第21話 一夜を共にする関係

「俺は——……」

「おにーさん?」


 何かを言いかけて。


「ちょ……おにーさんっ!」


 私の肩を掴んで。

 ドキドキしながら待ってたら。


「……ぅ……ん……」


 ふらりと、おにーさんの体勢が崩れて。


「……おにー……さん」

「……すぅ……ん」

「寝た……」


 どさりと倒れて。

 そのまま眠ってしまった。


「…………」


 テーブルを見る。

 おにーさんが開けた缶は、4つ。

 結構呑んだな……。

 でもあんまり、顔には出ないタイプだ。気付かなかった。私なんかすぐ赤くなっちゃうのに。


「……」


 何を言おうとしたのかな。

 愛の告白だったら嬉しいな。


 そんなことを考えながら、ちびちびと呑む。


 おにーさんの寝顔。毎朝見てるけど、夜は珍しい。いつも寝る前に自分の部屋に戻ってるから。


「…………おにーさん」


 じっと見ていると、なんだか変な気持ちになってくる。

 視線は、私の意思とは無関係に。唇とか、胸元とか。


 結構、筋肉質で。細身だけどよく見たら逞しいよねえ。


「起きないと、悪戯しちゃいますよ~」

「…………」


 起きない。


「……じゃあキス、しちゃいますね」


 本当は、駅でもキスしたかった。会ってすぐに。

 だけど。そんなにせがむといやらしい子だと思われてしまう。


 でも。でも。


 私達は恋人なんだし。しても良いじゃない。


「ん……」


 お酒の匂い。

 あとおにーさん。


 頭と胸が、幸せで満たされる。


「……まだ起きませんか~っ?」


 大好きだ。

 今気付いた。今。

 おにーさんが無防備で、私の目の前で、横たわっている。


「じゃあもっと悪戯しちゃいますね」


 キスをしてから。

 ずっと、したかったこと。


 ほっぺにもキスした。


 耳を少しだけ咥えてみた。


 胸板を撫で回した。


 頬擦りもした。


「……!」


 おにーさんの心臓の音が聴こえてきた。


 興奮した。


「おにーさん……っ」


 毛布を持ってきて、添い寝する。今日は良い。


 どうせ明日も明後日もお休みだ。メイクも落としてないしお風呂も入ってない。


 ……いや流石にメイクくらいは。


「……良いや」


 良いやと思ってしまった。目の前のおにーさんを見ていると、ここから離れることの方があり得なかった。


「おにーさん」


 おにーさんと、呼ぶ度に。自分の中の気持ちが1段階高揚する。

 心地好いんだ。耳と脳に。その言葉が。台詞が。音声が。

 私はこの呼び方が好きなんだ。


 多分、キモい、けれど。


 でも関係無い。


「おにーさんっ」


 1枚の毛布に、一緒にくるまる。おにーさんは起きる気配が無い。

 このまま。このまま寝よう。

 それが至福だ。今寝るのが完璧だ。


「……おやすみなさい」


 おにーさんの胸は広い。

 おにーさんの腕は太い。


「……ふふ」


——


——


 起きた。


「…………」


 起きたということは、寝ていたということ。


「…………」


 寝た記憶がない。待て。思い出せ。最後の記憶は——


「……ぁ」


 毛布。こんなの出したっけか。


「……んぅ」

「!」


 身体の隣で。横で。

 何かの気配と感触があった。


 見る。


「…………お」


 ほのかが、俺の隣で寝ていた。ぐっすりすやすやと。


「すぅ……。ふぅん……。すぅ」


 可愛らしい寝息を立てながら。


「おわあっ!!」


 飛び起きた。ばっちりと目が覚めた。

 何?

 何だ?

 何が起きてる?


「…………ふぅん」


 可愛い。

 いや待て!


 髪! ……やや乱れている。

 服! ……乱れてはいない。


「…………取り敢えず……過ちを犯してはいない……のか……?」


 落ち着け。

 段々思い出してきた。


 お酒呑んでたんだ。それで、俺は呑み過ぎて眠ってしまった。

 その後ほのかも寝ちゃったと考えるのが妥当……なのだが。


 何故毛布1枚を、シェアしながら?


「……すぅ」

「…………」


 むちゃんこ幸せそうに眠っていらっしゃる。

 そう言えば、ほのかが寝てる所を見るのは初めてだな。いつも寝る前に自分の部屋へ帰っていくから。


 ……昨日の俺よ。

 泊まっていけよと、言ったのか?


 駄目だ覚えてない。


 ていうか反射的に起きてしまったけど。

 ずっと、ほのかは俺の腕に引っ付いていた訳だ。


 その、柔らかいであろう感触を。

 はっきりと意識する前に、退いてしまった。

 ミスった。

 勿体無いことした。


「……ほのか?」

「…………んぅ」


 起きない。

 キャミソールみたいな肩出しスタイルで。


 汗ばんだ腕。


「……待て待て。まず俺だ。今日はほのかの実家へ行くんだから。取り敢えず風呂だ風呂」


 危ない。

 朝から妙な気を起こす訳にはいかない。もうすっかり酔いは覚めている。


 俺が寝落ちしてから何があったのかは、後で訊けば良いだけだ。


 ……話してくれるかは分からないが。


 気持ちを切り替えろ。

 今日は彼女のご家族に会うんだ。


——


——


 起きた。


「…………」


 自然に目が覚めるのは珍しい。いつもの『明日への扉(目覚まし)』が鳴らないとは。早く起きてしまったのかな。


「……あれ?」


 景色が違う。

 天井の位置がおかしい。

 身体がなんか痛い。


「——~~っ!!」


 そうだっ!


 き、昨日は……っ。


「おっ。起きた?」

「おに————!」


 奥からぬっと現れた、愛しい顔。

 吃驚と恥ずかしさから、私は咄嗟に毛布にくるまった。


「……ほのか?」

「いやっ! えっと! ……ぅぅっ」


 暑い。

 すぐに毛布を蹴飛ばした。


「…………おはようございます」

「うんおはよう。ほのか、昨日は——」

「待っ」


 昨日のことを。

 ことがっ。


 ば、ば。

 バレている……?


 うわあああ!

 死ぬ!

 あれは。


「あれはっ。えっとっ。わ、私も酔っていたと言いますかっ!」

「うん。……え? 何のこと?」

「……! ……へっ。覚えて、ませんか?」

「……な、何かあっ……ちゃったの?」


 恐る恐る訊ねる。

 するとおにーさんも、恐る恐る訊き返してきた。


「な、なんでもありません! ごめんなさい。私も酔っぱらって、眠っちゃって。あはは……」

「お、おう……。吃驚した。起きたら居たから」

「えへへ……。吃驚させちゃった」


 よし!

 バレてない! セーフ!


「じゃ、じゃあ、ごめんなさい私っ。ちょっと戻って準備してきますのでっ」

「ほいほい」


——


 音速で部屋を出た。

 顔から火が出そうだった。


「…………!」


 昨日のことは。

 全部そっくり丸ごと覚えている。

 明らかに酔っていた私は。

 おにーさんに色んな悪戯を……。


「…………!」


 あんなの、素面じゃ絶対できない。無防備で寝ているのを良いことに。


「……ふぅ」


 でも。

 酔った勢いでも。やっておいて良かったなと。

 思う私が居る。


「……おにーさん」


 思い出しながら呟いて。


「よし」


 気持ちを切り替えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る