1-13 グラインド

 腕にナイフを突き刺され、のたうち回っていた柄シャツのオーナーはそのナイフを抜き、まだ僕に挑もうとしてくれるようだった。


「こ、このガキがぁ! 俺の店も滅茶苦茶にしやがってもう許さねぇ! 今ここでぶっ殺す!」


 そう言ってナイフを向けて突撃してきた。

 慌てることはない。姉さんが言ってくれた「絶対に負けない」という言葉の意味が少しわかってきた。

 今いるこの空間が、あの部屋だと思えばいいんだ。あの時、ティーカップのソーサーを動かしたように、僕は物体を自在に動かせる。


 今はここが、クアルトなんだ。


 柄シャツ男の後方にあった設備、箱型に近い形状をした物を飛ばす。それが男の後頭部を殴る。ぐはぁ、と呻き、男は倒れる。


「な、なんだぁ!? ど、どうなってやがるんだ?」


 まだ状況を飲み込めていないようだった。先ほど飛ばした設備を倒れた男の上に浮かす。男の顔が絶望に歪む。


「や、やめてくれ。許してくれ」


「駄目だ。もう遅い」


 僕はそう言って男の腹の上に箱型の設備を落とした。死んではいないだろう。たぶん。


「なんてことなの? まさか、それがあなたのグラインドなの?」


 離れた所で呆然と眺めていた金髪の女が呟いた。グラインド? 何なのだろうそれは一体。


「その様子じゃまだ能力に目覚めて間もないの? それでそこまで使いこなしているの?」


 金髪女は一歩ずつ警戒しながらこちらに近寄ってくる。堂島どうじまさんが少し離れた所で何人もの男達を相手にしながら、片っ端から倒していっているのが見える。


「いいわ、教えてあげる。特殊異常能力グラインド。Genesis《起源》、Ruin《破壊》、Inevitable《不可避》、Nucleus《核》、Domination《支配》。それらの頭文字をとってGRINDよ。私の力もそう。ありとあらゆる物質を刃に変える『ディキャピテーション』。能力名でもあると同時に私のコードネームでもあるわ」


 金髪女――デイキャピテーションはこちらを睨みつけながらも淡々と説明した。やはり外国人だから英単語の発音がネイティブだ。なるほど、その力であんなにも自在に切り裂いていたわけか。

 僕がこうしてそのグラインドと呼ばれる能力に目覚めた今、あの女を倒せるかと問われると、それは難しいのではないだろうか。まだこの力を使いこなせるかわからない。


「グラインドを野放しにしておくと混乱を招く恐れがあるのよ。だから私たちの組織は、グラインド能力者――グラインダーを見つけ次第、保護し引き入れる事にしてるわ。あなたほどの能力者なら手厚く歓迎するわよ?」


 ディキャピテーションはそう言ったが、顔に浮かべた笑顔は氷のように冷え切っている。冗談じゃない。こんな非人道的組織に入ってたまるか。加入させられたとこで、実験台にさせられる可能性も大いに有り得る。


「お断りだ。僕は、あなたたちの言いなりにならない」


 僕がそう言うと、女は歪むように笑みを作った。


「あらぁ、残念。勧誘に断った場合は、即刻その能力者を抹殺する決まりとなっているわ」


 警戒心は解いていなかったが、さらにそれを強める。一颯いぶきさんを守るように手を広げる。

 ディキャピテーションは近場にあった鉄の棒を持ち襲い掛かってきた。鉄の棒はすぐに鋭利な刃物へと化す。もはやそれは刀と同然だ。


 僕も近場にあったキャビネットのようなものを動かし、女の刃を受け止める。と同時に、先ほど柄シャツ男を潰した設備を動かし、それをディキャピテーションの横側から投げつける。

 しかし、相手はそれにもすぐに反応し、もう片方の手に嵌めていた指輪から刃を出し受け止めた。

 予測の範疇はんちゅう内ではあるから大丈夫だ。この隙に一颯さんと共に奴との距離をあける。ディキャピテーションの能力は近距離有利であるのに対し、僕の能力は遠距離向きだろう。そのため、ある程度距離を保つことが必要だ。

