第18話おっさんと奴隷オークション その2

 奴隷逃走騒動が落ち着き、いよいよネフィルのオークションの時間だ。


 オーメルさんの心理の魔法の施されたカードを返し、俺の人物判断は後ほど面談で行うとした。


 ネフィルの番が来る前に何人かの奴隷がステージに立たされ司会が紹介をしていく。

 無一文の俺には関係ない話であったが、先程ダークエルフの少女が貴族に買われ泣きながら去っていったのは、心が萎えた。


 オーメルさんによると、犯罪奴隷ではないが希少種で一般の市場に出せるものではないらしい。


 エルフ族自体が奴隷制度に抵抗がある者が多いらしく、取引先も限られている。


 オーメルさんに自身も競り落としたかったが、爺さんのおつかいの重要性の方が高く、予算的にも厳しいものがあったそうだ。


 夢のダークエルフ……ご主人様にいっぱい愛されて帰ってくるんだよ。


 「続きましては、半妖精族のネフィルさんのご紹介です」


 「遂にきましたね」

 「ああ、ドキドキするぜ…大丈夫かな」


 オーメルさん手には汗の跡があり、この競りの重要性がわかる。


 「こちらのネフィルさんは、先日のエルフ襲撃事件の魔力抑制魔法………」


 司会の紹介が落ち着くと、別の職員がネフィルちゃんの首輪を引っ張りながら、ステージ中央に案内してきた。


 薄着の奴隷服…薄汚いワンピースは、彼女の童顔も相まって、非道徳的感情を煽ってくるには十分だった。

 彼女の容姿や才能……の紹介が進むにつれて、国の研究機関だけでなく一(いち)貴族の個人的所有欲も高めていく事になる。


 「ネフィルさんは性奴隷としてはまだ利用出来ませんが、確認致しました所、まだ処女である事がわかりました」

 「なら証拠を見せろ!」


 会場の参加者からヤジが飛ぶ。

 腹にたっぷり脂が乗り、服や体には大量の宝石を身につけた貴族であった。

 先程ダークエルフを買った貴族とは別の意味で貴族らしい雰囲気である。


 「そでは…ネフィルさん、先程のようにお願いします」

 「……わかり…ました……ぐすん」


 ネフィルは泣きながら、自分のスカート部分をめくりあげる。


 清潔感のある下着と綺麗なお腹が見える。


 「下着は取れぬのか?」

 「申し訳ありません、法律上これ以上の露出は禁止されており」

 「わかった」


 欲望に塗れた貴族は納得するしかない。


 顔を赤くし泣き出しそうな顔もまた男どもに購買意欲を高めるものでしかなかった。


 こんな行為に意味があるとは思えない。

 オークション側が少しでも高く売りたいがための演出である。


 ごめんよ、ネフィル……こんな辱めを受けさせるなんて。

 もし誤って違う誰かが競り落としたら、俺がその者を殺してでも救い出してやる。

 

 「それでは競りを始めましょう……まずは金換券100枚から!」


 金換券1枚で10万円、銀換券1枚で1万円、銅換券1枚で千円程度である事を、オークションが始まる前に調べておいた。

 こっちの世界でも一定の需要があるものを基準に考えたのだ。

 この世界で需要と供給が釣り合っているもので、元の世界の価値で1万円するものと類似価格のものを取り上げて、換券がどれ程の価値があるのかを考えて導き出したのだ。


 「150!」「200!」「220!」


 どんどん上がっていく値段。

 俺が爺さんから約束されたのは金換券500枚。オーメルさんの出資可能額が金換券2500枚。計金換券3000枚

 約3〜4億円近くなる。俺たちが見出せる彼女の価値の上限値だ。


 この額を超えたら、俺は世界の悪党にならなければならない。


 元の世界で、スポーツ選手の年棒契約が何十億ってのは耳にするが、本来人件費に数億出すというのは個人もとい企業からしても大きな決断だ。


 この世界の貴重な奴隷の相場は金換券2000枚……どんなに高くても金換券3000枚は超えないそうだ。


 「350!」「375!」「450」


 「大丈夫なのか?もうすでに爺さんの予算額に近づいてきたけど」

 「犯罪奴隷は、他の奴隷と違って国が認めた能力の高さがあり、値段も通常の数倍になります」

 「まじかよ……」


 さっきの希少種のダークエルフは、一般奴隷として金換券700枚の価値が付いてたぞ……その数倍か


 「しかし、凶悪犯としての付加価値もありますので、極端に高くなる事はありません」


 「550!」「710」「1000!」


 「おいおい…ダークエルフ超えちまったよ…少し高めの値段言って牽制した方がいいんじゃないか?」」


 このロリコンどもめ。


 「それはなりません。オークションとは、主催側と客側の相互作用で成り立っています。端の方に何もしていない客がいるでしょう」


 確かに、オークションが始まって声を上げる事がしても、競り自体には参加していない。


 「あの方々は、後日開かれるオークションに参加する者たちなのです。オークションに参加する個人競り主は娯楽に近い感覚で参加する人もいます」

 「つまり、少しずつ値を上げて盛り上げる必要があると」

 「はい、突然極端な値段を言って場の雰囲気を崩すのはご法度です」


 社会的弱者は、こいつらにとって娯楽の一部でしかないのか……俺もその参加者の1人だ、文句を言うつもりは無い。


 「しかし、常識のない者もいます」


 オーメルさんが横目に見たのは、先程ネフィルの膜の確認を要求した貴族だ。

 心理の魔法が使えるオーメルさんじゃなくても、この貴族がイラついているのはわかる。


 おそらく、先程の紹介で気に入ったのだろう。

 手混ぜが止まらないでいた。


 「ただ今金換券1500枚が出ました!この様な額は滅多に現れません!しかし、ネフィルさんの才能はこれからの魔法工業においては、数十倍の功績を上げる可能性も大いにあります。研究機関、企業の方々…他に出資者はいませんか?」


