第9話 狙われた王女

 森のダンジョン化はあの穴周辺と隣国へ続く山岳地帯だけに留まっている。


 妹の召喚魔術式を用いた円配列によって召喚した神獣が見守ってくれているとはいえ、所詮はリタの申し訳程度な魔力と純度78%の銀製ナイフを用いた簡易式である。


 長くは保たない、いずれは隣国まで瘴気の手は伸びてしまうだろう。




 はやる気持ちを抑え、気付けばリタは見知らぬ森の茂みを抜けて踏み鳴らされた古道へと出ていた。




 サンブラフ村から山岳地帯を超えたここは最早隣国ルーテシア。

 思いの外早く来れたような気もするが、それはラックやルーシアに気遣う必要もないからかと考え隣国の大地を踏んだ。



 辺りに関所等は見当たらない。



 やはりあの山岳地帯を開発するのは難儀するからだろうと一人納得するリタは、背後からガラガラと騒がしい木車輪の音を聞き茂みに身を避けていた。




 次の瞬間、激しい悪路に限界を迎えたのか馬車の木車輪が外れ茂みにそれが飛び込んでくる。


 荷車に繋がれたままの馬もそれに引っ張られドスンと横倒しになったまま何とか立ち上がろうと藻掻いていた。



「お、王女様!!お逃げぐっ」



 動きにくそうな甲冑を身につけた御者が慌てて立ち上がり何かを叫んだが、首に矢を受けそのまま昏倒する。



 再度の矢が荷車へ深く突き刺さり、もう一本がリタへと飛んだ。



 何事かと片手に持った木刀でそれを打払いながら、道向いに黄色い花をつけたタテキバナを見つけ、ついそれに駆け寄っていた。



「タテキバナ、隣国でも自生しているのか。良かった、三名草もあれば調合出来る……」


「いや、いやよ!た、助けて、何してんの、寝てないで早く助けなさいよ!!ちょ」



 華やかなドレスに身を包んだ少女が荷車から慌てて這い出し、先程倒れた騎士を必死で揺するが反応は無い。


 矢は深く頸動脈を貫いている、即死だろう。



「な、何!死ん、だの……?はっ!ちょ、ちょっとそこの!!」



 抜き取ったキタテバナの根をちぎりポーチに入れているリタに、背後で少女は慌てふためきながら叫んでいた。



「あんた!あんたよ!ちょっとた、助けなさ……ふひっ!?」



 遠くから再び矢が飛び、少女のドレスを貫いて地面に張り付けにした。



 何事かと暴れる馬を横切りその少女の元へ向う。

 白と薄い桃色のグラデーション、ひらひらとどこぞの貴族を思わせるそのドレスは転んだせいか所々土で汚れている。


 ドレスに突き立った矢は細いシラカバ木を削ったものだ。

 腕の立つ弓士が好んで良く自作し使うものであるが、木筋の選びが甘いと思えた。


 妹が作った物とは雲泥の差である。



「まあだが、ものはいいな」

「ちょ、ちょっと!何言ってんの!?た、助けなさい!早く!褒美は出すわ!……あ、あとでだけど」



 口ごもる少女。服装からして貴族以上で間違いなさそうだとリタは判断していた。


 派閥争いに負けたか、邪魔になった王女が近親者から狙われでもしたのかと。



 先程から途切れ途切れではあるが確実にその少女とリタを目掛けてくる矢を木刀で叩き落しながら思考を巡らせる。

 矢の勢い、刺さる角度、シラカバ木の特性から考えればこれを打つ者はここから距離150メートル、上方三メートルの位置から放っている。酷い命中率だとリタは思った。



 少女は狙われているようだが、それにしてもと。



「お、お願いよ!早く助けて!さっきからそ、それ!剣でしょ?剣士よね!?殺されそうなの!!お礼ならするからぁっ!!」

「いや、それはいいんだが」

「何よ!?幾ら欲しいの!?少しなら馬車に積んでる!売れば金貨500枚にはなるわ!平民なら一生暮らせるお金よ!そ、そ、それとも何……もしかして、あんたも、か、身体」


