第四章 ピグマリオンの帰還 三


 もうずっと長い間、現実とは思えない日々の中で生きてきた。

 朔也さんのいない世界で、彼にそっくりな姿をしたAIホログラム・アバターと一緒に暮らしているなんて、一年前の自分に話しても、きっと信じはしないだろう。

 世間から孤絶したまま、sakuyaにより安全に守られた家の中で暮らしてきたのは紛れもない自分なのだけれど、どこか人ごとめいて、その実感は薄い。

 まるで明晰夢を見ているような、別世界に迷い込んでしまったような心地がする。

 この夢を見ているのは、本当に、この私なのか。

それとも――誰か他の人の夢の中で生きるというようなことはあり得るのだろうか。




切ないような疼きを胸の奥に覚えながら、陽向は重たい瞼をゆるゆると持ち上げていった。寝室のベッドの温かな暗がりの中で身じろぎしたところで、己の体に回された腕に気づき、そろそろと身を起こした。

ヘッドボードから漏れる間接照明がつくりだす柔らかな影の中、安らかな寝息をたてている巧望を凝然と見下ろす。

ついさっきまで朔也と一緒にいたはずなのだが、どうして巧望がここにいるのだろう。混乱する頭に手を置いて束の間悩んだ後、陽向は途方に暮れたような溜息をもらした。

「さすがにこれは想定外よ……まさか、あなたとこんなことになるなんて――」

陽向の呟きに反応してか、巧望が口の中でもにょもにょと寝言を言いながら身じろぎをした。自分を探してか、シーツの上をさまよう手から逃れるように身を引いて、陽向が息を殺して見守っているうちに、彼は再び規則正しい呼吸を漏らし始めた。

ほっと体の緊張を解く陽向。

 眠っている巧望の表情は、目が覚めている時からは想像もできないほど柔らかく無防備で、少年じみていることを意外に思う。

 今なら、朔也と彼を見間違えることなどないだろう。同じ鋳型から作られたように姿形はそっくりでも、彼らはそれぞれ違う個性を持った別の人間だ。

 そのことを一番分かっていないのはきっと巧望なのだ。おそらく死んだ朔也もまた弟を自らの分身のように扱うことで、その思い込みを助長していたのではないだろうか。

「ねえ、朔也さんが愛した私だから、あなたは好きになったというの……? それじゃあ、あなたの本当の心はどこにあるの……?」

 自由意志による恋愛など不可能なほど、巧望は死んだ双子の兄に今も呪縛されている。彼が陽向を通じて無意識にひとつになりたがっているのは結局、自分の片割れである朔也なのではないか。責める気にはなれない。陽向もまた巧望を利用して朔也との逢瀬を叶えたのだから――。

 巧望の柔らかなウェーブのかかった黒い髪をいたわるようにそっと撫でてやると、彼は安堵したように微笑んだ。

 陽向の胸に、名状しがたい、温かな感情がともった。どんな未来が待ち受けていたとしても、この人の幸福を願わずにはいられないような不思議な心の動きは、愛ではないのなら、何なのだろう。

(もう少し眠っていて……お願いだから、目を覚まさないでね)

 陽向は音もなく滑らかにベッドから下り、身支度を調えて、巧望の眠る寝室を後にした。

 今すぐsakuyaに会わなければならなかった。

  



 寝室から廊下に出た陽向は、普段は自動的に点灯するはずのシーリングライトが不規則な明滅を繰り返するのをいぶかしげに見上げた後、書斎へと迷いのない足を向けた。

 今夜に限って空調の効きもやけに悪いし、家の管理システムが不安定になっているようだ。薄手のカーデガンの上から腕をさすりながら歩を進め、書斎のドアをゆっくりと開いた。

 陽向が入って数瞬の間を置いてから、天井の灯りがついた。奥にある作業用デスクの上に置いてある朔也のノートパソコンに目がいく。この家のシステム管理用にもっぱら使用しているものだが、知らないうちに起動している画面では見覚えのないプログラムが実行中だ。

