第25話 ゼオのロシアンルーレット


 ゼオと言う少年の浅い正義感に感化され、奴隷の猫族少女を無事に奪い取ったリタ一行。


 そろそろ足がつく頃だと言うリタの意見に一同は慌てて排煙の街を出た。

 リタの即席計画『奴隷奪還作戦ES!』は、その名の通り最後をEscapeで締め括った。



 おかげで一文無しのリタ率いるポンコツパーティ。

 だがリタにとっては金などあろうが無かろうがまったく問題はなかった。


 腹が減れば適当に狩りをして食べ、眠くなればその辺で寝ればいい。


 人間等生きるのに必要なものは水、食料、適度な睡眠と、運動。これだけなのだ。



 そして強いて言うなら目的だろう。



 リタには今明確な目的がある。


 それは何を隠そう自分の後始末、復活させてしまった黒の魔王と三体の配下を倒すか封印し、そして妹のお遣いを済ませると言う目的があるのだ。




 出来れば巻きで行きたい。



 本来ならば長くて一ヶ月程度で終わらせ、また村に戻って二年程の修行を積み、ラックとルーシアに追いついてSランク冒険者とならなければならなかった。


 冒険者になると言う事に限っては些か億劫であったが約束は約束である。




 だが気付けばリタの周りにはおかしなメンバーが四人も付き纏い、挙げ句の果てに何処かわからないような奴隷蔓延る国でギルドの門を潜る羽目になっていた。



 だがしかしこれはまだ早い。

 ここでリタは冒険者の登録をするわけには行かなかった。

 まだ自分にはSランクの力などある訳はないし、順序を履き違えてはいけないのだ。


 

 だが色々がポンコツな彼、彼女らは旅にお金は必須と言い出す始末。

 ならばと正義をかざす熱い男にそれは任すことにしたリタである。


 奴隷のケモミミ少女を解放するために使った金貨を少年は返したいと願っていたからだ。




 女性陣は冒険者登録するわけでもないのに既に請けたい依頼は決まっているらしく、金貨100枚が報酬として支払われる帝国試験を請けろと自分達は冒険者になる訳でもなくゼオに好き勝手注文をつけていた。




 キャッチフレーズに『未来の帝国騎士団求む!』と書かれているのが多少気になったが、構わないだろう。

 リタとしてはその試験会場である場所が、自分の行くべき道と重なっているのだから。


 場合によっては他の四人がギルドへ報酬を貰いに行っている間に、自分は会場である幻惑の森を抜け最後の村へと向かうつもりだった。


 


 問題は銀竜の谷へ寄るか、魔王を倒すかの二択。

 銀竜の鱗を先に手に入れれば荷物になるが、だからといってまだ魔王を倒せるだけの武器も木刀では不安と言うのが正直な所。


 リタの悩みは未だ解決してはいなかったのだ。




「すげぇ人だぜ……貴族までいやがる」



 リタ一行は帝国試験会場である幻惑の森前へと集まり、その人の多さに少しばかり場違いだったかなと感じ始めていた。


 甲冑に身を包んだ者、上半身が裸の者、大剣を背負った男に弓に矢筒の女、人族以外に、ローブ姿の少女まで様々な腕自慢であろう猛者達が皆自分達の目的の為、帝国試験の会場へは集まっていた。



「まさかルーテシアの貴族はいないだろうな……私はともかくミュゼの顔は割れている。噂が広まればすぐに追手が来るぞ」


「何よ、心配してくれてるの? 殺そうとしてたくせに。まあ確かに私程王族のオーラが出るのも問題よね」



「やぁ、君達は帝国騎士団へ入団希望かな?」


「「「えっ!?」」」




 そんな中、豪華絢爛なプレートメイルを装備した金髪の優男がリタ達の元へ歩み寄って来る。

 その様相は明らかに貴族であるだろう、腰に差しているそれも金貨数枚で買えるような物にはとても見えなかった。



「騎士団なんて興味ないわ、お金よお金」



 ミュゼのその言葉には既に王族のプライドの片鱗すらもない。

 まさしく貧乏人の台詞だ。



「ま、まあ……そうだな、私達は目的があるからな」



「なんと……嘆かわしいな。年若い青年淑女が金銭の為にこのような危険な地に踏み入れようとは……一体この国はどこへ向かおうとしているのか、出来れば踏みとどまって欲しいが君達も引き下がれない理由があるのだろう」



「え、ま、まぁ……そう、そう?」



 勝手に人生を想像し、リタ達を憐れむ貴族騎士は自分の頭を抱え未来を憂いた。

 ミュゼはそんな騎士を眺めリタにどうするのこれ? と言った視線を投げかけた。



「まあだが心配はいらない。君達の若き芽は我々レオンハルト騎士団に委ねればいい、我々の目的はその名を帝国に轟かせ、いずれこの国を、差別と格差のない平和な国へ導く事だ。汚れ役は年上に任せておけ」