 続け様に、近場にあった設備を2つほど能力でもぎ取る。人間よりも大きいサイズだ。それらをディキャピテーションに向けて飛ばす。これだけでも奴を足止めできる。


「一颯さん、大丈夫ですか? 動けますか?」


「はい、私は大丈夫です。弖寅衣てとらいくんが一緒にいてくれれば、がんばれちゃいます!」


 あれだけショッキングな光景を目の当たりにしていて、こんなに元気な彼女を僕は尊敬する。


「想! 大丈夫か? なんだなんだ? 何がどうなってんだ?」


 堂島さんが近付いてこちらの安否を確認してくれた。先ほどまで10人以上いた男たちはみな気絶していたり、蹲っている。


「ちょっと説明するのは難しいんだけど、とりあえず物を動かせるようになったんです。ドドさんの方はだいぶ片付いたみたいですね」


 堂島さんは目を丸くしていたが、すぐに納得したらしい。


「はははっ、そうか! よくわかんねぇがすげぇな! あぁ、だいぶ片付いたが、騒ぎを聞きつけたのかどんどん集まってきやがる。とりあえずここは逃げた方がいいな」


 僕も同意見だ。そして、それを見計らったかのようなタイミングで、僕が投げ飛ばした設備を切り裂いてディキャピテーションが姿を現した。


「僕らが来た方から敵が来てますし、出口はあっちの方向で間違いないはずです。蹴散らしながら行きましょう」


 ディキャピテーションが近づく前に進路を確保しなくてはならない。3人で慎重に走り出す。

 堂島さんは準備運動をすませたからか、驚くべきスピードで1人、2人と拳で倒していき、その倒した人間を敵が密集している地帯に投げ飛ばす。


「おい、でけぇの! いつまでも好き勝手できると思うなよ!」


 声がしたので見るとあの帽子をかぶったダメージジーンズの男がいた。手には鉄の棒を持っていた。


「てめぇ、誰に口きいてんだよ? あぁ? くそオヤジが! そんな棒っきれ持ったとこで俺に勝てると思ってんのか?」


 堂島さんはキレていた。男に向かって突進すると、男が振り下ろした棒を片腕で受け止める。すごい目で睨みつけている。

 そして、もう片方の拳で男を殴り、すぐに男の腕を掴み背負い投げする。強烈な音を床に響かせて男は気絶した。


 僕はその男が使った鉄棒を能力で操り、手当たり次第に敵を殴り倒す。一颯さんに近づこうとする影があったが、すぐに一颯さんとの間に入り、腹に一発、顎に一発と拳を叩き込み、近場にあった台車を能力によって突進させた。

 この能力があれば一颯さんを守りながらでも充分に戦える。堂島さんも、先刻のクラブの時より遥かに動きが増して、あっという間に敵の数を減らしている。


「あらあらぁ、私のことをお忘れかしら?」


 まずい。ディキャピテーションが近付いていた。しかも、奴は、ハンドガンを手にしている。まさか……これは、まずい。


「ドドさん! 一颯さんを頼みます!」


 僕はそう言って一颯さんを少し離れた堂島さんの所に行かせた。堂島さんがいる方にはこの棟からの出口があるはずだ。


「させないわよ! あなた達は、3人とも、殺すわ!」


 そう言ってディキャピテーションはハンドガンを3発立て続けに撃った。

 やはり……弾丸は本来よりも大きくなり、ディキャピテーションの能力によってそれは飛ぶ刃と化した。先ほどまで僕は、奴の能力は接近戦向きだと分析していたが、それを補う攻撃がこれか。


 辛うじて予測ができていたため、周囲に点在する設備機器を手当たり次第落とし、バリケードを作る。刃の銃弾はそれらを切り裂きながら破壊した。それでも大量の数の機器を山積みにして通路を塞いだため、なんとか食い止める事ができた。

