シロコウ(白神高校)のカフェテリエのテラス席に座って、沙月は上枝さんを待っていた。


 体操服でいるのは、綾音が制服を早々にクリーニングへ出してしまったからだ。いくらシロコウでも、私服登校は流石に駄目なことくらい、沙月明かりにも分かっていた。


 カフェテリエとは、そんな自由もどきの校風を除けば、唯一他校に自慢ができるところなのだ。入試用のパンフレットにも、大きく取り上げられている。


 もともと、フラワーアレンジメントのシロコウ卒業生が、園芸員さんの詰所だったところを改築し、許可もとってカフェテリエにしたのだ。


 狭いながらテラス席もあり、流石はフラワーアレンジメントもあって、多種の花々が周囲を彩っている。


 もちろんサンドイッチも美味しい。

 沙月は看板メニューであるバナナとイチゴが入ったフルーツサンドとトマトジュースを、そして結局着いてきたゴーレムには、テイクアウト用のコーラをあげた。


 上枝さんが来るまでに飲むこと。

 もし飲めなかったら、お外で飲むこと。


 チラりと時計を見ると、ちょうど12時を指していた。

 吹奏楽部員の上枝さんと待ち合わせの時間。しかし、耳を澄ませば、まだ微かに管楽器の音色が聞こえてきた。


 少し、長引いているのかしら?


 沙月は少なくなったトマトジュースをひと口飲んだ。うん、やっぱり美味しい。


 カフェテリエの白いウッド調の外壁は、ひまわり畑にある農小屋のように爽やかだった。テラス席がウチとソトを緩かに繋ぎ、南向きの大窓から入る光と風が、店内を優しく巡回する。


 暗く落ち着いた雰囲気の喫茶パンチャとは、まるで正反対。沙月はパンチャの方が好きだった。


 きっと部活動の生徒たちなのだろう。夏休みなのに、カフェテリエには他の生徒たちもチラホラいた。皆、制服かクラブジャージを着ている。


 そしてゴーレムはと言うと――何も言わず、行儀よく隣でコーラを飲んでいる。沙月から話しかけないと、基本的にだんまりな少年。でも、何を聞いても「秘密」と返してくれる。


「はぁ……」


 思わず漏れたため息が、夏の空気に溶けていく。グラウンドからは、野球部たちの元気な掛け声が聞こえてきた。


 それから30分ほど経ったころ。

 沙月がトマトジュースをお代わりしようと立ち上がると、少し慌てた様子の上枝さんが、校舎からやって来た。


「ごめんなさい、遅くなっちゃって……」

「ううん、大丈夫」


 彼女は制服を着ていたけれど、鞄は学校指定の物ではなくて、ピンクのバックパックを背負っていた。


「なんで体操服? 暑いから?」

「違うの。叔母さんがクリーニングに出しちゃって」

「叔母さん? ああ、東さんはお母さんとは暮らしてないんだっけ」

「え? うん……」

「それにしても暑いねー。私、ご飯まだだから食べて良い? 東さんは?」

「わ、私はもう食べたから平気」

「そう? じゃあ頼んでくるね!」


 そう言って上枝さんはピンクのバックを席に置くと、カウンターまでひとりで行った。


 その隙に、沙月はゴーレムに席を立つよう促した。少年は少ししょんぼりした顔をして、テイクアウトのコーラを持って、目の前の花壇に座り込んだ。


「お待たせ。これ、待たせたお詫びに」


 帰ってきた上枝さんは、沙月と同じフルーツサンドと、アイスカフェラテを2つ持ってきた。


「ありがとう」


 渡されたカップを受けとる。パンチャの方が美味しいのに、と心の中で愚痴ってしまった。

 上枝さんってこんなキャラだっけ? まさに、鳩に豆鉄砲だ。それから、ちょびっとだけ、苛立ちが沸いてきてしまった。


 お母さんがいない? もう少しデリカシーがあっても良いんじゃない?


 そうして、目の前でフルーツサンドを美味しそうに頬張る上枝さんに向かって、沙月は意地悪くこう訪ねてしまった。


「ねえ、男の子見かけなかった?」

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