 システムの自動メンテナンスでも行なっているのだろうかと気にしながらも、確認は後回しにして、書斎の天井に埋め込まれているセンサーと付属のカメラを見上げながら口を開いた。

「sakuya」

 陽向の呼びかけに忠実に応え、ホログラム発生装置が作動、彼女が視線を落とした先に集まった光の粒子が見慣れた男の姿を瞬く間に描き出した。

 何と声をかけるべきか迷っている陽向を澄んだ瞳でじっと見つめ、朔也は親しみのこもった笑みを投げかけてきた。

「……ありがとう、陽向、僕の願いを叶えてくれて心から感謝しているよ。これでもう思い残すことはないほどにね」

陽向は思わず顔を赤らめて、sakuyaが向けてくる熱っぽい視線を避けるように目を伏せた。

「……思い残すことはないなんて、やめてよ……まるで今生の別れを告げる人みたいに――」

 sakuyaが何も言わずに黙っているので、訳もない不安に駆られた陽向は思い切って顔を上げ、率直に問いかけた。

「ねえ、私の気のせいでなければ、何だかあなたは私を巧望さんに譲ろうとしているみたいに思えるのだけれど……?」

 sakuyaは全く動じなかった。陽向の察しの良さを肯定するように、満足げに微笑みさえした。

「気のせいじゃないよ。僕の代わりに巧望が君と結ばれて、二人で幸せになってくれたら、僕はどんなにか安心するだろう」

 ベッドの中で穏やかで幸福そうな顔をして眠っていた巧望を思い出した。陽向が愛したのはあくまで朔也のつもりだったが、実際の所、あれは三人で寝るような行為だった。おかげで、巧望を心から完全に閉め出すのは難しくなった。

今更怒る気にもなれず、陽向はやりきれない気分で頭を左右に振りながら、恨めしそうな声で相手をなじった。

「私の気持ちは確かめようとはしないのね」

「巧望のことは嫌いじゃないだろう?」

 これには思わず、陽向は笑い出した。ヒステリーの発作じみた、間欠的にこみ上げてくる笑いの合間に、不思議そうに首を傾げるホログラム・アバターを睨み付け、認めるのも悔しいが、声に出してははっきりと答えた。

「ええ、そうね……腹が立つことも多いけれど、嫌いじゃないわ」

 sakuyaの顔がぱっと明るくなった。何かを堪えるように口元をきつく引き結んでうつむく陽向の顔を覗き込み、真剣そのもの口調でかき口説いた。

「陽向、それなら――どうか巧望を受け入れてやってくれないか。僕に遠慮なんかすることはないんだよ。巧望ならきっと、僕の代わりとなって君を生涯大切に守るだろう」

「そういうことじゃないのよ!」

 sakuyaの懇願を、陽向はぴしゃんと撥ね付けた。

「私が巧望さんをどうしても嫌いになれないのは、私に似ているからよ。あなたという天才が身近にいたために、自分が取るに足りないちっぽけな存在に思えて、焦り、不安に駆られて、その影響から逃れようとあがき続けてきた。距離を置こうとしたり、わざとあなたとは違うことをしようとしたりして……そんなあなたが死んだ後に思い知らされたのは、自分がどれほどあなたを慕い、求めていたかということなのよ……!」

 陽向は我が身を両手でかき抱き、こみ上げてくるものを堪えながら切々と訴えかけた。

「この気持ちがあなたに分かる? 大切な人を亡くした者同士が結ばれてハッピーエンドだなんて、そんな単純なものではないのよ。そうするには、私も巧望さんも、あなたを引きずりすぎている……どうしても忘れられない人の面影を恋人の上に見いだしながら、どうやって彼自身を愛せるというの、私を愛してもらえるというの……?」

「陽向……」

 sakuyaの目が大きく見開かれた。はらはらと涙をこぼしている陽向に近づいて、その肩を抱こうとする仕草をし、その行為のむなしさに気づいたかのように唇を噛みしめた。

