とことこと馬車は進む

 ヤロヨーズ向けの馬車に揺られる事三日、ゆっくりと馬車は進んでいた。俺が記憶している道程とは少し異なり、二つ程余計に町に立ち寄るからその分日数が掛かるが急ぐ旅ではないから構わず乗った。

 町の中等近距離を走る二輪馬車形式の辻馬車と異なり、乗っているのは四頭立ての幌馬車だ。それが三台連なって進んでいる。

 長距離の移動とあって、護衛に雇われた冒険者も五人ついていた。年は多分ポール達よりもだいぶ若そうで、まだ冒険者証についている星の数も多そうだった。


「あんたは冒険者なんだろ」

「え。ああ、一応な」


 馬車の座席は初日に座った位置で決まる。途中で乗り降りする人がいれば別だがそうでなければそのままだ。

 寝起きも馬車の中で行なうから、ぎゅうぎゅう詰めにはならない。比較的余裕のある馬車の中で隣に座った老人は気さくに声を掛けてきた。


「わしは次の町で降りるんだ。孫の嫁ぎ先なんだよ。ひ孫が生まれてね。これはお祝いさ」


 馬車に乗った時からずっと大事そうに抱えている荷物、孫に会いに行くと聞くのは三度目だけれど俺は黙って頷いた。

 もうその話は聞いたと話しの腰を折るよりも、嬉しそうな老人の顔を見ている方が良かった。


「あんたは依頼か何かかい」

「いや、俺は父親の墓参りだ。立て続けに依頼を受けていたから少しだけ休もうかと思ってね」


 再び会うかどうか分らない相手に自分の状況を正直に話す必要はない。俺は一応の目的だけを告げ適当に話しを濁していた。


「墓参りか。それは親孝行だな、おやじさんも喜ぶだろう」

「そうだといいが」

「こんなに立派になった息子に顔を見せられたら、そりゃ喜ぶさ。あんたは強そうだ。立派な冒険者なんだろう」


 人の良さそうな老人は、俺の等級も知らずにそう言って笑う。

 立派かどうかは分らない。いいや、上級を目指すのを諦め、仲間と別れて一人旅する俺は立派でも何でも無いだろう。

 父親が生きていて今の俺を見たらなんて言うだろうか、想像もつかない。


「立派じゃないさ」


 俺の等級は三星。冒険者は十段階、見習いに毛が生えたのが十星。星の数が減る毎に位が上がる。十から六までが下級、五から三までが中級、二と一が上級と通常は呼ばれる。

 ポールと出会った時、俺は四星であいつらは七星になったばかりだった。

 数年で俺はポールに追いつかれ、そして後一年以内にはきっと抜かれていた。

 三十になり体が衰え始めた俺と、働き盛りのポール達とは年齢的な差がある。

 経験とか、そういうので今はなんとかなってもそれでも今が限界だった。


「そうかい。あんたの体つきを見ていると頼りがいがある様に見えるよ。どんな魔物も倒しそうだ」

「期待に添えられるかどうかは分らないが、長年冒険者で食ってるんだ、それなりには戦えるつもりだ」


 無意識に腰の剣に手をやりながら話していた。

 どんな場所でも、町の外で油断はしない。

 牛や羊が放牧されていそうな長閑な場所でも、魔物が現れる時はあるし盗賊だって出る。

 高い塀に囲まれた町中なら兎も角、なんの守りもない場を馬車は進むのだから油断していたら命は幾らあっても足りない。


「そりゃ頼もしい」

「まあ、この辺りはそう魔物が多いわけじゃない。護衛もいるんだ、じいさんはのんびりと乗ってたらいいさ」


 ひ孫というからには、相当な年なんだろう。

 一人で旅をする気力と体力はあっても、年寄りは年寄りだ。

 自分の身の安全だけを守りながら、のんびりと馬車の旅をしていればいい。


「あんたがそう言うなら、安心して乗っていられるな。ばあさんは足が悪いから一人で会いに行くことにしたんだが、やっぱり不安でね」

「そうか。じゃあ、ひ孫に会った話を家に帰ったら沢山してやらないとな」

「そうさな。ばあさんもそれだけを楽しみにしてるんだよ。嫁いだ孫はばあさん子でな」

 

