稲荷神社

「あ、ネコ!」


 リンは塀の上で日向ぼっこをしている猫を指さす。今にも寝てしまいそうに目を細めてうつらうつらとしている。半透明で既に亡くなっているが、生前の猫と変わらない行動。


「この子を使い魔にしようかな、どう思う?」


「うーん……」


「ダメ?」


「ダメっていうか……」


 信晴は言いづらそうに眉を下げる。今日一日リンは彼と行動してきたが、ずっと煮え切らない態度をとってばかり。


「じゃあなに?」


「その子……飼い猫だから」


「え」


 話し声がうるさかったのか、起きて伸びをし、後ろ足で首をかく。毛に隠れていた赤い首輪がよく似合っている。古くからつけているのか、亡くなってもつけたまま。飼い主以外に使役されるつもりはないのだろう。


「なぁんだ、残念」


「公園に野良猫はいなかったね」


 リンは猫の喉を撫でる。気持ちよさそうにごろごろと喉を鳴らして喜ぶ。飼い猫なだけあって人懐っこい。

 二人は最初に公園へ行き、猫や鳥などの動物を探した。しかし他の子達も同じ考えで全く動物がいなかった。

 街中も河原も探したが、よさそうな動物も霊も見つからない。


「じゃあ次は神社に行ってみよう」


 リンは自分のケータイを使って地図にある神社を指さす。そこは学校への帰り道で、公園のすぐ隣にある小さな神社だった。かなり拡大しないとそこに神社があるとは分からない。


「でも……もう暗くなっちゃうよ」


 信晴が右上の時間を見ると4時を指していた。あと30分で帰らないと田中先生に何を言われるか……信晴は想像しただけで顔を真っ青にしてぶるりと体を震わせた。


「大丈夫、ここ小さいからすぐ見て、なにもいなかったら学校に向かえば間に合うはず」


 その神社は学校に帰る道すがらにぽつんと存在している。公園は少し大きいけれど、その大きさの4分の1くらいしかない。


「でも……」


「それより信晴は式神決まった?」


「え」


「えって……何のために今日一日歩き回ってたと思うの」


 呆れた、というようにため息をついて両手を上げる。今まで散々歩き回ったが、信晴はずっとリンの後を着いてくるばかりだった。自分から探している様子は全然感じられなく、ぼーっとしていた。リンがあれはどうか、これはどうかと言っても『うーん』と首をかしげるばかり。