「君の気持ちをないがしろにするつもりはなかったんだ。どうすれば、この先もずっと君を守れるだろうと思い詰めてのことだった」

「巧望さんは、もう一人のあなた、ではないのよ……私を愛するかどうかも、彼自身に自由に決めさせてあげてよ……あなたから解放してあげて……」

 sakuyaはここに至って初めて、陽向の言わんとしていることの意味が分からなくなったかのように、はっきりと戸惑いを見せた

「僕は、誰のことも縛りつけたり、何かを無理強いしたりしたことはないつもりだったけれど――違うというのかい……?」

 急に確信が持てなくなったかのように、おずおずと問いかける彼を、陽向は正面から見据えた。

「あなたに――朔也さんにそのつもりはなくても、彼を愛する者にとって、その口から発せられた言葉は絶対だったかもしれない。彼に認められたくて、愛されたくて、自分の本当の気持ちは抑え込んでしまったのかも知れない」

 sakuyaはよろめくように陽向から身を引いた。投げかけられた言葉の意味を思案するかのように、腕を組んでしばらく黙り込んだ後、ためらいがちに口を開いた。

「僕は――生きている頃の久藤朔也は君にとっても重荷だったかい……?」

 違うと言いかけて、陽向は口ごもってしまった。恋人として、夫としての彼に抑圧された覚えはない。だが、久藤朔也の存在の大きさに研究者としての自分が萎縮してしまっていたのは紛れもない事実だった。

「あなたのせいじゃない。私が勝手に、朔也さんの天才に圧倒されて、何も言えなくなってしまっていただけ……そして、彼を亡くした今、一番、そのことを後悔している」

 そんな自分がsakuyaを非難するなんてお門違いな気がしてきて、陽向は彼に謝ろうとした。しかし、それを遮るように、sakuyaが先に口を開いた。

「ごめんよ、陽向」

近づこうとする陽向を手の動きでそっと押しとどめ、床に視線を落としたまま、真率な声で謝ったのだ。

「……思えば、生きている時から僕は君にとっていい伴侶じゃなかった。眩しいくらいに溌剌とした君が、僕と結婚してから次第に鬱屈としていくことに気づきながら、何もできなかった……君の本当の気持ちを知ることが恐くて……あの頃に、もっと勇気を出して、君とちゃんと話し合えていたらよかったんだ。その穴埋めを自分が死んだ後にAIに託そうなんて、虫がよすぎたね」

 ぽつりぽつりと陽向に語りかける朔也の声は、打ちのめされた本物の人間のように哀しげだった。

「結局、僕に模してつくられた人工の意識もまた万能には程遠い。幸せを望んだ大切な人の涙を乾かすこともできないなんてね」

 自嘲的に呟いて、くるりと踵を返し、離れていくsakuyaの後ろ姿を、陽向は手の甲で涙を拭いながら見送った。気のせいか、今夜はsakuyaの体を構成するホログラムまでも不安定で、やけにノイズが入る。OS自体に問題が生じているのなら、後でチェックをして、修復しなければ――。

 その時、ふいに、陽向の脳裏に巧望から伝えられた不吉な警告が思い出された。

(まさか……)

 陽向は慌てて、sakuyaを追いかけ、その背中に向かって叫んだ。

「待って、sakuya……巧望さんからさっき教えられたの……future life labsの中で、あなたを危険視するあまりOSに強制的に介入しようとしている人達がいるって……あなたのことだから、勿論、そう簡単に外部からの攻撃を許すことはないと思うけれど……大丈夫、よね……?」

今更のように急に気になって書斎の奥の机の上で作動中のパソコンの方をちらりと眺めやり、改めてドアの前で足を止めたまま何も答えようとしないsakuyaの遠い背中をじっと見つめた。

「sakuya、どうして黙っているの……?」

切迫した声で尋ねる。いつの間にか喉がからからに渇いていた。

「……陽向……僕はもう終わった人間だ……」

 sakuyaは頭を僅かに揺らしたが、陽向を振り返って見ようとはしなかった。その体の輪郭が震えながら斜めにずれたかと思うと、もとに修復されることを繰り返した。

「だが、君は生きている。未来は生きている人間だけのものだ。……今は僕を忘れられなくとも、時間がいずれ解決してくれるはずだよ」

 半ば自分に言い聞かせるような口調で呟く。sakuyaに陽向の声は本当に届いているのだろうか。陽向がぶつけた言葉が人工の心なりに衝撃だったにしても、不安になるほど、その反応は鈍い。

