一章 ルーテシアの王女と暗殺者

第7話 妹の考え


 世界は破滅と再生を繰り返す。



 数百と余年前、世界はジェバ、ヴィナス、マラーナと言う三人の勇者によって魔を従える主、黒の魔王の破壊から守り再生させるきっかけを作ったと言われている。




 英雄譚の言葉の一つに「我等は才に恵まれた訳ではない。向き合い、思考し、動いただけだ」とある。



 それは勇者達自身が自分達には特別な力等何も無かった。


 それでも動けば魔も打ち倒せるとそんな意味が込められている。




 その事から民は勇者を身近なものと、皆の心にも勇者はあるとそんな意味を込めて勇者の像を祀った。



 森の神ジェバ。


 庇護の女神ヴィナス。



 ……マラーナである。



 だが時間の変遷と共にそれはいつしか神や女神と称えられ、ただの信仰の対象となっていった。



 しかして世界を救済した勇者達が伝えたかったのは一体何か。いつかに起こりえるかもしれない魔王の再来に、子孫に期待をかけたのだろうか。





 森がざわめいている。しんしんと冷える冷気を受け、木々から紫煙が水蒸気と混じり、あたかも悪魔の息吹のように舞い上がる。



 邪悪な思念は既にその姿を現代に復活させていた。



 恐怖で森は姿を変える。


 それは森が恐怖をエネルギーとして蓄える場だからだ。


 恐怖を飲んだ森は更に獣を飲み込み、負の連鎖は大きくなる。



 そして世界はまた、魔の王を迎えようとしていた。










 サンブラフ村は成人の儀式を終え、普段通りの日々に戻っていた。



 成人の儀でのリタの村を出ない発言にはザイルズ達も流石に面食らい、ラックとルーシアは今回ばかりはと憤怒の表情でリタに詰め寄った。


 それはそうであろう。幼少の頃から何度も森に入り、稽古をし、苦楽をともにしながらいつかは街に出て一旗上げると考えていたのだ。冗談じゃ済まされないとラックに至っては決闘まで申し込んだ程である。



 誰も予想し得なかった期待の青年リタの居残り。

 だがそれも数日経った今では笑い話だ。




 ある意味いい余興である。




 冒険者になると出て行っても何れその殆どが出戻ってくると考えている村。


 そこまで若手を欲してはいない。


 だがしかしとりあえずは成人と言う事もあって、リタは今まで以上に村の為、心配症の更なる改善の為に日々を過ごしていた。




「心頭冷却月光の如しは常一瞬と自らを俯瞰し、一刀に信心を込め振り抜くが神の矢の如し……ぬ!!」



 朝から庭で素振り10万回を粛々とこなしている背後で、神々しい程のエネルギーの密集を突如感じたリタは木刀を横薙ぎに払った。



 木刀に冷気がぶつかり、集約されていた魔力が辺りに衝撃波となって弾ける。


 庭の草花がドライフラワーと化し、リタの木刀はパキンと凍り付いたまま折れた。



「お兄!!」


「妹、お前の魔法を完全に無効化できなかったのは俺の実力不足によるものだが無作為にそんなものをぶっぱなすのは止めてくれ。村が壊滅しかねん。と言うか殺す気か」


「あはは、相変わらず心配症だなぁお兄は。ねぇねぇ!そんな事よりさ、お兄の為に一本打ってた神々の剣どうしよー?お兄の旅立ちの為にこっそり鍛造してたのに結局素材足らずのまま忘れてたよー」



「すぐに神々系の名を付けるは止めろ。その件に関しては悪かった。俺もミサを超えたいとばかりに子供じみた真似をしたかもしれない。だがそろそろ兄も兄として成長出来た気はする。今度こそ本当に旅立が近いかもしれないな、余裕を持ってあと二年程か……」



 リタはふと空を見上げた。

 水平線に日が昇りだし、村の田畑や木々の先が赤らんでいた。



 今頃ラックやルーシアはどうしているだろうか、すでに冒険者として活躍しているのだろうか。否、あの二人では下手するとギルド登録すらままならず村に戻るのも悔しいと酒場で配膳でもやってはしないだろうか。

