第36話 倭国の風雷
小さな島が幾つか集まる、そこは最果ての諸島、倭国。
その国で作られる品はとても繊細で、実用的。滅多に目にする機会はないが出回れば最大希少価値で、知る者ぞ知ると言った引く手数多な珍品だ。
だがしかし、倭国東は代々続くその伝統と文化の中には、外に出すべきではないような危険な武具武術等も含まれていると外に出す事を拒み鎖国を通していた。
対して倭国西では自国の品が他国で価値があると言う事を十分に理解し、そんな東を置き去りにして内密に外交ルートを作り始めていたのだった。
本来倭国は東と西の協定政治によって成り立つもの、倭国西がその先に求めるものは倭国全の統一、否独占だ。
倭国の分裂、東と西の戦火は勢いを増したが、他国からの配給ルートを持つ西は次第に東を兵糧攻めにより抑え込んでいった。
――
――今は逃げるの。この戦争が終われば私達はきっとまた戻ってこれる。
ミカヅチは父から引き継いだ一本の刀を御守代わりに抱き、揺れる暗い木箱の中二人はただただじっとその身を潜めるしかなかった。
母親は幼い時にすでに他界し、此度の倭国の戦火に巻き込まれ父は戦場へ赴いた。
だが娘と息子をそんな自国争いに巻き込みたくないと父は二人を倭国西の密輸ルートに紛れ込ませたのである。
二人は倭国西から数日の船旅を越え、ついに亡命を成功させていた。
辿り着いたのは小さな漁港町のようだったが、大陸名や国の名など二人にはどうでも良かった。
ただ自分達はこれからたった二人で、倭国の統一が終わり平定するまでの間、なんとしてでもこの見知らぬ土地で生き抜かねばならなかった。
自分達に必要なのはまず金だ、そして他国の情勢を知れるような環境に身を置く事である。
二人は何処か住み込みで働けるような場所を探そうと考えたが、運悪く倭国からの密輸品を前々から狙っていたある盗賊団にその漁港町は丸ごと襲撃を受けてしまった。
二人が密輸船から逃げ出すには格好の機会とも言えたが、盗賊団の規模は大きかった。
鼠一匹見逃さないとばかりに網を張り巡らせ瞬く間に漁港町は皆殺しの仕打ちとなった。
――「何だこいつ等、随分上等なモン持ってるじゃねぇか」
――「そ、それだけは!!」
――「……止めろ
父から譲り受けた二人の大切な品『妖刀乱刃・雪乃器』。
盗賊はその品の良さを直ぐに目利きで理解し、強奪した。
今は耐える時だった。
どんな目に合おうとも、大切なそれを奪われようとも。
生きていればまたやり直せる、そしていつか祖国へ戻る事こそが父の願いなのだから。
タケオミは盗賊団の頭目へ自分達を使ってくれと頼み込んだ。
それは自分達の命を守る為、でなければこのまま此処で殺されてしまうのだから。
「あはははっ! 命乞いか、そりゃいい」
「盗賊になりてぇか? ならそれなりの覚悟が無くちゃいけねぇな。そこの爺共のクビを掻っ斬れ」
「「!?」」
「出来ねぇとは言わさねぇぞ、おら。盗賊になんだろうが、えぇっ!?」
タケオミとミカヅチの額に嫌な汗が流れた。
人を殺す。
たったそれだけ。
だがそれは自分達の生命が惜しい、ただそれだけの為。
盗賊の頭が錆びた二本の短剣を投げる。
刃が波打った剣、所々刃こぼれも見られる。こんなもので人を殺せるはずが無い。
「そりゃクリスってんだ、斬られると縫合も出来ねぇ。思いっ切り行ってやらねぇと可愛そうだぜ?」
「へへへっ、そりゃえげつねえですぜ頭」
「こ、こんな……」
「俺が、俺がやる! 俺一人でいいだろ!?」
「ダメだっ!! てめえら二人共殺れ、丁度そこに二つ獲物があんだろ。じゃなきゃそっちの爺婆にお前らを斬らせるだけだ」
ロープに縛られた老年の男と女。
夫婦だろうか、二人は震えながらこちらを見ているが、ふと視線は刃物の方へ向いていた。
「うっ、うぉぉお!!」
突如老人は縛られたまま盗賊が投げたクリスに向かって走り出す。
男は転がりながらそのクリスを何とか取り、ミカヅチに斬りかかっていた。
「ミカヅチぃ!!」
「ぐがああぁ」
タケオミは反射的にもう一本のクリスを床から抜き取り、老人の背を斬りつける。
