恋の国の王女は推しを想う
明るい音楽がかすかに耳に届くテラスで、私は転生してから自分の身に起こったことをシル様に話した。
かいつまんで言えば「マティアス様と出会ったのはお見合いですが、ヒロインのエレノアが王子ルートを爆走してしまったので、私たちは両想いになって結婚したんです」ということである。
シル様は、私が死にかけた話を聞いてドン引きしていた。
「乙女ゲームなのになぜそんなハードなことになってるの?」
それに関しては、マティアス様が死亡フラグに愛されているからとしか言えない。私だって、平凡でのんびりとした生活が送りたい。
「今はとっても幸せだからいいんです」
へらりと笑うと、半眼で睨まれた。
「まぁ、推しを生かしたその根性と愛情は認めてあげるわ」
「それはどうも」
トロピカルなジュースを口にすると、シル様はにっこりと笑った。
「まぁ、これから仲良くしましょう。地元が同じ友達じゃないの。こんなところで出会った、二人きりのジモティーよ」
「え、地元ってまさか日本のことですか?それとも地球?どっちにしろ広すぎません?」
やはりヤンキーだな、シル様!
地元の仲間を大切にするタイプの、心温まるヤンキーだ!
「いいのよ何でも。こんな話ができるのは、今のところあなたと私だけなんだから。それにしても、フォルレットったらゲームの続編についてはまったく知らないなんて」
「ううっ……私、続編が出る前にこっちの世界に来ちゃったんですよ多分」
知ってたら絶対にプレイしてる。
「私なんて続編のハルクライト様にハマって、毎月五万も貢いでたのよ!」
拳を握りしめるシル様は、ものすごく悔しそうだった。
「五万!?ダメですよ、そんなに課金しちゃ」
「あなたまでそんな親みたいなこと言うの?」
「違いますよ!毎月課金は二万円くらいにしておかないと、五万も課金したらどんどんゲームが進んじゃって、早く終わっちゃうじゃないですか。恋するもどかしさを金で解決したら、それはそれで味気なくなりません?」
「だって私、人気アイドルだったんだもの。アイドルって気軽に出かけられないから、家の中で引きこもるのが一番安全で安心なの。ゲームって最高のパートナーなんだから」
「え、シル様ヤンキーじゃないんですか?」
露骨に聞いてしまったら、シル様は顔を顰めた。
「なんでわかったの?中学時代はヤンキーだったわ」
正解!?
ヤンキーから人気アイドルって、人生のふり幅がすごいな。
私なんて純粋なオタクなのに。
「それはそうと、続編だとハルクライトくんが攻略対象なんですよね。一体なぜそんなことに」
続編の舞台は、シル様の国であるミッドランド。
王女であるシルフェミスタ様は、国立学園に入学するところから始まる。
「ミッドランドは恋の国なの。ゲームをはじめるときに、42人の攻略対象から1人だけを選ぶのよ」
「42人!?めちゃくちゃ多いですね!!」
「そうね、でもキャラデザは神挿絵師と名高い、バラ沼ながれ星先生なの。42人がそれぞれの魅力を持っていて素晴らしいキャラが揃っていたのよ!」
その多すぎる攻略対象の中で、シル様が前世で最も貢いだのがハルクライト・オーガスト。隣国からの留学生で、自分に自信がない可愛い系のキャラだったらしい。
「ゲームでは、お兄さんが相次いで亡くなって彼が家を継ぐことになっているの。でも、私が学園に入学してもハルクライト様はいなかった……!」
「マティアス様が生きているから……!」
ゲーム内でハルトくんは、シル様というヒロインに励まされ支えられ、一緒に魔物退治などに行って絆を深めていく。
そして、パレードで襲われたシル様を助け、一躍英雄になって結婚するシナリオだった。
「シル様、パレードはどうなさったんですか?!」
私は驚いて尋ねる。
今、元気で生きているので問題なかったんだろうけれど……
「自分でねじ伏せたわ。ハルクライト様がいなかったから、毎日学園で勉強と鍛錬ばっかりしていて、けっこうな騎士力を身に着けちゃった」
「騎士力って何!?女子力みたいに言いますね」
「とにかく私は強いの。男に守ってもらわなくてもいいくらいにはね」
私とは違い、シル様は攻撃力に極ぶりしたステータスなんだとか。もともと素質はあり、それに加えてまじめに鍛錬したのでめきめき実力がついてしまったという。
「こんなはずじゃなかったのよ。ハルクライト様と胸キュンな青春を送るつもりがこんなことに……!」
なんだかヒシヒシと罪悪感が湧き上がる。
マティアス様を生かすことは私の責務だったし、間違ってなかったと思っている。けれど、シル様が推しに会えない悲しみを抱いているのは、私にはものすごくわかる。
推しこそすべて、それはジモティーとして看過できないことだった。
「あの、ハルトくんとせめてお茶とかできるようにセッティングしましょうか……?」
私の言葉に、シル様がものすごい形相で食いつく。
「本当!?」
王女様の顔ではない。
目を見開いて、前のめりだった。
「義弟ですから、私がシル様とお話するときに同席するくらいはできるかと。ただ、レオナルド様が許可するかどうか」
シル様は隣国の王女だ。
いくら私の義弟でも、「同席する理由は?」と問われるとそこは正当な理由がないのでむずかしい。
「お願いっ!ひとめ見るだけでいいの!!私はあと五日しか滞在しないから、お願いっ!!」
「シル様……!なんていじらしい!」
ひとめ見るだけでいいなんて。
私は感動してぷるぷると震えてしまう。
「わかりました。シル様が我が家に遊びに来て、たまたまハルトくんと出会った感じでいきましょう」
「ええ、そうね。偶然会うなら問題ないわ」
「はい、偶然にも出会いが来ますから」
私たちはこの日、ジモティーとして日本のことを語り合い、マティアス様が私を迎えに来たときにはすっかり盛り上がってしまっていた。
マティアス様にはシル様を我が家に招待する許可をもらい、ハルクライトくんにもすぐに連絡をする。
「ではシル様、また三日後に」
「ええ、フォルレット。楽しみにしているわ!!」
私たちはがっちり手を握り合い、結束を高めてから別れた。
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