 司会は、値上げを煽りに煽る。

 その後、数人が値段を言っている。おそらく、国の唾のかかった機関の者だろう。


 「もうそろそろ終わりにしましょう…オオミヤ様お願いします」

 「はい……2500……」


 俺は一つ前の人物があげた額より金換券500枚程高い額を言おうとした……しかし、世の中は上手くいかないものだ。



 「ええい!まどろっこいしい……

  俺は金換券2万枚だ!」


 

 は?何を言ってるんだ、この貴族ぶたは?


 会場全体が静まり沈黙がつづく。

 司会の方もまさかの額に焦りが隠せていない。

 いつも静かなオーメルさんですら、顔を手で隠している。


 「相場上限値…4億円の世界で、20億円だぞ…ふざけんな…」

 「なんだ、平民?貴族である俺に文句があるのか?」

 「……」


 勢いで日本円で言ってしまった。


 くそ……なんて事だ。

 ステージ中央のネフィルは俺の方を見て、今でも泣き出しそうな顔をしている。

 

 「そんな額ありかよ…」

 「おそらく、国の機関と共同出資を行なっているのでしょう。でなければこの額は…完全に私のミスです」


 今用意できる額が金換券3000枚であり、予備の費用も金換券1500枚があった……しかし、この額は…


 「仕方ありません……ネフィルさんには申し訳ありませんが、この手を使いましょう」

 「何かあるのか……?」

 「ええ……一緒にオーメル商会の恥さらしになってくだいさいますか?」

 「…?…わかった」


 そう言うとオーメルはその場に立ち上がり、ネフィルを指差した。


 「司会者様、一つクレームを受けてくださいませんか?」

 「おお…これはオーメル商会のオーメル様ではありませんか!どうぞ」


 オーメルさんを見た貴族は顔をしかめる。


 「情報によりますと、その半妖精族の娘は反社会的研究をしているとの事」

 「はい……それを含めて犯罪奴隷にしていされております」


 おそらく、その情報もオークション側と客側は理解している。

 しかし、彼女の粗探しをして貴族の購買意欲を落とす気だ。付け値の変更は一度だけ許される。

 本当ならこんなクレームは場の雰囲気を壊す、絶対的なタブーだ。


 ありがとうよオーメルさん。一緒に泥を被ってくれて。


 「それに、彼女は言理の契約を結んでいるそうですな」

 「そ、それは……」


 「は?なんだって……」「そんな話聞いてないぞ!」「なぜ、最初にその条件を言わなかったんだ」「言理の契約は、神秘の契約だ!」「それを汚すなど黒髪の人種達と同義!」


 おい、さり気なく黒髪をディスるなよ。


 おそらく、言理の契約ってこの世界だと、深層倫理感に触れる事なのだろう。

 ある宗教の聖地を破壊するとかそんなレベル。

 さっきまで偉そうだった貴族の顔も怒りで真っ赤だ。


 「オーメル殿、このような場を乱す行為はやめて頂きたい!」


 貴族も吠える。

 おそらく、ちっぽけな倫理感と欲望が拮抗しているんだろうな。


 「司会よ……その奴隷の服を脱がしてみろ!」

 「は…はひぃ!」


 司会者は泡吹いて倒れそうだ。

 奥から出てきた女性職員がネフィルちゃんの脱衣を手伝い、生まれたままの姿にする。

 胸と股を隠し、目には光が灯っていなかった。


 「奴隷の娘、魔力を込めて契約の証を示してみよ!」

 「……うぅ…」

 「早くせよ!」


 貴族は苛立ちをネフィルにぶつける。

 それに従うネフィルちゃんは、叫びはしないものの、涙や鼻水で顔が濡れていた。


 そして、魔力を込めた体……下着で隠れている箇所は見えないが、鼠蹊部から胸のあたりが光始め、規則的な線を描いていく。


 その模様は、芸術的で神秘的なものだった。


 「……素晴らしい…これが言理の契約の証…」


 「なんと美しい」「まさか生きているうちに言理の契約を見れるとは」「我にもっと財力があれば」「ああ、芸術だ……」


 貴族を筆頭に会場中の人物が、彼女の体に描かれた模様に見惚れていた。


 だが、オーメルさんの表情は決して変わることはない。


 「先程、彼女は処女であると申しましたね?」

 「はい……彼女の証言で男性経験・・・・は無いと言質を取りました」

 「なら、なぜ服従の印も入っているのでしょうか?」


 その発言に司会者の足がおぼつかなくなってくる。


 「ふ、服従の印が入っていても……処女が失われたとは言い切れません。中には貞操を守るための戒めに使う場合もあるかと」


 司会者の推理は正しい。

 だって、ネフィルちゃんに服従されてる俺ってまだ彼女と交わってないし。


 ネフィルちゃん、愛が重すぎるよ。


 「ポーク子爵様、ご安心ください。我ら奴隷オークション会は決して競り主を裏切る事はありません」


 この貴族、本当に豚だったんだ。


 「服従の証を示した女を寝取るのは確かに、良い事だな。それに処女とあれば……ブヒッ」


 あれ?逆に購買欲を煽ってない?

 状況が悪化し……そうか、試されているんだ。


 彼女に対する想いを。


 20億円を超える何かがあるのかを。


 つづく

 

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