ヒロインと書いて災害と読む

マティアス様と結婚して三か月。温かな気候の過ごしやすい日に、災害それはやってきた。


「お久しぶりです!フォルレット様っ!」


「まぁ!本当にいらしたんですね~残念だわ」


「うふふ、そんなクールなところが本当に好きです!」


我が家に遊びにきたのはエレノアだ。

レオナルド様の婚約者になったこのポンコツチョロインは、相変わらず地味な顔だが金色の髪はツヤツヤだ。こてんと首を傾げる姿はかわいい。


「親友のおうちに遊びに行けないなんて、王太子様の婚約者って本当に自由がないんですね。びっくりしました」


エレノアが笑う。


「ええ、本当にびっくりよ。自由がなくて親友でもないのに、呼ばれていない家に来るなんて」


びっくりした。明日遊びに行きます、って連絡をもらったときはすぐにお城に乗り込んで文句を言おうかと思った。


「どうしても会いたかったんです~!」


「はいはい、それはどうもね」


私たちはサロンに移動し、そこでテーブルに並べられたお茶や菓子を楽しむ。

うちのメイドたちはエレノアを見てびっくりしているが、顔には出さずきちんと給仕してくれた。


王太子の婚約者だから、さぞ美人で優雅な立ち居振る舞いの女性が来ると思ったんだろう。

かすかに動揺が見て取れた。


エレノアは王妃様に仕込まれたマナーで、お上品に紅茶を飲む。


「おいしいです~」


「袖!袖が菓子についてるから」


お茶を飲むまではよかったんだけれど、残念ながら長い袖のレースにクリームがついてしまった。これはまだまだ、マナー講座を卒業できそうにない。


メイドがすぐに濡れた布巾を持ってきてくれて、袖は一応きれいになった。


「レオナルド様とは仲良くやっているの?」


「はい!とてもお優しくて、先日も私を狙った刺客が来たんですがあっという間に片付けてくださいました!」


「……今なんて?」


「え?とてもお優しいです」


「違う、そこじゃない」


エレノアによると、自分こそが王太子妃にふさわしいと思っている令嬢たちから、嫌がらせがたくさんあるという。それに、命を狙う刺客も……


私は額に手を添えて、ニコニコ笑うエレノアを睨んで言った。


「今すぐ帰ってくれる?いや、帰ってちょうだい」


お願いだから、私を巻き込まないで!

今はマティアス様が外出しているからいいとして、刺客と鉢合わせして彼が死んだらどうしてくれるの!?


でもエレノアはなぜか目を潤ませ、私の手をぎゅっと握った。


「そんなに心配してくださるなんて……!お城に居た方が安全だからって、私を帰そうとしないでください」


「聞こえなかった?帰れって言ったのよ」


私は笑顔で言い切った。

鈍感ヒロインにはこれくらいきつく言わないといけないのだ。


「フォルレット様……!わざときびしい言い方なさって」


ダメだ。何を言ってもダメだ。

私は家令に目配せをする。


(お願い、お城からの迎えを呼んで)


(かしこまりました)


無言で頷く、40代のダンディな家令。頼りになるわ、この人。


マティアス様が帰ってくるまでに、エレノアを邸から追い出さなくちゃ。


「もう!早く食べて、さっさと帰って?迎えが来るから!」


「え?私、今日はお泊りするつもりで来たんですけれど」


「泊るな!」


私はエレノアの口にケーキを突っ込む。

食べるだけ食べたら満足するだろう。うちの料理人が作るケーキは絶品だから。


「むぐっ……おいしいです~。幸せです~」


「私は不幸のしっぽが見えてるわ、おかげさまでね!」


あぁ、神様。どうか私のマティアス様をお守りください……!





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