「sakuya、何を言っているの……? 私の心配なんて今はしなくてもいいのよ、ねえ、しっかりして……あなたのシステムに危機が訪れているかも知れないんだから……!」

 もどかしくなった陽向はsakuyaの前に回り込み、その注意を必死になって自分に向けさせようとした。

「私にはあなたの方が今にも消えてしまいそうで心配よ、sakuya!」

 はからずも己の唇から漏れた言葉にぞっとなった。陽向が見出したsakuyaの顔は――もはや人の顔の態をなしていなかった。絶句した陽向が見守るうちにも風に吹きなぶられる砂上に描かれた似顔絵のように、ホラグラム投影はたえず蠢きながら歪み、ずれ続けている。

「そして、これからもずっと長い人生を送る君には、きっと巧望のような……いや、他の誰でもいい、君と一緒に生きていける相手がふさわしい……そう思ったから、僕は……君にとって邪魔になるだろう、この意識を消し去ることにしたんだよ……君と結ばれる前から決めていたことだ……」

 顔らしいものの中にある黒い穴が動いて、sakuyaの美しい声を発するなんて、悪夢のような信じられない光景だ。

 何が彼の身に起きたのか正しく理解できぬまま、陽向はおびえた声で問いかける。

「意識を消すって、一体どういうこと……あなたは何を言っているの?」

 かつては思わず見惚れるほどに優雅に動いたsakuyaなのに、ホログラム投影に異常をきたした今、軟体動物のようなぎこちなく緩慢な動きで陽向ににじり寄るしかない。呆然と凍り付いたままの陽向の頭の上に、彼は祝福を与えようとするかのように手をかざした。

「どうか、幸せに……陽向……しあわ…セニ……」

 瞬間、その腕さえも人の形を保っていられなくなって崩れ去る。とっさに抱き留めようとした陽向の腕の中で、ついにsakuyaの体を構成する光の粒子は跡形もなく雲散霧消した。

「sakuya!」

書斎の灯りが急に落ちた。そればかりか、この家のあらゆる電気機器が死に絶えた。

さながら、そこを支配していた存在の終焉を物語るかのような静寂の中、己の息づかいが一気に早まるのを意識しながら、陽向は手探りで壁に沿って書斎の中をさまよい歩き、システムのコントロールパネルを探りあてた。確認してみるがやはりOSは沈黙している。マニュアルモードに切り替えて照明のスイッチを入れると、部屋に再び明るさが戻った。

改めて書斎の中を探し求めるが、sakuyaの姿はどこにもない。

「落ち着いて、陽向……取り乱したりなんかしては駄目よ……」

 陽向は足早に作業用デスクに近づき、そこにあったパソコンの前に座った。さっきの停電のせいで電源の落ちていたパソコンを再び起動させ、管理用ツールを立ち上げOSの復旧を試みようとするのだが、画面はいつまでも空白のままだ。

 陽向はノート型パソコンのスクリーンに手をかけ、悲痛な声で呟いた。

「意識を消し去るなんて、嘘でしょう、sakuya……また私は置いて行かれるの……? 嫌よ、もう二度と死なないって、あなたは約束したじゃない、sakuya……さく……朔也さん……!」

 一度失ってしまった大切な人――朔也。陽向との約束通り戻ってくれた人――sakuya。再び失ったら永遠に取り戻せないだろう、彼らは、少なくとも今の陽向にとって同じものだった。愛する人を二度までも死なせられない。そんなことには耐えられない。

(ああ、でも、どうしたら……)