 そんな不安がリタの中で湧き上がるがそれを何とか心に押し込めた。



 そうならない為、二人には冒険者マニュアルを渡してあるのだからと。


 登録から昇格編まで、どのようにSクラスまで上がるのが一番効率が良いかをすべて網羅してある妹特製マニュアルだ。


 本来はリタが持っていく筈のものだったが、謝罪を込めて先にラックに渡してある。



 きっと今頃はひたすら薬草刈りに勤しんでラックがぶつくさと文句を垂れているのだろうと想像し、笑みを零した。




 庭の横には妹のミサがたまに鍛冶場として使用する小屋がある。


 若木の丸太で出来た木製の扉には木の看板に手書きで鍛造中の文字。


 中に入ればそこはまだ熱気が僅かに残りほんのり温かい。


 鋳造台には自称神々の剣だと言うそれが魔力を抑えきれないとでも言いたげにフォォと唸り声を上げ、青白い光を伴いながら時折微振動しているようにも見えた。


 ミサの上半身以上の長さを持つその剣はだが無造作に鋳造台の上に転がっている。



「あと銀竜の鱗が一キロぐらい欲しいんだよねぇ。これだと神々のって言うよりコリコリのって感じ」


「いや、おかしいだろ。何だコリコリの剣って。既に神っているぞこれは。ミサ、あまり無茶は辞めろ。ここまで来るのにも相当危険な橋を渡っただろう?」



 思えばミサは時折家を空けることが度々あったように思える。


 あれ? と思えば二日ほど夕飯時に居なかったり、それこそ怪我等は無くニコニコしながらしれっと帰ってくるからリタも父も思春期かと特にそこまで気には留めていなかったようだ。



 村の自由を重んじる風習もそうだが、妹に関しては心配症のリタも絶大な信頼を寄せていた。と言うより、すこし周りとは心配する次元を変えなければならないのを理解していたのかもしれない。



「全然だよ!飛竜で一飛びだし」

「そうか。そう?飛竜だって?飛竜に乗るなんて俺も聞いたことが……いや、亜竜種の中に性格が大人しい小型の飛行竜がいたか。だがあれは何処だったか、南部砦とか言う僻地にしか生息していない筈だぞ。しかも臆病でとてもそんな……くそ!分からん。まだ俺はお前に追いつけないのか」



 リタはようやく妹を超えられそうだと少しずつ芽生えた自信を捨て去り、諦めたように何故!? とミサに教えを請うた。

 ミサはまだまだだねぇと笑いながら兄の肩を叩くと、おどけた様子で村の南方を指差した。



「彼処にいるよ」

「馬鹿な!!」



 幼き頃ローグ老がよく昔の冒険譚を話してくれた。


 リタもミサも、勿論村の殆ど誰もが元冒険者達の話に夢中になった。

 砦の竜に纏わるそれは中でもリタが好きだった話で、後々ローグ老の話も含めそれらは全て経験してきたものだと理解出来た。だが英雄譚のお話ですら流石に竜に乗った等と言う事は無かった筈である。


 しかもその話に出てくる南の砦がこの村の南にある赤茶けた空にも届きそうなあの壁だった等とそんな訳があるだろうか。


 そもそもどうやって登るというのか。



「そんな訳が、あるか、妹」

「ローグじいちゃんの話と似てるし、英雄譚にも出てくる場所だった。あの竜、お兄の作る蜜で釣れるの」


「二度馬鹿な!!そもそも彼処はこの世の果てと誰かが言ってなかったか。何故行く気になった妹よ……いや待て。彼処がそうならまさか、もしかして、やっぱりそうだったと言うのか?」



 リタは今まで敢えて思考のはるか奥底に閉じ込め、見ないようにしていた現実を改めて突き付けられる事となった。数ヶ月前にザイルズ達を助けたあの大穴。

 あの日の恐怖が鮮明に心を再び蝕んでいく気がした。



 ザイルズ達が散らしたと思われた黒曜石、そして砂にまみれた石版。

 それを見てリタはそこが魔王の封印されている場所だと咄嗟に考えた。ザイルズ達によってその封印が解かれたのではと。伝承とあまりに酷似していたからだ。



 あの時はだとしても再封印出来たのだから最悪の事態にはならないだろうと自分を言い聞かせた。心の底の何処かでそもそもこんな村の近くにそんな場所がある訳がないとタカを括っていたのもあった。


 だが妹の言うように飛竜が生息する南部砦がすぐ近くにあるとしたなら、魔王を封じた洞穴があってもやはりおかしくは無い。


 それは避けたかった。


 リタにはどうしてもあの穴を封印の穴だと思いたくない一つの理由があったから。



「み、ミサ……英雄譚の最期の日、勇者はどうやって黒の魔王を封印したでしょーか?」



 恐る恐る最後の確認だと妹のミサにそう問いかける。

 勿論英雄譚は何度も見返した。


 あの日から何度も何度も。

 その度に悪寒が走った。だが、万が一自分の見間違いと言うこともあるのではないかと。



「おぉ?お兄クイズだぁ。ふふふー、でも簡単!世界の英雄譚の中でも大体の話魔王は倒されるか封印されるかの二択だね。倒す場合はやっぱり世界の裏にある魔王の城でクライマックスー!封印の場合は大抵魔水晶に闇を封印して祠にー!て感じ?でもお兄がそんな簡単な問題を出すわけないと考えたらやっぱり珍しいパターンのやつ!ジェバ、ヴィナス、マラーナの英雄譚と考えれば答えは一つしかない!!結晶化された恐怖を小さな暗黒石にして、魔術式を組み込んだ石版で創り出した魔王を勇者ジェバが、一人それを破壊しに行って封印した!!」



