第10話 気付いてない関係

 少し、考えたい。


 納得できないからだ。


 納得したい。


 原理? を。


 限りなく『Yes』だ。それは間違いない。だけど。


 告白されて、自分のことを好いてくれていると知ったから付き合う、というのは。

 じゃあ告白されたら誰でも良いのか? という疑問を俺の心に産む。


 俺に今彼女が居ないとか。告白されたことすら、今は置いておいて。

 純粋に。


 俺はほのかちゃんが好きなのか? ということだ。


 『ほのかちゃん』が好きなのか?

 『可愛い女子大生』が好きなのか?


 弁当作ってくれて可愛いなら誰でも良いけど、丁度よく隣に居たからお前で良いよ。


 ……そうではないと、果たして言い切れるのか?

 完全に否定を、俺はできるのか?


 お弁当も関係なく。

 お隣でなくても。

 学生とかどうでもよく。


 明らかに君だけが好きなんだと、はっきり言い切れるのか?


 俺は。

 告白できたか?

 逆に。彼女に対して、いつかはできたか?

 好きだと自覚して、それを伝えられる勇気を持てたのか?


 毎日弁当作って貰って。家にも呼んで。呼ばれて。デートも誘われて。

 そこまでされても動かなかった俺だぞ。


 『それら』が無かったら。確実に告白などできていない。


 そんな状態で。そんな男が。

 決死の告白をしてくれた彼女に対して。


 『じゃあ付き合いましょう』って!?


 失礼過ぎるだろ!

 嘗めてんのかよ!


 無理だ。

 今の俺には、ほのかちゃんの想いに応えられないんじゃないのか。


 なら、断るのか?


 ええ?


 振るのか?


 それこそあり得ないと分かってるだろ。

 ほのかちゃんの一番の望みはなんだ。

 俺と付き合うことなんじゃないのか。それは、俺でしかできないことで。

 叶えてあげるべきなんじゃないのか。


 同情で付き合うのか?

 おい。

 善意で付き合うのか?


 馬鹿にしやがって。

 好かれたから、俺も好く。

 虫が良すぎないか?


 好かれなかったら一生好きにはならないのか?

 それはもう、好きと言えるのか?


「…………なあ」

「え……」

「お前さ」


 世の男達は。彼氏達は。

 どうしてるんだ?

 何をもって『恋愛』として。『恋愛』してるんだ??

 誰か教えてくれ。無理だ。俺には。


「全部、『ほのかちゃん』に話してこい。その葛藤と脳内全部」

「そんなの話せるわけないだろ」

「いや。大丈夫だ。お前も男見せろ」

「情けなさすぎるだろ」

「変に見栄張んな。情けない部分を見せてこいって言ってんだよ」


 自分の気持ちに、納得ができない。告白されて、馬鹿みたいに喜んでしまっている自分に。

 このまま付き合って、果たして大丈夫なのか?

 失礼じゃないのか?


「99%大丈夫だ。お前が毎日言ってる通り、多分その子は『良い子』だよ。安心しろ。……残り1%引いたら、呑みに行こう」

「…………ありがとう」


 持つべきは友だ。

 こんな俺に、親身に相談に乗ってくれるとは。

 馬鹿になんてできやしない。


 何のことは無い。この歳で結婚するような奴等は皆。


 俺より大人なんだ。

 俺が考え足らずなだけなんだ。


 大丈夫なんだ。


——


「あっ。おにーさん」

「……ほのかちゃん」

「お帰りなさい」

「ほのかちゃん」

「へっ?」


 どうして。

 この子は俺を好きになったんだろう。こんな情けなく、生活力も無く、私服もダサい、イケメンでもない俺を。

 俺がこの子にしてあげたことなんて何も無いのに。

 してあげられることなんて、何も。


「今からさ。……時間ある?」

「えっ。……はい」

「話がしたい。いや……俺の話を、聞いて欲しい」

「……はい」


 ドアを開けて、ほのかちゃんを招く。


 彼女は驚くほどあっさりと、まるで自分の部屋のように、俺の部屋へ入った。

 落ち着いているようだった。

 自分の部屋の筈の俺と違って。


 全部、話す。

 上手く言葉にできないかもしれないけど。


——


——


 ほのかちゃん、と。

 名前を呼ばれる。それが嬉しい。

 『私』を。他の誰でもない『私』を呼んでるんだ。

 それが嬉しい。


 何か、身体が軽い。

 爽やかな朝。気持ちの良い風。清々しい気分。

 意外と、ぐっすり眠れた。ドキドキして眠れないかと思ったけど。

 落ち着いてる。


 言ったんだ。

 私はおにーさんに告白した。


「行ってらっしゃい」


 そう言えるのは。

 多分幸せなんだと思う。


 おにーさんは少し動揺してた。大丈夫。すぐに返事が欲しいとは思わない。

 今は。伝えられただけで充分。


 朝が終わると、もう、楽しみに待ち遠しくなる。

 彼が帰ってくる時間が。

 彼が美味しく食べてくれる光景を想像しながら。

 明日のお弁当はどうしようと悩みながら。

 スーパーへ行くのだ。


——


「で? なに、保留?」

「うん。私から、間が耐えきれなくて」

「あんまり待たせたらもう切っちゃいなよ?」

「どうして?」

「どうしてって……。そんな男ヤでしょうが」

「…………良いよ別に。おにーさん」

「……あっそ。ま、何があっても受け入れなよ。あんたの戦いだからね。ほのか」


 相談に乗ってくれた子に感謝をしないと。お礼をしないと。


 正直馬鹿にしていた。もし、おにーさんの彼女になれたらと想像して。


 確かに、『それ以外』の充実感なんか霞むくらい、充実する筈だ。

 リア充に。


——


「俺の話を聞いて欲しい」

「はい」


 いつになく真剣な表情を見せたおにーさん。ドキドキしてきた。

 何の話だろうか。


 返事だろうか。

 勿体つけるということは、Noなのだろうか。

 ……嫌だな。

 でも、それを見せたら駄目だ。おにーさんが考えて出した結論なら。


 それを受け止めてこそ。

 けじめがつく。

 是が非でも。

 この話は聞かなければならない。


「……どうぞ」

「ありがとうございます」


 この前と逆だ。私がおにーさんの部屋に居る。気を遣って、手前をすすめられたけど、逃げる気は無いので奥の方へ座った。

 四角のテーブルを挟んで。おにーさんはお茶を出してくれた。

 この前と同じように。


「……多分、長くなるよ」

「大丈夫です」

「…………詰まらないかもしれない」

「大丈夫です」


 この感じは。断る感じの奴じゃない。と思う。

 もっと別の話だ。


「ありがとう。……これから付き合うにあたって、ほのかちゃんに知っておいて、というか。聞いて欲しいから」

「!!」


 ちょ。

 無意識?


 今。


 今!

「…………え?」


 もう。

 応えたようなものじゃん。


「だ。大丈夫、です。聞きます」

「……うん」


 気付いてない! 気付いてないよこの人!

 どうしよう。

 やばい。

 泣きそう。嬉しすぎて。待って。まだ。

 おにーさんはまだ返事してないんだから。

 聞かなきゃ。

 我慢しなきゃ。


 …………!!

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