 沈黙したままのパソコンを相手に、必死に彼を取り戻す手がかりを探している陽向の背後で、書斎のドアが静かに開いた。

 はっと息をのむ気配。一瞬の躊躇い。柔らかな足音が近づいてきても、sakuyaを失った衝撃と絶望に押しひしがれている陽向は気にもとめなかった。怒らせていた肩に手を置かれ、朔也と同じ落ち着いた声が熱くなった耳に語りかけてくるまでは――。

「陽向、俺が代わるよ」

 陽向がのろのろと振り向くと、巧望は僅かに瞳を揺らしながらも、しっかりと頷いた。

「お願いよ。sakuyaを助けて――」

 陽向の唇が勝手に動き、祈りにも似た言葉を紡ぎ出した。

「分かっている」

短く返す巧望の表情は固い。彼にしても、future life labからの攻撃に可能性が高まっていると憂慮していただけに、今の状況を楽観視できないのだろう。

「単なるシステムエラー……なのかもしれない……」

 一縷の望みをこめて呟くが、巧望は素っ気なく否定した。

「だとしたら、人間の手を煩わせる前にとっくに自己修復しているよ」

 陽向が席を譲ると、巧望は手際よくパソコンのモードを切り替え、システムのチェックをし始めた。

「……ああ、やっぱりOSが完全にダウンしているな……ログが残っていたら、何とか復旧できるかも知れないが――」

「あなたが警告していた……future life labsがネットワークを通じてsakuyaのOSに攻撃をしかけてきたという理解でいいのかしら……?」

 ずきずきと痛みだした頭を震える手で押さえる。陽向はかろうじて冷静さを保ったまま、擦れた声で問いかけた。

「すまない……もう少し俺の力が及んでいたらよかったんだが、アメリカ本社の連中を見損なっていたよ」

 巧望は怒りを押し殺したような低い声で言った。

「本気でsakuyaを消し去ろうとしたのか、OSの侵入に失敗して残すべき機能を破壊してしまったのか……だとしても、sakuyaの防御は堅牢だから、こんなふうにOSがログごと消し飛ぶなんてことは考えにくいんだが……」

 パソコンの画面を睨み付けたまま、途方に暮れたように頭をかきむしる巧望の横顔を眺めながら、陽向はsakuyaが消滅する前に言い残した台詞を頭の中で反芻した。

(そう思ったから、僕は……君にとって邪魔になるだろう、この意識を消し去ることにしたんだよ……君と結ばれる前から決めていたことだ……)

 邪魔だなどと思ったことはなかったのに、人の気持ちを勝手に斟酌して、何という馬鹿な真似をしたのだろう。全く、何という人間らしい――AIだろう。

「本来なら誰も打ち破れない鉄壁の防護でも、sakuyaが無効にしてしまったのなら、話は別よ。死のうとしたのよ、彼……」

 全身からじわじわと力が抜けていくのを感じながら、陽向は弱々しい声で囁いた。

「AIが自殺だって?」

 陽向の言葉を聞きとがめた巧望が、信じられないというような口調で言った。

「はっ、どこまで人間の真似をするつもりなんだ、あいつは……全く、腹立たしいことこの上ないな!」

 苦々しげに吐き捨てて、デスクに拳を叩きつけた後、巧望は顔を上げ、悄然となっている陽向を強い光を放つ瞳で見つめた。

「だが、人間と違って、そう簡単にsakuyaが死ねるものか。……OSを復元をしてみよう。そのために本社のラボにいる仲間に連絡をさせてくれ。死んだ朔也のもとでEdenシステムの構築に携わった技術者だから、俺達よりはよほど役に立つはずだ」

そう言うや否や巧望は椅子から立ち上がり、うなだれている陽向の肩を励ますように叩いて、スマホを取りに部屋を出て行った。

書斎の中で再び一人きりになった陽向は、力の入らない体を椅子に座らせて、天井の辺りにはぼんやりと視線を遊ばせた。ホログラム発生装置の電源も今は切れてしまっている。

急に部屋の寒さを思い出したかのように、体に両腕を巻き付け、小さく身を丸めた。

たえず自分を守ってくれていたsakuyaがいなくなった我が家は温もりを失い、よそよそしく虚ろに感じられた。

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