倒れる老人を更に何度も、何度も斬りつける。
切れ味の悪いその刃は男の肉をグチャグチャにするだけで、屋内には一向に衰えない男の悲痛な叫びが響いていた。
それは最早斬るなどと言うには到底及ばない、叩き、潰す。
タケオミは泣いていた。
泣きながら、それでも大切な者を守る為、必死に殺した。
男を、自分の心を。
「ひゃっはははは!! こりゃあいい、鬼畜だぜこのガキ」
「もう……いい、だろ。俺だけで……」
「だぁめぇぇだぁ!!」
タケオミはやがて静かになった老人の背に、血で染まったクリスを取り落とす。
せめて自分だけが罪を背負いたかった。
ミカヅチには同じ思いをしてほしくなかった。
そんな思いは盗賊のたった一言によって打ち消される。
タケオミはこのまま盗賊も斬り殺してしまおうか、自分も死ぬかもしれないがミカヅチ一人ぐらいなら逃がせるのではないか。
そんな思いが脳裏を掛け巡ったそんな刹那。
「ああぁぁぁぁ!!」
「み、ミカヅチ!?」
ミカヅチは床に落ちたクリスを拾い上げると、奇声を上げながらもう一人の老婆に斬りかかったのだった。
老婆は全てを悟ったかのように、ただ静かに目を瞑りその時を待っていた。
ミカヅチの振るったクリスはそれが人殺しだと言うのを忘れる程、惚れ惚れとする一刀でその老婆の首を吹き飛ばしていた。
ゴトっと言う音が静かな室内に嫌に響いた。
「ひ、ひゃっはっはっは!! こりゃすげえ! まじかよ、そのなまくらで、魅入っちまったぜ」
ミカヅチはその場に泣き崩れた。
「ふん、まあいいだろ。合格だ、今からてめえ等は俺等盗賊団の一員だ、俺等に名前はねぇ……所詮ゴミクズの集まりだ」
盗賊団の頭は静かにそう言うと、もう二人に興味は無いとでも言いたげに、振り返る事なく、家屋を出ていった。
「なんで……私達ばっかり、こんな目に」
タケオミは泣き崩れるミカヅチの肩を抱き、唇を噛み締めた。
今のミカヅチには倭国を出た時のあの強さは感じられなかった。
それでも自分達は生きる。
今は、その時を待つしか無いのだから。
「いつか、必ず、俺達は……その日まで生きるんだ」
タケオミの声は、自分自身にも言い聞かせる、最大限の強がりであった。
◯
マテリアル技術の最先端、軍事国家のカルデラ帝国で
あらかた実入りのいい仕事が無くなってきた二人は、ルカリオンでの実績を買われリオ共和国の首都バイゼルにて新たなギルドの立ち上げに携わっていた。
順調に冒険者ランクも上げ今ではCランクも近々終わり、普通なら数年は掛かるであろうBランクの壁を既に越えようとしているラックとルーシア。
共和制を敷くリオでは、実質的な権力はやはり大きな武力軍事力を内包するギルドと聖教騎士団にある。
布教活動を経て組織を拡大する聖教騎士団に負けずと、ギルド側もその勢力拡大に向けて優秀な冒険者を勧誘し次々と新たなギルド支部を作ることに躍起になっていた。
そんな最中、かの軍事国家でジェネラルクラスの魔物が発見されたと言う話は遠くこのリオ共和国にも流れ着いていた。
まだ冒険者や依頼人の少ない新ギルド。
設置された長テーブルを全て貸切り状態にして、そこには様々な武具を装備した冒険者達が集まっていた。
「聞いての通り、
今やCランクパーティを率いるまでになった晴眼の弓士ルーシアは、テーブルに半世界地図を広げ指を指しながら皆にそう説明していた。
「ジェネラルねぇ……つってもゴブリンのジェネラルだったらたかが知れてるぜ?」
「お前の二つ名がそれってのもわかる気がしたぜ。相変わらずの脳筋具合だな、ジェネラル級は別もんだ、種族がゴブリンだろうが俺等C級が数人で挑んだってまあトントンってとこだろうな」
「ザイルズ……そらお前が才能無いからだろ。俺なら行ける」
「ジェネラルより先にぶっ殺してやろうか」
ラックはこのバイゼルで偶然再会を果たす事になったザイルズの腑抜けぶりに嘆息した。
ザイルズ達は相変わらずのハーベスト、ラリーの仲良しコンビに一人の女回復士を加え、四人パーティでここ首都バイゼルにてCランク冒険者まで登り詰めていた。