「そんなにやる気がないと良い式神がいても他の人にとられちゃうよ」


「……そうだよね」


 俯きながらそう呟く。そして決心を決めたのか、顔を上げてまっすぐ前を向きリンの隣に立つ。


「ちゃんと式神を探す」


「そのいきよ」


 グッと親指を上げて笑いかける。信晴もぎこちないながらも笑った。


「じゃあ神社まで競争!」


「ムリだよ……リンちゃん!?」


 泣き言を聞くより先に走り出す。

 信晴も後に続いて走り出した。




 その神社の敷地は狭いものだった。

 傾いた夕日に当てられても色が褪せている小さな鳥居が神社だと主張していた。

 その両脇にはわさわさと手入れをされていない榛の木が無造作に生えている。

 細い石畳を進むと、苔の生えた狐の石像が2匹、両脇に鎮座している。


「キツネ? ふつう神社ってコマイヌじゃないの?」


 リンは狛犬の如く座っている狐を指して首をかしげる。


「ここは稲荷神社だから」


「聞いたことあるけど、それとキツネって関係あるの?」


「えっと、稲荷神社の眷属はキツネで……神様の使いってことが多いかな」


「使いって、使い魔みたいなもの?」


 信晴は上を見て少し考えてからこくりと頷いた。

 狐の先には大人の人が何とか1人だけ入れそうな小さい社がある。賽銭箱や鈴はなく、社の扉に賽銭を入れる細長い穴が開いていた。


「キツネが使い魔ね……面白そう!」


 あかりは楽しそうに社の奥に進もうとする。

 神社や社の奥には、奥社という社より小さな祠がある。そこには神様が住むともいわれる、神社で最も神秘的なところ。

 そこに行けばキツネを使い魔にできるかもしれない。リンはそう考えるも


「ダメ!」


 信晴に腕を取られて引き留められる。

 今日1番の声を張り上げた信晴に驚き、まじまじとその顔を覗き見てしまう。


「稲荷神社はとても歴史が古くって……昔からあるんだ」


「……」


「だから……その……」


「だから?」


「何代も昔から稲荷を信仰している人とかしか、使い魔にできない……はず」


 言いにくいのかどんどんと語尾が小さくなっていく。

 けれど言いたいことは伝わったため、ため息をついてがっかりした。リンは生れてこの方稲荷を信仰したことはない。


「ってことは無駄足だね」


「でも、よっぽど信仰心を持って崇めたら使い魔になってくれるかもしれない」


「よっぽどってどれくらい?」




「このオレ様くらいってことだよ!」




 2人の後ろから声が聞こえて振り返る。今来た参道の真ん中に同じ年頃の3人組の男の子が腕を組んでいばったように立っていた。特に真ん中の子は他より1歩前に出て顎を上げ、リンと信晴を見下すように笑っている。


りくくん……そっか、陸くんの家は稲荷信仰だったね」


 信晴は何か知っているのか納得している。それに対し陸と呼ばれた真ん中に立つ男の子は得意満面になる。


「そうさ、だからココで使い魔を使役するのはこのオレだ」


「そーだそーだ、りっくんはすごいんだぞ!」


「お前たち出来損ないコンビとは違うんだ!」


 なー、と3人は声をそろえて笑いあう。

 信晴は何も言い返せず俯いてしまった。しかしリンは怒りをあらわにする。男の子だろうと人数が多かろうと容赦なく食って掛かる。


「なに『出来そこないコンビ』って」


「出来そこないは出来そこないに決まってんだろ」


「式神も知らないヤツに『安倍の落ちこぼれ』だからな」


「ピッタリじゃんか」


 やーいやーいとはやし立てる。

 そんな中リンは聞いたことのない言葉にきょとんと目を丸くする。


「『安倍の落ちこぼれ』?」


「お前本当になんにも知らないんだな」


「信晴はあの安倍晴明の末裔のくせに全然陰陽術が使えないんだ」


「もしかして『安倍晴明』すら知らないんじゃないか?」


 かもなーあはは、と3人は笑いあって侮辱する。


「そんなのどうでもいいでしょ!」


 大声を出して反論する。いきなりのことに3人は笑うのをやめて大声の主を注目する。


「そもそもアンタたちだって式神を使役できてないじゃない」


「は? だからこれから使役するためにここにいるんじゃねーか」


「アンタ稲荷信仰なんでしょ? なんでまだ使役できてないわけ?」


「それは……ふ、2人の手伝いをしてたに決まってんだろ!」


「手伝い? だったらアンタが先にキツネを使役した方が2人の式神探しは楽になるんじゃないの?」


 どうなのよ、と強気なリンの主張に3人は黙り込む。特に両脇の2人は気まずそうな顔をして陸を見ていた。

 形勢は逆転したと言わんばかりにリンはさらに言葉をつづける。


「それにこんな時間にココに来たっていうのもおかしい。2人の式神もいないし、もう学校に帰らなきゃいけないのに」


「リンちゃん、帰ろう」


 今まで何も言葉を発しなかった信晴がいきなり割って入る。


「まだ大丈夫でしょ」


「……あんまり、そういうことは言わない方がいいと思う」


「そういうことって?」


「相手が傷つくようなこと」


 信晴は心配そうな表情でリンと対面する。


「突っかかって来たのはアッチが先でしょ」


「でも、可哀そうだよ」


「可哀そうって……」


 リンは信晴と揃って悪口をいわれたから反論したのに、その反論が可哀そうだから言わない方がいい……なんでそんなことを言われるのか、頭がこんがらがってしまいそうだ。

 頭に手を当て、深呼吸をして一旦思考をリセットする。


「はあ? なんでお前なんかに憐れまれなきゃなんないんだよ」


 聞いていた陸も眉を寄せて今度は信晴にいいよった。

 そんな陸を何も言わずに可哀そう、という感情がこもっていた目で見るだけ。それが陸をさらにいら立たせた。


「言いたいことがあったらちゃんと言えよ!」


「……だって、呼べなかったんでしょ?」


「な、そんなわけないだろ! 適当なこと言ってんじゃねーよ!」




「――キツネが睨んでるよ」




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