第16話ジジイのお使い

 「喉は潤ったかの?」

 「お陰さまで」


 この水は、体内への吸収率が高いのか全体に潤いが回る。


 「他に要求が無ければ、儂の頼みを聞いてくれんかの?」

 「なんだ?俺に出来ることなのか…」


 実質的な異世界生活はまだ、一週間程度しか経ってない俺に何が出来るのだろうか。


 「お使いを頼まれて欲しいのじゃ。買い物ぐらい出来るじゃろ」

 「なんだ、20代限定のタイムセールでもあるのか?」

 「タイムセール?なんじゃそれは?」

 「気にしないでくれ」


 この世界にタイムセールの言葉なんてない。

 これから先、言語の壁が立ち塞がるのだろう。


 この世界…この国の文字は読めないのに、話す事は出来る。

 神が俺に生きる術を与えてくれたのだろう。


 もっと良いもの無かったんですかね?


 俺たちは理性ある動物だ。

 言語なんて、生きるのに必死になれば喋れる様になる。


 一撃必殺魔法とか、数値が見えるステータスウィンドウとかそんなのがあると楽ではあるな。


 だが、現実の世界にステータスウィンドウなどあるはずがない。


 自分の得たものは、見ない先で現れるから価値があるのだ。

 そんなチートを持っていても、生き残れはするが、守る事は出来ない。


 「何を買えばいいんだ?」


 爺さんは言葉を選ぶようにゆっくり口を開く。


 「奴隷を一人買ってきて欲しい」


 きた!きました、奴隷購入イベント。

 これで新たなヒロインとの出会いが生まれる。

 ダークエルフだよな。

 全身むちむちの性奴隷……


 「やっぱり、この国には奴隷制度があるのか」

 「正確には犯罪奴隷を買ってきて欲しいのじゃ」

 「犯罪奴隷……普通の奴隷とは違うのか?奴隷に違いがあるとは思えないんだが」


 結局、差別化しても奴隷は奴隷だ。

 過去の経歴の有無に関係なく、主人の所有物でしかない。


 「先の市民革命以降、人権概念が生まれて奴隷にもある程度の権利が与えられたのじゃ。それを一般的に奴隷と呼ぶ」

 「犯罪奴隷は、過去の奴隷的待遇を指す刑罰って事か」

 「ほとんど正解じゃ。しかし、大きく違うところもある。犯罪奴隷は、殺人や放火、テロなどの凶悪班の中でも有力な能力を持つものが受ける罰じゃ。扱いは前時代的なものじゃな」


 つまり、犯罪奴隷が俺の思う奴隷に一番近いって事か。


 テロ……もしかして


 「その犯罪奴隷ってまさか、ネフィルじゃないか?」

 「うむ…騙されたと言っても、やつの罪の重さは消えぬ」

 「許される訳ないよな」


 彼女の命じゃ足りない程の命が奪われたのだ。


 「先週の裁判でテロ行為として死刑が決まった。じゃが、国は死んだ事にしようとしていたので」


 死んだ事にしようとした?