今回はルーシアパーティが新たなギルドマスターの元、新ギルド立ち上げにおいて重大な仕事を請け負うと言う事もあり、同郷の好でラックやザイルズ達もここへ集っていたのだった。
「ラックはともかくとして……今回の調査は最近の魔獣群発もあって危険も伴うわ。それでもこのメンバーなら大丈夫って私は確信してる」
「へへへ、確信ってか。流石は晴眼ってだけあるねぇ。んで、いくら同郷とは言え報酬はどうすんの? まぁ、俺は金じゃなくてもいいけどな、ルーシアのパンツぶっ!!」
「お前も懲りねぇよな、ラリー」
相も変わらずルーシアのパンツを求めるラリーは瞬速の肘鉄でテーブルに沈む。
ザイルズ達はそんな仲間に呆れ顔を覆った。
「破廉恥、破廉恥ですわ!」
「いい? もう一度それぞれのルートを確認するわよ。ザイルズパーティは北のノルヴァへ、西のザールは私とラックが通って来た時には何もなかったから今回は保留。で東は私達が」
ラリーの発言に嫌悪感を抱いたルーシアパーティの女子陣であるが、リーダーであるルーシアの「いいわね?」と言う確認には表情を引き締めゆっくりと頷いていた。
「っしゃぁぁおらぁ!! 俺様は一人で東に行きゃいいんだな、任せとけ!」
「南ね」
「脳筋バカが」
晴眼の弓士指揮のもと、新ギルドに集まった八人の冒険者はそれぞれの任務に就くべく準備を始める。
今回やるべき事は一つだ。
リオ共和国内でまだギルドが配置されていない街町において危険な獣が瘴気により魔獣、魔物化していないかの確認である。
できる範囲内での討伐もそこへ組み込まれているが、ジェネラル級が出た場合は速やかにバイゼルへ退却。
その後バイゼル内の各ギルド、聖教騎士団へ通達し討伐隊を組むというのが大きな流れである。
カルデラ帝国でのジェネラル級出現の一報を受け、このリオ共和国でも全ギルドに魔物調査の共同依頼が通達されている。
共和国制を敷くこのリオだが、実質権力を持つギルドや聖教騎士団もそのスポンサーとなる者達の身を守る義務があった。
それは昔からこの土地において多くの領土を持つ権力者や、崩国後の没落貴族。
金と力の共存。
金を持つものが陰で資金をサポートする以上、それが力を持つ者達の義務であった。
新ギルドである此処はこの仕事がある意味チャンスでもある。
この仕事を卒無くスピーディに、数箇所のギルド無配置地区を一度に調査したとなればそれはこの首都バイゼルでも大きく名が通る事になる。
新ギルド設立後初の大仕事だった。
ラックが早々にギルドを飛び出していく。
それに呆れながらザイルズパーティが後に続き、ギルドにはルーシアパーティだけが残された。
「ルーシア、本当に大丈夫なの? あの人達」
「ルーシアさんの同郷なら間違いないに決まってる。信頼よ、信頼」
「あの破廉恥は絶対ダメですわ」
「ま、まあ……腐れ縁ってとこよね」
ルーシアが同郷の友に呆れながらも、自分達も目的地へ向かおうと準備を進める。
そんな時、ギルドの奥の扉から白い外套を羽織った壮年の男が柔和な笑みを浮かべてルーシアに声をかけた。
「悪いね……打ち合わせが長引いた。もう行くのか?」
「お兄ちゃん。うん、私達も頑張らないと、あいつ等が手伝ってくれてるんだし」
「そうだな、皆には後でたっぷり御礼しないとね。二人もルーシアを頼むよ」
「は、はい!」
「ま、任せてくださいまし。わ、私は御礼なんて要りませんことよ?」
ルーシアパーティの女子二人は、Aランク冒険者の現ギルドマスターであるルーシアの兄にそう意気込むと、恥ずかしげにギルドを出ていった。
「じゃぁ行ってくるね! お兄ちゃんもギルドの事宜しく、御礼も期待してるからね」
仲間に続いてルーシアも笑顔で兄に手を振ると、リタ特製の弓と矢筒を背負い颯爽とギルドを後にしたのだった。
「そう……御礼か。最高のものを考えているよ、フフフ」
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