第9話盗賊のリーダーの部屋

 盗賊のリーダーの部屋は四坪程度の大きさで、会社の執務室のようなものだ。執務用の机に家具や姿鏡、盗んできた財宝が飾られている。


「それでお前さん達は何者なんだ?敵か、味方か?」


 遠回しに聞いても時間の無駄であるから、直接聞いた方が早い。この世界に来たばかりの俺にとっては、敵も味方も判別しずらい状況だ。


「なら、そっちが先に名乗りなさい」


口の悪い女が率先して吠えてきた。



「俺は大宮渉。こっちの小さいのは、シエール王国の学生のネフィル……魔力抑制魔法を作った張本人らしい」

 「ほ~、お主がこの規模の魔法を作ったのか」

 「こんな小さい子が!嘘でしょ……私はもっとジジイで偉そうな魔術師が作ったものかと思っていたわ」

 「これでも十七歳です。……魔法陣は一部改変されていますが、ワタルさんの説明であっています」



話題の先を向けられ、首を小さく縦に振るネフィルは罪悪感からなのか表情が優れない。


「半妖精族と言っても、若いのに大したものじゃ……この子で間違いなさそうじゃな」


老人の発言に相槌を打つように口が悪い女も納得する顔であった。


「儂はシュエール族の準二級冒険者の魔道士カールイ。こっちの口の悪い女は、ハイエルフ族の五級冒険者のミルヒルじゃ」

「……来月には四級になるわ」


 こっちの世界では、自己紹介の時に自分の種族を言う決まりがあるのか?



 共通の挨拶ができないのは不信感を煽るかもしれないが、今取り繕っても逆に不自然だ。

 聞かれたら言うとしよう。………俺の種族ってなんだろうか?人間………モンゴリアン?



「シエール王国から要請があって、この魔力抑制魔法の解除と捕虜の救出のために参上した次第じゃよ」


 そう言って老人とエルフはローブのフードを払い、顔を露わにする。

 カールイの顔は年相応のシワが見られるが、動作と声質に若々しさを感じる。

 目の光が全く見えないのは怖いが。


 一方、ミルヒルは先ほどのエルフ兄妹と同じように耳が尖っているが、髪はいくらか白色に近い黄色である。


 エルフとハイエルフは魔力量とかで判別されるのだろうか?

 外見の違いは正直わからない。

 やっぱり、エルフは美形しかいないのだろうか。

 これで口が良ければ申し分ない。美女なのに勿体ない。


 潜入目的であるため、格好は意外と地味だ。

 冒険者と言うのだから、剣士や魔法使い、僧侶と言った目立った格好を期待していたが、現実は違うのだろうか?


 依頼によって格好を変えるのは当たり前か。


「そのお顔………やっぱり、魔道士カールイ様ですよね⁉」


爺さんの顔を見て唯一驚いていたのはネフィルだ。


「先も申したじゃろ………それと『様』はやめろ。儂もお主と同じ平民じゃ」

「すいません………以後気をつけましゅ……」


姿勢を正しながら、緊張のせいで語尾を噛んでしまう。

その姿がとても愛おしい。



 「なんだ、そんなに有名なのか?」

 「ワ、ワタルさん………カールイ様…さんを知らないんですか⁉」

 「ああ………魔法の事は結構疎いからな」

 「それでも、伝説の魔道士の方ですよ」



 さっきから『魔道師』でなく『魔道士』なのが気になっていたが、今聞くことではない。



 「名前も知らない人なんてこの世界にいません。小学校でもカールイさんの名前を教えない国はありませんもの」



 私は違う世界の出身で、この世界では小学生以下の常識しか持ち合わせておりません。

 この子は俺の心をズカズカと傷つけてくるな………。



 この二人は味方って事でいいだろう。

 なら、協力をする必要もある。

 準二級冒険者がどれだけのものかわからないが、カールイは『伝説』が付くぐらいだ。

 一緒に行動した方が良いだろう。


 「この部屋に魔法陣は無いみたいですね」


 ネフィルは一通り部屋を探索するが、見つからないようだ。


 「っと言う事は、エルフの元にあるって事か………」

 「厄介ですね………」


 ネフィルは困惑を隠しきれていない。これほどの大規模魔法を操るのだ。敵も簡単には攻略させてくれないだろう。


 「ならここに居座る理由は無いわ、さっさと出ましょう」


 ミルヒルは入口に一番近い場所に立って外を親指で指す。

 その指示に従うようにカールイとネフィルは外に出ていく。


 「先に行ってくれ」


 だが、俺にはまだやるべき事が残っていた。


 「何よ、あんたノロノロしてんじゃないわよ、ノロマ」


 この女は悪口を挟まなければ生きていけないのか?