「せ、正解。因みにそ、そ、その石版の魔術式……どんなのだと思う?」



「むむ、流石お兄。今のは小手調べときたか。深堀り事例ですな。恐怖を暗黒石にして魔術式石版に組み込むだから、やっぱり六芒星配列式タイプかな?石を石版に嵌め込む感じ。それなら恐怖をエネルギーとして集めやすい森の奥底に石版を設置した理由も分かるし。だから封印は、逆説的に言えばその配列を崩すって事だから媒介されているエネルギー、多分黒曜石なんかが使われてる筈だけどそれを外す事で封印になるって事!全体がエネルギー化されて魔力被膜があるから多分本来なら破壊は無理。英雄譚はジェバ以外が伝えた可能性があるし、ジェバはその封印解除で多分魔力を黒曜石に持って行かれて死んじゃったんじゃないかなぁ?勇者は特別な才能があった訳じゃないって言い伝えだし。六芒星配列式は、ミサも前に似たやつを組んだ事があるけど危なかった。どうだお兄!これで文句ないだろ。ふふふ、我ながら完璧な推論」



「ああまずい!だとすると、だとするとあの封印をととと解いたのは……やっぱり、むしろ、俺か!」




 リタの中で何かが崩れた気がした。


 何故あんな軽率な行動を取ったのかが悔やまれるが、リタにしてみればあの時はザイルズ達が確実に何かをやらかしたと思った。


 妹に勝ちたいと言う一心であまりに様々な英雄伝承を読み過ぎ、知識過多と焦り、動揺が余計な事態を招いた。



 いつでも間違いなしの完璧な妹。

 その妹が言う。


 最早黒の魔王を復活させたのは自分だと言う事実のみが目の前に転がった。



「どうしよう妹。俺、その封印解いちゃった」


 口は開けたまま意識呆然のリタには、ただ目の前の妹だけが頼りだった。


 ミサは少しの間首を傾げて考える素振りをみせたが、やがて全てを理解したかのようにニコリと微笑み兄の肩を叩く。




 そこからは最速だった。


 事実確認と、ミサは最近の村の状況や噂話、世間話、旅行商から手に入れた世界の細かなニュースを過去英雄譚と重ね合わせ事態を把握する。


 その上で再度その大穴に向かい二人で状況確認に向かう事になった。森は何故か酷くダンジョン化を起こし、時々魔獣らしきものもいくつか現れたが三人で潜った時の十分の一の速さで目的の大穴に到着した。



「うん、魔王復活してるね。確実に。結界で入れないや」

「どうしよ」


「大丈夫だよ貴様、一緒に魔王を倒そう」


「兄様だよ、妹。なぜそこだけ覚えんのか。と言うか倒す?封印じゃなく?」


「本体がもう居るはずだから弱らせないと駄目。まあお兄だったら倒せるよ!結界が無くなったところでミサが封印しておくね。結界を解ければ一番早いんだけど……これは無理かなぁ。ミサも修行が足りないや、ごめんね」

「いや十分だよ、それ以上兄を引き離さないでくれ」





 サンブラフの村はいつも通りであった。


 だが森はいつもより禍々しいオーラに包まれて瘴気を発しているようにも思えなくもない。


 いつも居るような熊や鹿、野兎の姿も無かった。

 思えば村にいつもいる若手が数人消えている気もする。


 忙しそうにしていたのも今考えれば何か魔獣が大発生していたのではなかろうかとリタの不安は募った。




 ミサは先程から鍛冶場小屋の長テーブルでひたすら何かを書き続けている。

 リタはただそれを眺めているしかない。

 そんな妹に頼るしかない自分が悔しくもあり、申し訳なくもあり、情けなくもあったが、妹はやはり泣ける程こういう時に頼もしい。


 ふと妹のミサが出来た! と満面の笑みで声を上げる。



「すまん、妹。俺のせいで、こんな、世界が」

「ううん!丁度銀竜の鱗が欲しかったし。魔王がいるのはあの山岳地帯の先の銀竜の谷を越えて……ってお兄なら分かるか。鱗一キロね!お兄!」



 簡単に言ってくれる辺り、やはり妹は完璧だった。


 世界が危険に晒されているというのにこの落ち着きようは自分も見習わなければならないと実感する。



 と言うか魔王がいる世界ならまだしも、倒した後の世界で例の神々の剣は何に使うと言うのだろうか。



 ともかく自分の撒いた種である。

 この程度で弱音を吐いているようでは一生妹を超えられない。


 リタは解体用ナイフと腰ポーチを身につけると、木刀を手に駆け出した。




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