 自らをレオンハルト騎士団と名乗った男は親指で自分の背後に集まる四人の仲間を指差した。


 そこには体格のいいスキンヘッド男が一人に、後は全員女で固めているパーティがいた。

 優男と同じタイプの女流騎士に、ローブを纏っているのは魔法使いとアーチャーだろうか。


 金髪の優男は最後にミュゼ、アンナ、ミーフェルに二カッと笑みを送ると仲間達の元へと合流していた。



「全くバレてねーじゃん、本当に王女か疑わしいな」

「……ま、まぁ。あまり表立って有名ではなかったからだろう、な」



 ゼオは呆れ顔をミュゼに向け、何故かアンナがそれをフォローした。



「でででも、でも、ミュゼさんは可愛いです!!」


「乞食に見えたんだろ」



「底辺貴族がぁぁぁ!! こっちゃぁ王族だぞこらぁぁ!!」




 間もなくして帝国騎士団であろう人間が開会の挨拶を行い、今回の試験内容の詳細と報酬を語った。



 この広大な森、名を幻惑の森と言うがその奥地にあると言う真実の泉からその水を持ってくるのが今回の試験だ。


 その水は騎士団の持つ不思議な花瓶に入れて中を覗けば本当に真実の泉で汲んだ水かどうかは分かるらしい。



「なんで判るんだ、何か特殊な水なのか?  持っている趣味の悪い花瓶もミュゼのものと同じに見えるがな」



 リタはそんな疑問を口にした。

 確かに適当な所で水を採取したり、魔法で水を出したりする事で試験を通過すると言うやり方は考えられそうだ。


 だが本当にその泉水が特殊なものだとしても、それがどのように判定されるのかがリタには甚だ疑問でしかなかった。




「あら君、願望の鏡って聞いたことなぁい? あの騎士達が持っているのは王家に代々伝わる魔力花器なの、そこへ真実の泉の水を入れて覗くだけで、自分の欲しいものを明確に映し出してくれるのよ。それを手にするための方法までね! どう? 勉強になったかしら」


「ああ、なるほど。一つ勉強になった」



 突然リタの背後から事細かに注釈を入れてくれる女がそう言ってリタにウィンクを送った。

 赤と黒の外套を靡かせ、腰にはルビー色の鉱石がついたステッキを差している。


 おそらく魔法使いであろうその女は、リタパーティの女性陣全員と比較しても全く見劣りしない外見であった。


 申し訳程度に着けられた銀の胸当ては最早その胸に押し上げられ今にも中空へ舞飛びそうである。



「因みに私は手に入れたら覗かせて貰うつもり。みんなそうかもしれないけどね」


「ほう、一体何の為に?」


「それは勿論! 私に見合う男を見せてもらう為よ、運命の相手っていうの?」



 女はそう言うと自らの身体を誇示するようにクネクネと動きながら妄想の世界に耽っていた。



「いい相手が見つかる事を祈ってる」


「あら、もういいの? また何か知りたかったらお姉さんにいつでも聞いていいのよ。あ、もっと違うお勉強がしたかったらもう少し大きくなってカ・ラ・ヨ?」




 リタがふむと、一つ頷くと女は去り際に「私の名前は魔導士カーマインよ」と名乗っていった。




「何がふむ、よ! 鼻の下伸びてるから」


「そう簡単に外見は変わらん」


「き、きれいな人でしたね……私みたいな奴隷猫には一生なれない」


「そ、そんな事ねーよ! み、ミーフェルの方が可愛いし、それにお、お、その、それだって大きいだろ」



 照れながらミーフェルを褒めちぎるゼオだが、ミーフェルの方も自分の胸を押さえ顔を真っ赤にしていた。



「おい、変態リーダー。そろそろ皆行くみたいだぞ」



「おいリタ、暗殺さんが呼んでんぞ」

「何故。今のリーダーはゼオ、お前だ変態」





 リタとゼオは変態の汚名を押し付けあいながらその他のパーティと共に幻惑の森へと歩みを進めていた。





 時間制限はなく、一番初めに真実の泉水を持って戻ったパーティに報酬と入団資格が与えられる。

 誰かが試験を見事終了させた場合の合図は、貸し出されたマテリアル通信板が光ったらと言う事であった。

 流石はカルデラ帝国と言った所、魔力鉱石を使ったマテリアル技術は先進的である。


 皆が続々と森へ入る中、リタはだが森の前で皆を一度留めた。



「どうしたんだよ、忘れ物か?」


「いや、この森の名は幻惑の森と言ったな。迷う可能性やその他状態異常になる可能性が考えられる。万が一散り散りになった場合、俺以外が無事に生きていられるか不安だ。これを渡しておこう」



 リタはそう言うとアンナ、ミュゼ、ミーフェルに二粒の丸薬を渡した。

 一つはいつもの万能薬、もう一つは劇薬だ。



「なんで劇薬を渡す!?」

「万が一、死にたくなるほどの苦痛に見舞われた場合はこれで自害出来る」


「「死にたくねーわ!!」」



 どちらが劇薬か忘れないよう、三人は慎重にそれを別けて仕舞った。



「って、俺には無いんかい!!」

「ん……ああ、そうだな。じゃあこの4粒のうち2粒を選べ」


「なんでロシアンルーレットなんだよ!!」




 リタは掌に丸薬を四粒並べてゼオに差し出す。見た目はどれも茶色く、素人目では全ていつもの万能薬にしか見えなかった。


 ゼオはそれでも馬鹿正直に差し出されたその丸薬を睨みつけ、真剣にニ粒を選んでいるようだった。


 やがて覚悟を決めたのかゼオは二粒をリタの手から受け取った。



「本当にそれでいいのか?」



「え……な、なんだよ。まさか両方ハズレかよ」


「選び直してもいいんだぞ?」



 謹厳な顔でもう一度考え直せとばかり視線を送るリタに、ゼオは思わず一粒を交換する。




「さぁ準備は整った、そろそろ巻きで行こう」



「やっぱり両方劇薬だったんじゃねーか!!」

 



 変態リーダーゼオの叫び虚しく、リタは先陣を切って森へと突入した。

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