 盗賊のリーダーの机や棚を漁り目的のものを探す。


 「盗品を更に盗む気なの?」

 「いや、俺が捕まる前の持ち物がないか調べときたいと思ってな」

 「そう………先に行ってるから、さっさとしなさいよ……チッ…」

 「はいはい………」


 俺ってミルヒルに対して何かしましたかね?

 なんで俺に対してここまで辛辣なのか。

 目的の物は棚の一番下に丁寧に置かれていた。

 盗賊だから雑なものだと思っていたがそうでもないようだ。


 睡眠導入剤、神経毒の錠剤、液晶タブレット、腕時計と日本硬貨数枚をポケットに入れる。


 この世界に生きていくなら初期資金はなくてはならない。

 これらの物がいくらで売れるかわからないが、腕時計は元の世界でも三十万程したものだから大丈夫だろう。


 幸いこの世界でも『六十進法』『十二進法』『二十四進法』で時間は進むようだし。


 あたりを見渡した時に姿見の鏡が気になった。

 姿を覗いてみると、前の世界の生気のない顔は無く、アラサー手前の顔もなかった。


 目の下のクマも傷ついた肌もなく、二十代前半ほどにまで若返ったようだ。

 この体の異常性を再確認できる。

 これも盗賊に打たれたラフポーションの効果なのだろうか?


 この世界に俺を転生させた神は微妙な若返りと君の悪い体質を与えたようだ。


 与えられるなら、チートな能力と言わないが多少の魔法ぐらいは使えるようにしてくれても良いのではないだろうか?

 考えればそれだけ、不満は膨らんでいくからやめよう。

 

 他の盗品も金になりそうだから、持って行こうと思ったが、あのハイエルフの女の言う通りになるのは癪だからやめる事にした。

 もう少し優しさを持ってくれたら、可愛いと思うのにな。


 先に行かせたから、はぐれては困る。

 追いつかなければ。


 サスサスサス


 乙女の柔肌を愛撫するように優しく。ゆっくり、時に激しく。

 やはり、何も起きない。


 「すいません、ネフィルちゃん……いるなら開けてくれません?」


 返事は返ってこない。人の気配も感じない。近くにはいないのか?


 「そっちいないの?いるなら返事して」


 無反応である。一向に返事が返ってくる様子がない。


 ………あれ、俺って閉じ込められた?


 大の大人が自動ドアを開けられなくて閉じ込められたって恥ずかしすぎる。

 先よりも強く叩き、衝撃音を外に響かせる。

 無理にスライドさせようとするが重すぎて開かない。


 この扉も相当俺の事を嫌っているようだ。

 俺を嫌うのはあのハイエルフだけにしてくれ。文明にだけは嫌われたくない。


 「ネフィルちゃん、お願い開けて!ワタルさん、一人じゃ出られないんだけど!」


 数回叩いてみると、質量はあるが扉自体は薄いことが分かった。

 破壊する事は出来ないが、衝撃でレールから外せられれば開けられるだろうか?

 数回蹴ってみるがビクともしない。



 ―――ドンッ!―――



 一回目の体当たりで、少し動いた。

 それを何回か続けたら成功しそうな気がしたので、次で決めるとする。

 足や腰、姿勢を整え勢いをつける。



 「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……!」



 こんなところで、異世界生活を終える訳にはいかない。

 扉に近づき残り三十センチのところで



 「遅いから様子見にきたわよ………っ!」

 「……ぐへっ!……うん?………廊下の壁ってこんなに近かったっけ?」



 扉は開かれ、誰か確認も出来ずにぶつかってしまう。

 押し倒すかと思ったが壁にぶつかった様に動かない。

 俺の頭は相手の胸に埋まっていた。俺の首は鳴ってはいけない音を響かせ曲がったが、相手は俺がぶつかっても全然平気な様で怪我もしていない。


 まるで重心が地下奥深くにあるような安定感だ。

 はずみで、手に触れた所で指を動かす。


 「あんた……少しはマシな性格していると思っていたけど、変態だったようね………」


 相手はミルヒルであり、冷静に見えるが、自分の胸を触られて白い肌を真っ赤にして震えている。

 これは弁解の余地は無いですね。


 う~ん……異世界初のおっぱいは、ネフィルの方が少しばかり大きような気もする。


 「ミルヒルさん、すいません……結局扉が開かなくて………ハハハ……」


 俺は言い訳がましく作り笑いで誤魔化そうとするが、


 「黙れ………平面変態野郎……が!」


 俺は襟首を掴まれ、廊下の方に五メートル以上投げ飛ばされる。

 落下したときの床が冷たい。


 「……なかなか部屋から出てこないし……部屋から物音はするから、何かあったんじゃないかと思ったけど、時間の無駄だったね」


 ミリヒルは苛立ちを表すように、ズカズカと歩いて俺を置いてきぼりにする。

 近くに他の二人の姿は無い。


 ミルヒルだけが様子を見に来てくれた様だ。

 このハイエルフ、可愛いところもあるじゃないか。


 口は悪いけど。

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