 「儂が干渉して刑罰を変えたのじゃ。犯罪奴隷はこの国で二番目に重い刑じゃ」


 流石、生きる伝説。

 司法権さえも動かしてしまうとは。


 死んだ事にすれば、彼女は国のおもちゃだ。

 国の兵力を抑制出来る程の魔法陣を一人で作ったんだ、軍事利用しない手はない。

 だから、見かけだけの死刑を国は求めた。


 国民は悪党を認めない。

 彼女から才能だけを採取出来ればそれで良い。


 「国は、その才能を利用したい訳か。だが、犯罪奴隷にしたところで、彼女の所有権は国が持っているんじゃないのか?」


 すでに有罪判決を受けて、人権の制約を受けているはずである。


 「この国では、国家は奴隷を従える事が出来ない。犯罪奴隷の所有権はオークションで決める事になっておるからの」


 人権言ってる世界で国家が奴隷従えてたらまずいよな。

 でも、そのオークションって出来レースだろう。


 それを変える事が出来る程の爺さんか。

 国は頭が痛いだろうな。


 「お前さんも研究者として彼女の才能が欲しいって訳か」

 「それもあるが、彼女が秘密裏にしていた研究がの……お主ら黒髪の種族の研究をしておったのじゃ。儂はその研究に興味を持っておる」


 黒髪の種族。

 あの貴族エルフが悪魔なんて呼称したものだ。

 この世界の黒髪に対する偏見や差別は、直に感じてきた。


 「国にとっては不利益な事だろうな。そりゃ死んだ事にして、都合よく扱いたい訳だ」


 国は国民思想を扱い易い方に傾けたがる。

 異分子は排除し、国民には都合のいい思想を植え付ける。


 オークションは金さえ積めば、所有権を誰が手にするかわからない。

 国の不都合な買い手に当たったら困るから、国の唾のついた機関に出資するはずだ。

 彼女のにかける額はどれほどの物だろうか?


 いくら伝説のジジイだからって、抵抗するだけの額が準備出来るのだろうか?


 「しかし、なんで俺なんだ?お前さんの方が良いだろう」

 「儂は立場上、参加もできんし、奴隷を従わせる気はない」


 そんな事言ってましたね。


 「オークションで競り落とすのは、信頼のおける奴隷商のオーメルじゃ。そして、買い取るのはお主で頼む」

 「俺は一文無しだぜ?」

 「金は儂とオーメルが出す。それにネフィル自身もお主を主人に選んだのじゃ」


 ご指名ありがとうございます。

 

 「俺とあの子にそこまでの繋がりは無いんだけどな。なんでそこまで信頼を置くかね」


 爺さんの人脈ならもっと良い人がいるだろう。

 こんな醤油顔になんの価値がある。


 「お主は半妖精族の彼女と言理の契約を結んだのじゃろう?」


 え?なにそれ初めて聞いた……あれか、解体室で初めて会話した時の契約か。


 事件が終わったら、ヒモになるぐらいの考え方だったのに……


 テンション任せて『全てよこせ』なんて言わなきゃ良かった。


 「彼女の腹には服従の証が刻まれておったからに、相当な信頼を寄せていたのがわかる」


 重いよネフィルちゃん!

 ワタルさん、胃もたれ起こして死んじゃうよ。


 内なる小さな自分よ、どうか治ってくれ。


 「良いのかよ。俺も男だよ?奴隷の美少女なんて……こんなモミモミしちゃうよ?」

 「お主がどの様な扱いをしようと知った事か。出来るもんならやってみい」

 「言ったね!本当にやっちゃうよ。犯しちゃうよ」

 「ふん……」


 爺さんの無表情さがどこか怖い。

 見下してるのか、本当になにも感じていないのか。


 「オーメルの審査を通ればどんな者でも構わん。お主ならきっと通るじゃろ」

 「競り落とせば、一発オッケーじゃないの?」

 「仏のオーメルに気に入られなければ、国王でもオーメル商会から奴隷は買えん。奴は人の質を見ている」


 仏が人身売買してんじゃないよ。

 

 だが、それだけ俺は爺さんに認められておるのか。


 「オーメルに嘘はつくな。心理の魔法でばれる」

 「俺に魔法が通用すんのかよ」

 「お主は魔力が無いだけで、絶対的に魔法と無縁と言うわけではない。思想に反応する心理の魔法なら、魔力がないお主でも通用する」


 魔力のない俺に魔法が通用しないわけではない。

 俺の唯一の弱点であり、強みはすぐに消え去った。

 

 神は本当にドSだ。


 「俺、前の国で殺しやってたのに大丈夫かよ」

 「知らぬ。あとはお主次第じゃ」

 

 あの子を守ると決めたのだ。

 やるしかない。


 ネフィルちゃんの膜は俺の手にかかっている。


 多分処女だよね、あの子……?


 つづく

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