 嬉しそうに話す老人に相槌を打ちながら、時間を潰していた時だった。


「オークだ、オークが出たぞっ」


 突然馬の鳴き声が聞こえ、馬車が大きく揺れた。


「なに、オークだって」

「嘘でしょ。この辺りにオークなんて」

「ご、護衛はどうした」


 馬車の中が急に慌ただしくなった刹那、座っている人の間をすり抜け御者台に向かう。


「どうした」

「オークです。向こうにオークが」


御者は暴れだした馬を宥めるのに必死で状況がつかめないが、辛うじて御者が叫んだ方向を見ると土煙の中にオークの巨体が見えた。


「確かにオークだ。護衛は先頭とどこにいる」

「先頭に二人、後ろにっ。うわ、お前達落ち着け、落ち着けっ」


 御者は必死に馬を宥めているが、動物は本能でオークの強さを察しているのだから落ち着ける筈がない。


「ここからは少し離れている。ここに馬車を停めて他の二台もこちらに呼ぶんだ」

「分った。あ、あんたは」


 御者台に座り、オークの動きを見ながら指図する。

 護衛達はまだ動く様子がない。オークがこの馬車に気がついて近付いてきているのは確実なのに、馬車を誘導するそぶりも無ければ討伐に向かう様子もない。

 星の数が多そうだと思っていたが、俺の予想よりも彼らは護衛の経験が少ないのかもしれない。


「オークは二体か。それなら護衛だけでも何とかなるだろうになんで動かないんだ? 馬車を守るので精一杯なのか?」


 あいつらが動かない理由が分からないが、馬車を護衛達が守っているなら、俺が遠慮無くオークを討てばいいだけだ。

 オーク二体程度、それくらいならなんとでもなる。


「速度を落としてくれ、俺が怪我しない程度にな」

「あんた何をする気だ」

「何をするって、決まってるだろ。黙ってオークに食われる気はない。なら討つだけだ」


 馬車の速度が少しだけ落ちたのを感じて、俺は飛び降りる準備をする。


「俺が走り出したら、他の馬車を呼ぶんだ。馬を落ち着かせて、でも様子はしっかり見てるんだ。いつでも逃げ出せる様に。大丈夫、全力で走らせれば逃げ切れるさ」


 例え逃げ切れても、それでは馬が持たない。

 馬は財産だ。馬車主にとって、気軽に買い換え出来るものじゃない。


「あ、オークはちゃんと討伐するから俺を置いていくなよ」


 ひょいと馬車から飛び降りて、そのまま土煙が立つ場所へと全力で走る。

 背後で御者の悲鳴の様な声が響き、それにつられた馬の鳴き声が高く響き渡る。


「思っていたよりも近いな。あれ、なんだ一応はこっちにも来てたんだな。俺が来たのは余計だったか?」


 馬車についていたのは、先頭を守っていた護衛だけだったらしい。

 オークの姿がはっきりと見える程まで近付くと、三人の冒険者がオークと戦っているのが見えた。


「うーん。あの三人で二体は無理だな。いや、三人で一体もギリギリって感じだ」


 オークに立ち向かう三人、剣士二人に魔術師一人は二体のオークの攻撃に右往左往して中々攻めに出られていなかった。


「お前達、右の奴に集中しろ。左は俺が討つ」


 護衛を受けている奴らがいるのだから、本当なら頼まれるまで手は出さない。

 俺は馬車の客で、あいつらは護衛だ。

 勝手に魔物を討伐してしまえば護衛の仕事を奪う事になる。


「え、助け。で、でも大丈夫なんですか」

「いいから、そっちに集中しろ」


 剣士の一人が放った声に、余計なお世話にはならなそうだと安心しつつ呆れた。

 オーク二体程度に苦戦するようじゃ、長距離の護衛はまだ無理だ。


「あ、ありがとうございまっ。うわっ」

「礼はいいから、集中しろ」


 馬車が離れているのは幸いだが、こいつら頼りなさ過ぎる。


「はいっ」


 返事だけはいい剣士を横目に暴れるオークを睨み付け、動きを見る。

 大型の雄のオークだった。この辺りではオークが出るのは珍しい筈だ。出てもゴブリンやスライム程度、だから低級の冒険者が護衛に付くことが多いのだ。


「はぐれかっ。運が悪かったな」


 俺が居なければ、馬車を襲って乗客を餌に出来ただろうが。生憎俺程度の冒険者でもオークにやられる程弱くない。


「ウギャーーーーッ!」


 大木を振り回しているのかと思う程の太い棍棒を振り回しながら、オークは俺目掛けて走ってくる。


「あいつら、大丈夫か」


 オークの棍棒を避け、懐近くに走り込みながら右手の様子を窺う。三人はオーク一体に大苦戦している様だった。早めにこちらを片付けて援護しないとマズいかもしれない。


「魔石は犠牲にするか」


 オークの魔石は人間でいうところの心臓の位置にある。

 魔石を砕けば、どんな魔物も簡単に息絶える。

 分っていても、簡単には魔石を砕けないしそもそも魔石は金になるから普通なら砕いたりしない。


「うわああっ」

「トールッ」


 オークの棍棒に打たれたのか、男の悲鳴が右手から聞こえてきた。こういうのは心臓に良くない。今まで一緒に戦ってきたのがポール達だったから、こんな冷や冷やする戦いは久し振りだった。


