警視庁 組織犯罪対策第五課 銃器薬物対策第一係

 あっという間に夜のとばりが降りていた。

 表へ出た男はマフラーを巻き直し、駅へ向かう道を歩いていく。

 後ろを気にする様子はない。

 人通りが多くなるにつれ、コンビニや飲食店の明かりが目立つようになった。

 駅前のロータリーまで来ると、男はコーヒーチェーン店に入っていく。

 飲み物を手にしてオープンテラスへ腰を下ろした。


 この季節、この時間、ここに座る客は他にはいない。

 しばらくすると二人の男がテーブルに近づいた。

 カーキ色をしたコートの襟を寒そうに合わせながら年配の男が隣へ座る。

「店の中でいいじゃねぇか。何もこんな所で待たなくっても」

「私は構いませんが、そちらは周りに人がいない方がいいのでは?」

 そう言うと後ろに立っている若い男に目をやった。

「赤池、そんな所に突っ立ってたら目立つだろうが」

 椅子の背を引いて座らせる。

 グレーのスーツに濃紺の薄手なダウンジャケットを羽織った赤池は、山高帽の男へ警戒を隠さない。

「いつから気付いてたんだ」

「御園さんの方こそ、私に何か御用ですか?」

 互いの視線が交わる。

「まったく。喰えねぇ奴だな、お前さんは」

 御園は背もたれに体を預け大きく息を吐いた。

 椅子を手前に引き直す。


山高やまたか、お前さん龍頭団チャイニーズマフィアのことを追ってる理由はなんだ?」

「やはりその件でしたか。組対そたいのあなたが動いていると言うことは拳銃の密輸ですかね」

「あぁ、そうだ」

「御園さんっ!」

 赤池が慌てて止めに入る。

「こんな所でまずいですよ。しかも部外者に」

「誰も聴いちゃいねぇよ」

 テラス前を通り過ぎていく人たちをあごで指す。

「それにこの男は部外者じゃないかもしれねぇ」

 上目遣いに男をちらと見て口角を上げる。

 男は表情を変えずにコーヒーカップに口をつける。


「どういうことですか? 一緒に来いというだけで何も話してくれないし。一体こいつは……」

「さぁ何者なんだか」

 ポケットの名刺入れから一枚を取り出す。

「通称、山高。大企業を顧客にしてヤバいことでも何でもやる万屋よろずやらしい」

 テーブルの上に置いた名刺には萬須よろず つかさと書かれていた。

「これだって偽名だろ。ふざけた名前つけやがって……」

 赤池が口を挟む。

「万事屋って、あのアニメの――」

「はぁ? 何だアニメって。お前、万屋を知らねぇのか。なんでも屋って言って今のコンビニみたいなもんだよ」

 今度は男が口を挟む。

「何でもやる訳ではありません。殺しはやらないので」

 三人のテーブルが一瞬で張り詰めた空気に包まれる。


「だとさ」

 御園は赤池へ笑いかけた。

「この男は危ない橋を渡って来ている筈なのに、容疑者にすらなったことがない。当然、素性も分からない。おかしいと思わねぇか?」

「まぁ、確かに」

「ひょっとしたら、こっち側の者じゃねぇかと思ってるんだ」

うちの会社警察の人間ってことですか!?」

 御園は黙ってうなずく。

「まさか公安……」

「そう考えりゃ辻褄つじつまは合うわな」


「買い被り過ぎですよ」

 二人の会話にやんわりと釘をさす。

「龍頭団のことも、この前トラブルになって絡まれたのでちょっと調べてみただけです」

「ま、そういうことにしておくか」

 テーブルの縁に両手を掛け、椅子を後ろへ押した。

「そういやぁお前さんと同じように、企業を相手にしていた凄腕のハッカーが三年くらい前に引退した話を聞いたっけなぁ。何でもその爺さん、趣味の骨董で店を始めたとか」

 御園の視線を微笑みで返す。

「うらやましい生き方ですね」

 鼻白んだ顔を見せ、御園は立ち上がった。

「山高、俺たちの邪魔だけはしてくれるなよ。いいな」

 去ろうとした背中に男が声を掛ける。

「あの名刺、お客様にしかお渡ししていないんですけれど一体どこで?」

 振り返らず右手を軽く挙げ、赤池を連れて店を出て行った。

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