第19話 家族が気になる関係

「ほのかー? もう出るよー?」

「…………うん」


 母に着付けて貰って。

 地元のお祭りに繰り出す。丁度彼氏と別れたという妹のしとかと。


「……大丈夫?」

「うん……」


 顔を覗き込んでくる。私が落ち込んでいるのを気にしてくれているんだ。


——


 父は自営業をしている。詳しくは知らないけど、今は人手が足りないらしい。

 事務や電話番、書類整理なんかに私を使いたいらしいのだ。


 地元で就職できるし、親の所だから安心で、良かったねと。


「……ほのか遅いって! もう花火! ほらっ」

「…………」


 花火。

 家の近くに広い溜め池と公園があって、そこで毎年お祭りをやっている。いつもお盆に帰ってるから時期が合わず、このお祭りに来るのは高校生振りだったりする。


 結構大きなお祭りで、花火も大きく、多く、色鮮やかだ。


「彼氏に付いて行きたかったの?」

「うん」


 ベンチに座る。ぼうっと花火を見る。しとかが焼きそばを買ってきてくれた。


「じゃあお父さんに言わないと」

「うん」

「……言える?」

「言うよ。だって私の人生だもの」

「およっ。なんか変わったね、ほのか」

「そう?」


 離れてみて。

 まだたったの1日だけど。

 おにーさんのことしか考えられない。

 今までは。おにーさんと花火が見れたらなあとか、考えなかった訳じゃないけど。


 いざ恋人になると。

 一緒に見たくて仕方がない。


「殆ど、お父さんから逃げる為に遠い学校受けたみたいな所あるじゃん」

「そんなこと……ちょっとはあるけど」


 最初は凄く反対された。女の子が独り暮らしとかあり得ないと。大学へ行くなら家から通える所にしろと。


 別に今の所が、特に行きたかった訳じゃない。その通り。私は父から離れたかったんだ。


「お父さんより、その『おにーさん』って訳だね。いやあアツい。……熱っ」


 一緒に買ってきたたこ焼きを口に入れて、悶えるしとか。猫舌は治ってないのか。


「ああ……そっか」

「はふはふ。……へ?」


 物腰柔らかで。優しくて。落ち着いていて。

 父と真逆だから、好きになったのかもしれない。

 なら、まだまだ私は父から逃げ切れてはいない。

 というかそれなら、おにーさんに失礼だ。


「今日の内に話す?」

「うん。向こうに戻る前に言っておかないと。曖昧な返事だといけないから」


 浴衣は意外と暑い。いや、何を着ても暑いけれど。

 ……浴衣。やっぱり着たら、喜んでくれるだろうか。


 何かすればおにーさんのことばかりだ。


「さて。じゃあ私も広めないと」

「広める?」

「ほのかに彼氏ができたって」

「は? なんで? 誰に?」

「ほのかに惚れてた皆に」

「……んん?」

「例えば中島先輩とか。仁司くんとか。先輩なんて、なんか後輩使って私にコンタクト取ってきてさ。次いつ戻ってくるかって」

「……んんん?」


 意味が分からない。

 理解が追い付かない私を見て、しとかはくすりと笑った。


「……良いよ。ほのかは気にしないで。『おにーさん』のことだけ考えといたら」

「…………そう……?」


 よく分からないけど。

 私はおにーさんのことを考える。

 誰に言われずとも。


「ほら。食べたら行くよ。ナンパされるかも」

「知らないわよ。されたことないし」

「あっ。金魚! あれは救わないと!」

「字が違う」


 私の手を引いて、ずんずん進んでいく。

 しとかは幼いけど。結構大人だ。行動力もあるし、社交性もある。

 母だって。のんびりしてて、いつも笑ってる。


 私は家族の誰とも似てない。でもそんな家族が好きだったりする。

 勿論、育ててくれた父のことも。


——


「…………なるほど」


 父に。

 伝えた。


「今、その彼氏さんと同棲してるんですって」

「いや、お隣なだけで。同棲はしてないけど」


 母と。しとかと。

 食卓で。全員で。


「…………」


 大丈夫。皆味方だ。


「お、お姉ちゃんはさ。初めての彼氏で。多分これ逃すとさ……」

「淑香」

「っ!」


 しとかの援護射撃は、容易く打ち落とされた。

 娘に向ける目をしてない。


「社会人か」

「え。……うん。3年目って」

「稼ぎは? 役職は?」

「……いや、聞いてない、けど」

「そうか」


 父が何を言いたいのか分からない。

 質問して、答えて、また沈黙。

 物凄く気まずい。


「……就活はどうだ。うまく行ってるか?」

「へ。……うん、まあ。ぼちぼち、かな」

「そいつには相談したのか」

「え。……うん。せっかく大学まで行かせて貰ったし、一度くらいは社会を経験した方が良いって。何より、万が一の時の為に」

「……万が一?」

「いや。……直接そうは言ってないけど。多分それに近いことを言いたかったのかなって」

「他には?」

「えっ……と。気にせず別に好きにしたら良いって。帰っても、帰らなくても。でも、俺と一緒に居てくれたら嬉しいって」

「…………なるほど」

「……で。一緒に、居たくて。私は」

「分かった」

「えっ!」


 父の顔を見た。驚いた。

 絶対に反対されると思っていたから。


「一度連れてこい」

「……へ」

「何の仕事か分からんが、うまく休みが合わなければ年末や来年でも良い。お前の卒業までに一度、ここへ連れてこい」

「…………でも」

「母さん」

「はいはい。問題ありませんよ。歓迎しちゃう」

「母さん。歓迎は違う。俺が見極めてからだ」

「はいはい」

「…………!」

「良いな? 仄香」

「……分かった」


 えらいことになった。


「ね。ね。じゃあ私も次できた彼氏連れてきたらいーい?」

「お前は良い」

「なんでー!?」


 おにーさんを。

 ウチに?


——


 怒られは、しなかった。多分。父が何を考えているのかは分からないけど。


 不安だ。

 大丈夫だろうか。

 おにーさんは。私が話して、来てくれるだろうか。


 来てくれたとして。

 どうなるのか。父は彼に何をするつもりなのか。


 見極めるって……。


 もし父に認められなかったら、別れさせられるのだろうか。

 それは絶対に嫌だ。


「大丈夫よ」

「お母さん」


 その『家族会議』が終わって。部屋に母がやってきた。

 そう言えば、母は何故あんな怖い人と結婚したのだろうか。それが不思議で仕方ない。

 あんまり怖がらないしとかも不思議だ。

 あの目付きと表情と威圧感。


「お父さんもね、嬉しいのよ」

「……そんなばかな」

「本当よ。ずっと心配してたんだから。あんたが向こうへ行ってから。変な男に引っ掛かってないかって」

「……余計なお世話」

「それが『親』よほのか。……『娘』だと特にね。あの人も長男だけど男兄弟で、『女の子』のあんたが可愛くて仕方がないのよ」

「…………しとかは?」

「『アイツはまあひとりでも適当になんとかやるタイプだろ』って言ってたわね」

「…………ぷっ」


 怖いけれど。

 でも親なんだ。

 大事にされて、嬉しくない筈はない。今回の仕事の件も、私を心配しての理由もあったのだと思う。


「でも、気を付けないとね」

「え?」

「あの人多分、『娘が連れてきた男は取り敢えず殴るのが父親の義務』って思ってるから」

「ええっ! 何その危険思想!」


 ……別に、まだまだ結婚相手って訳でも全く無いのに。

 ウチの父は何を考えているのか。

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