答に、もしかして保育士さんかなにかですか?


日頃から赤ちゃんと意志疎通でもしておられるんでしょうか?


と意味不明な質問をしたくなった。




「私の名前はグレイだ」




グレイは俺に優しく笑いかけた。


その優しい笑みと、透き通った印象を受けたその名前に思わず息を飲んだ。




「ぐれい」




なぜか、グレイの名前ははっきりと言葉にできた。


俺は、「ありがとう」も「名前」すらも言えなかったのに。なんで?そんな疑問に首を傾げていた。




「あ、え?な、名前!」




グレイは俺の言葉が嬉しかったのが、歓喜と驚きが混じったような笑顔になった。


それと同時にグレイの鼻から大量の血が噴出した。




「もう、お父さんじゃなくて名前でいいで…す」




グレイはもう満足です。とでも言わんばかりの笑顔で、大量に鼻血を出しながら気絶した。


もう、気持ち悪いとか通り越して怖いわ。心配だわ。


グレイ…この調子じゃ、いつか出血多量で死んだりするんじゃ…

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