第2話

 遅くなってしまったが、ここいらでオイラのプロフィールを紹介することにしよう。

 オイラは体長九ミリ。体形は小判型。丸みを帯びた背中は複数の環節からなっている。脚は短いけれど七対あり、体の色は薄褐色をしている。

 何でも人間サマの偉い先生によると、我々は『甲殻綱等脚目こうかくこうとうきゃくもく・ダンゴムシ科』に属していて、正式名を〝オカダンゴムシ〟というんだそうだ。そういわれると何やら堅苦しく聞こえるのだが、危険を感じたときに体を丸くするところから、俗に〝マルムシ〟あるいは〝テマリムシ〟と呼ばれたりする。

 オイラたちは枯れ葉や野菜を好んで食し、湿った場所が大好きで、一見すると昆虫のように見えるのだが、じつはエビやカニの仲間なのである。


 よろめくように歩きはじめると、当然のことながら周囲はまったく見覚えのない景色。どうやらオイラは住宅地のど真ん中に紛れ込んだらしく、すぐそばに白くそびえる大きなマンションが空に向けて建ち伸びていた。

 とりあえずそれを目標にして歩きはじめる。やがて居心地のよさそうなマンションの庭先にたどり着き、あたりを歩いて下見をした結果、オイラはここがずいぶんと気に入ったのでしばらくここに身を置くことに決めた。

 このマンションは東西に細長く、東の隅にマンションのシンボルと思える一本の背の高いクスノ木がすっくと聳え、フェンスに沿って目隠し用のカイズカイブキが身を寄せ合うようにして植えられている。その他には住人が思い思いにツツジや紫陽花あじさい、バラなどを育てている。

 あとになってわかったことだが、ここはとある住宅地に建てられた六階建ての巨きなコンクリート造りのマンション。その箱のような中に三十ほどの人間サマの家族がそれぞれの生活を営んでいる。いま寝起きしているこの場所はその敷地の中にある庭の片隅。

 自分でも不思議に思えるのだが、あの凍りつくような悪夢以来なぜか人間という生き物にひどく興味が湧き、その生活や行動を探求するために危険と困難を承知の上で観察がしてみたくなった。

( どうせ毎日やることがないといったらそれまでなのだが…… )


 ここに移り住んで数日が過ぎたある日。いつものように石の下で出かける準備をしていたとき。ふと鼻先に忘れることのない仲間の匂いを感じた。久しぶりに嗅いだ匂いにつられるように石の下から外を覗くと、すぐ目の前にオイラより少し体が大きくて、体の色が暗紫色をした老ダンゴムシの姿があった。

「おまえはここらで見たことのない顔だな。どっから来た?」

 老ダンゴムシは触覚をひくひくさせながら、年寄り特有のゆっくりとした口調で訊く。

「遠くから……」

 オイラはおそるおそる答える。

「そう怖がらなくてもよい、何もおまえを取って喰おうというわけではない」

 その言葉を聞いて少し安心した。

「わしがこの庭に来たのは四年ほど前になる。おまえと同じようにたまたま遠くからここにやって来た。生まれたときから棲んどるわけじゃないんじゃ。――わしはこの世に生を受けてからかれこれ七年になるかな」

 老ダンゴムシは自己紹介をするかのようにオイラに語りかけた。

 ダンゴムシの寿命というのは、せいぜい三年がいいところ。ところがこの老ダンゴムシはすでに平均寿命をはるかに超えてこの世に執着している。とても信じられなかった。

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