第8話 

 私は専業主婦をしている。日々の生活で不自由なことはなく、すくすく育っている娘を見守りながら生きることができている。正直な所、ここだけ見れば女の人生双六では優秀な様子でほぼ上がれているようなものだが、一点だけ惜しいところがあった。夫の存在である。結婚するまでは地味でそこそこ真面目な男だと思っていた夫は、実は浮気者で、さらに優柔不断なクズ野郎だということが結婚十年目にして発覚してしまった。めでたい夫婦の節目の年に夫婦関係解消の節目となってしまいそうな危機がやって来るとは皮肉なものだと思う。


 まさか、と思った。世の中には夫婦のどちらかが浮気をして喧嘩をしたり離婚に至るという話はたくさん転がってはいるけれど、我が家には無縁な話だと思っていた。夫のことは信頼していたし、私も信頼されているものだと思っていた。だが夫の考え方はまるで違っていた。私のことを信頼してくれてはいたのだろうが、その信頼が時間をかけて安心へと変わり、最近はほぼ無関心になっていたらしい。私への関心が無くなった夫の情は他の女へと移り、私は自分が知らない間に安心して家の中のことを任せられる家政婦兼ベビーシッターになっていた。


 結婚して十年も経てば、お互いに所謂空気のような存在になることはわかっていた。実際、ここ最近は新婚当時のような甘さや新鮮さには欠けた生活になっていたが、家族と言う成熟した新しい二人の関係がしっかり出来上がっているものだと私は思っていたのだ。だがその関係性が裏目に出たのだろう。夫は私のことを『逃げない都合のいい女』だと認識し、その意識が夫を自由にさせ、私とは違う女に見える女へと走らせたのだった。


 

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