「考えておくから待て。いい加減鬱陶しいな」



 リタは向けられる矢を受け流し、僅かに逡巡したがやがて意を決したように声を上げる。



「おいっ!!気に登っているんだろ?こっちに来い!あまりにも弓の腕が悪すぎるぞ、何処か身体の具合が悪いんじゃないのか!?心配だ、薬をやるから早く来い」

「へ、ちょ、ちょっと!な、な、何呼び出してんのよ!出てくるわけ無いでしょう」



「……っち、舐めやがって。お前は何だ。殺されたくなきゃ退け、タダでガキを殺す趣味はない」



 既に近づいていたのか、茂みの影から灰緑のフードケープが苛立った様子で姿を現した。



「って!き、来ちゃったじゃないの!!ど、どうするのよ!!お、お願い!!殺さないで、おか、お金なら上げるわ!!どうせ叔父様の差金でしょう!!」


「ふんっ、小娘が。没落側の端金などいらぬ。それより貴様、随分と舐めた事を」



 暗殺者らしきそれは少女にそう吐きすて、ふるふると肩を震わせ音もなくリタの方へと距離を詰めた。

 灰緑色のフードケープの隙間からキラリ刃物が光を漏らす。



 刹那疾風の如く速さで腕が突き出されたが、反射的にリタはそれを木刀で相手の腕ごと叩き上げていた。


 次に上方か後ろに飛び上がると予測しそのまま鎖骨に手刀を入れ、念の為顎先を打つのも忘れない。

 僅か二挙動、一瞬の出来事であった。



「ぅぐ……」

「わ、わ、へ?ど、どうなったの」



 暗殺者はその場にうつ伏せで昏倒した。


「やはり……近接でもそのレベル。まるで野うさぎと互角だ、何処か具合が悪いんじゃないのか。これを飲め」


 苦しそうに呻き声を上げるフードにリタは丸薬を一粒差し出す。だがどうやら身体はピクリとも動かないようだ。



「ぐ、ふざけ、やがって、お前がやったんだろうが」

「む、女か。だとすればその動きの遅さは更に異常」


「く……き、さま!舐めやがっ、げふ、ごほ!ぐ、殺せ」


 地に伏せるフードケープがずれ、中から覗く長い髪と白い肌は暗殺者を女だと確信させた。



「はっ、はは!!ざ、ザマァ無いわね!さぁ、今のうちよ。殺っちゃいなさい!」


「っち、いいから飲め」



「むぁっ!!やむ……め、らぐぅぅ!れ」




 リタは昏倒する暗殺者の口に無理やり丸薬を詰め、歯で噛ませた。



「とりあえずこれでいい」

「え、こ、殺したの?そんな酷いやり方じゃなくたって……」


 ドレスの少女はそんなリタを見て恐ろしそうに後ずさる。



 リタは丸薬を無駄使いした事に少しだけ後悔したが、これも人助けだと思えば安いものである。魔王が自分のせいで復活し、それが世界を覆えばこんな心配では済まない。



「さて、因みにそっちの君は」

「はひっ!?お、お礼なら好きなだけ、も、持っていきなさい!わ、私は殺さないで!!」


「君もさっきから殺さないでだの、殺せだの殺さないでだのと……自我が滅裂しているようだが。何か毒を吸ったのか?あまり減らしたくはないのだが、これを飲め」


「い!いやぁぁぁ!!」



 丸薬を渡そうとしたリタを見て、そのドレスの少女は身体を跳ね上がらせて逃げだした。

 だが走りなれていないのかフラフラと、時折裾を踏んでつんのめる。


 まるで月光蝶のようだな、とそんな光景を見ながら思った。だがそれも何かの毒の影響も考えられる。


 リタは一足でその少女に追い付くと丸薬を無理矢理にでも噛ませたのだった。

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