「魔石を無駄に、いややっぱり勿体ないな」


 これだけ大きなオークだ。魔石もそれなりだろう。

 オークは皮はたいした素材にならない。値が高いのは肉と魔石だ。なら、狙うのは首だ。


「ギャギャギャッ!」

「うるさいよ」


 狙いを左胸から首筋に変え、オークの背後に走り込むと飛び上がり首筋に剣を振り下ろす。


「ギャーーーッツ!!」


 あっけなく、オークは倒れた。

 オーク討伐なんて久し振りだったけれど、こんな簡単な魔物だったかなと首を傾げながら剣についた血を振り払い、苦戦している三人の方へ走った。


「怪我してるのか、ポーションは」

「持ってますけどっ」


 持っていても使う暇がない。そんな事は分っている。


「そいつを連れて離れてろ」

「でも。あ、もう一匹は」


 オークの攻撃を避けながら、三人は俺が倒したオークの姿を探す。


「そんな余裕ねえだろっ。いいから下がってろっ」


 馬車に乗って三日、殆ど話をした事がない相手だというのに怒鳴りつけるのもどうかと思いながらそれでもつい怒鳴ってしまう。


「動きを良く見ろ。あいつはそんなに早く動けない」


 怪我をした剣士を引き摺る様に魔術師がオークから離れたのを確認し、残った剣士に声を掛ける。


「え、早くないって早いですよっ」


 悲鳴の様な声、完全に脅えているのが分った。

 オークを前に萎縮して、腰が引けている。これじゃ駄目だ。


「怖がらず動きを見て、隙をついて動きを封じるんだ」


 説明してやる義理はない。

 俺はギルドの教官じゃないし、パーティの先輩でもなんでもない。

 だけど、つい言ってしまうのはあまりに拙い動きを見たせいだ。こんなのが続いたらこいつらすぐに死んじまう。


「オークの動きは大雑把だ。だから動きをよく見て攻撃を避けながら機会を待つんだ。ほら、隙が出来た。脇ががら空きだっ」


 オークが両手に持った棍棒を大きく振りあげた瞬間、右胸目掛けて剣を振る。


「左は魔石があるから、狙えるなら右だ」


 右胸に受けた衝撃に、オークはぐらりと巨体を揺らした後、それでも最後の抵抗とばかりに暴れ始める。


「皮は安いから気にするな。腕を落とせば攻撃力は弱まる」


 暴れるオークの右腕を、剣の勢いに任せて切りつけた後よろめいたオークの首を切りつける。


「これで完了だが、倒れても息がまだある場合があるから確認は必須だ」


 とはいえ、半分以上首を切られて生きていられるオークは稀だ。

 首を落として止めを刺すと、辺りは血の臭いが漂い始めた。


「す、凄い」

「呆けてないで、仲間の様子を見てこい」

「あ、はいっ」


 血の臭いで他の魔物が来る前に、オークの死骸はマジックバッグに収納する。

 護衛の契約では普通、討伐した魔物は冒険者の物になるが契約によっては馬車主に半分渡す場合もある。

 俺は雇われている訳じゃ無いし、止めは俺がしたとはいえあいつらも戦っていたから配分は戻って話した方がいい。


「魔力の余力はあるか」

「はい。あります」

「じゃあ、念の為、この辺りを焼いてくれ。出来るか」

「大丈夫です。聖なる火よ、魔物の汚れを焼き清め給え」


 詠唱は早くないし、発動も遅い。

 ささやかな火は、地面に広がったオークの血を焼いてすぐに消えた。


「怪我はどうだ」

「ポーションを飲ませましたけど、まだ」


 飲ませたのは下級の物なのだろう。

 下級のポーションは傷が癒えるまで時間が掛かるから仕方ない。


「歩けるか」

「大丈夫です。ありがとうございます。助かりました」


 三人が頭を下げる。

 若そうだと思ったが、若いというより幼い様に見える。


「間に合って良かったよ。馬車に戻ろう」

「はい」


 戦い方が拙いのは当然だ。

 よく見ると装備も安物ばかり、見習いからやっと卒業したばかりの程度の物しか身に付けていない。

 護衛についているのだから、大丈夫だろうなんて呑気に馬車にいなくて本当に良かった。


「傷は洗ったか」

「え、あの。ポーションは飲ませましたけど」

「……見せてみろ」


 安心したのもつかの間、傷の治療の仕方もまともに出来ていない様子に呆れながら、マジックバッグから水を取り出し傷口を洗う。


「魔物の獲物にも毒がついている場合がある。そうじゃなくても、戦ってついた傷だから土で汚れている場合が多い。余裕が無い場合は仕方ないがそうじゃないなら、まず水で洗う。それからポーションを振りかける。それをしないで飲んだのか?」

「大した傷じゃないし」

「大した傷じゃないって、あの傷の状態はオークに噛まれたんじゃないのか?」

「あ、はい」

「ちゃんとしないと、傷が塞がっても今晩腫れるし熱を出すぞ。護衛はヤロヨーズまでじゃないのか。熱を出したりしたら護衛料引かれても文句言えないぞ」


 こいつらを指導したのはどこのギルドの職員なんだ。

 頭が痛くなりながら、お節介だと思いつつ説教する。


「ポーションを持って無くて」

「は?」

「さっき飲んだのが唯一のポーションだったんです。貧乏で買えなくて」

「回復魔法が使えるというのじゃないんだな」

「こいつが使えるのは、火球の攻撃魔法と水の生活魔法だけです」


 貧乏で準備出来ないからって、ポーション一本でパーティで護衛仕事受けたのか。

 若さって無謀だ。

 呆れた返事に俺は、呆然と天を仰ぐしかなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る