 結果として、堂島さんと一颯さんとは離れてしまったが、致し方ない。


「ドドさーん、一颯さんを連れて出口に向かってくださーい! 僕もなんとかして脱出するので!」


「わかった! まかせろー! 気をつけろよー」


 と、機器を積み上げた山の向こうから堂島さんの声が聞こえた。よし、こちら側から出れる場所を探すか。と、設備に囲まれた狭い通路を進んでいたが、


「逃がすわけないでしょ?」


 僕が進もうとしていた方向の脇から、設備の壁を切り裂いてディキャピテーションが現れた。いつの間にか先回りされていた。地の利があちらにあるのは不利だ。


「一颯さんたちを逃がすことができれば僕は充分だ」


 ディキャピテーションの狙いは、能力者である僕の方が優先であっただろうから、こちらに誘導することには上手くいったようだ。


「あなたみたいな甘ったれた考えのボウヤも大嫌いなの。反吐へどが出るわ」


 そう言って金髪の女は銃を構えた。引き金を引くその瞬間、僕はしゃがみ、設備の下にあった箱を取り出す。先ほどちらっと確認したが、中には大量のネジが入っていた。それをディキャピテーションに向けてばら撒く。

 驚いたディキャピテーションは拳銃の照準がぶれたせいか、上に向けて発砲してしまう。僕は無数にばら撒かれたネジを一斉に奴に向けて能力で飛ばす。


「くっ……な、なにっ!?」


 思わず女は目を閉じた。その隙に僕は床を思い切り蹴り、飛び出す。女の腹部を目掛けて飛び蹴りを放つ。女の口からうめき声が漏れ、ディキャピテーションはその場に蹲った。

 よし、今のうちに。女の脇を通り抜ける。そして、ディキャピテーションの左右にある全ての設備を女に向けて落とす。通路を塞ぐ程の壁ができた。この程度では倒れはしないだろうが、足止めはできる。


 僕は走り出した。あの女がいつ起き上がって追ってくるかもわからないので、周りの設備をできるだけ倒していく。

 通路を進むとようやく壁際に出た。少し離れた所にドアが見える。あそこから外に出れるかもしれない。まだ追ってくる気配はないが急ごう。


 扉を開けると、外の景色が見えた。と言っても他の工場の建物が見えるだけだ。しかし、地上からはだいぶ離れている。5階くらいの高さだろうか。いつの間にか上階に上がっていたのか。本当にここは迷路だ。

 外壁に沿って足場が続いているのでそこを進むしかない。外壁には大小様々なパイプが張り巡らされ、その外観はまさに要塞のようだった。

 ――――っ!

 背後に気配を感じた次の瞬間、ドンッという音が響いた。


「いっ……!」


 声にならない呻きが漏れた。咄嗟の判断で動いたおかげか、直撃こそしてないが、腕から血が出ていた。手すりにもたれかかり、後方を見るとディキャピテーションが拳銃を構えていた。また冷笑を浮かべている。


「こんなとこまで逃げていたとはね。まるで鬼ごっこが好きなお子ちゃまね」


 まずい。この狭い通路では状況は圧倒的に不利だ。だが、あれだ。


「くっ! また小賢しい手をっ!」


 奴の上方にあった照明を落とした。僕は出血した腕を押さえながら歩く。掠った程度のはずだが、すごく痛い。熱い。血は止まらない。

 再びディキャピテーションが追いついて来ている。そして、今度は拳銃を構えていない。


 まさか……! 僕のすぐ横にあった、手すりから刃が伸びてきた。反応速度を鍛えたためか、なんとかしゃがんで回避できた。しかし、第二の刃が反対側の壁から伸びてくる。道はもう下にしかない。

 手すりの隙間から僕は下に飛び降りた。ちょうどそこに隣の建物へと続く大きなパイプがあったからだ。足場は悪いが、決して立てない程ではない。


「あははは! 滑稽こっけいね! どんどん追い込まれてるわよ?」


 確かに、ディキャピテーションの言う通りだ。ここから奴の攻撃を回避しながら、10m程離れた隣の建物までいけるか? 堂島さん達とも離れ、僕は一人だ。心細くない訳ではない。

 でも、一人だが、独りじゃない。姉さんと前髪さんがあのクアルトから僕を見守ってくれている。それだけで、まだ僕が立ち上がる理由には充分だった。

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