僕たちはみんなしてインターネットの女の子ばかり好きになってしまう

あじその

1.ゲロまみれの彼女を思い出しながら僕は、冴えない物語のヒロインみたいな人だなと思った。

 インターネットを眺めていた。アホみたいな速度で話題が移り変わる。情報の海だ。溺れそうだ。だからわざと遮断する人もいる。脳みそのメモリを出来るだけ空にしたいとか言っちゃう。それが素晴らしいことなのかは僕にはわからない。みんなそれなりに幸せになればいいと思う。自分の人生に不必要な情報を眺めているよりも多くの時間を見つめられる存在があればいいな。たとえそれが猫でも犬でも、恋人でも絵画でも神様でも天井のシミでも構わないと思う。どれも大差はないのだろう。終わっていくまでの時間を緩やかにやり過ごせんことを願っている。今日も別にやることがなかった。何もしない一日の罪悪感が嫌いだった。せめて家事でもして気を紛らわせようと、雨が続いて溜まっていた洗濯物を洗ったところで空が履き古した上履きみたいな色になった。仕方がなくコインランドリーに行った。乾燥機が回るのを眺める。ちょうど清掃の時間なのかおばちゃん数人がやってきて放置された洗濯物を次々とポイポイ取り出していく。セクシーなランジェリーもオジサンのブリーフも分け隔てなく生活の柄に染まっていった。そんな様子をぼんやり眺めながら僕は一人の女の子のことを考えていた。会ったこともなければ話したこともない。本当は存在すらしないのかもしれない。それでもいいのかもしれない。それこそが美しいのかもしれない。そんな女の子のことをぼんやりと考えていた。


 SNSで孤独を売る。自意識のプールサイドで太陽の光で白飛びしたような自分自身を眺める。常に新しい神様を欲しがっている。神様なんて本当はいないこともわかっている。私の人生には脇役が必要だった。インターネットには悲しい怒声も醜い怒張も発音しない理想的なモブがたくさんいる。たとえばこの人だ。文字列の上で無情を説いているモブBを眺める。彼は今どんな感情で親指を踊らせているのだろうか。真顔なんだろうか。幸せなんだろうか。幸せですか。今晩は何を食べたんだろう。こんばんは。私のことを考えているんですか。今あなたの脳髄の中で私は何パーセントを占めているんですか。私は情報の海に流されていきませんか。溺れていたら助けてくれるんですか。今溺れてるんですよ。わからないけど。わからないのはいいことじゃないですか。だってあなたたちは曖昧なものが好きじゃないですか。会ったこともない空想の恋人だかに恋い焦がれているじゃないですか。だから私は出来るだけ透明な存在でいようと思いました。あなたが勝手に、自分勝手にスキマを埋めていくんでしょう。本当に強欲で謙虚な存在だ。存在したいと思う。そんなことばかり考えてしまう。そんな言葉ばかり空気に震わせることをためらってしまう。未来はそれなりにいいものであればと思う。みんなそれなりに幸せになればいいと思う。思うことばかりで何もできない。何者かになりたいけど何もできない。だからせめて脇役の彼らの中だけでも私がヒロインになればいいと思う。インターネットはとても優しい。優しい薬の副作用でみんながみんな十四歳になってしまう。十四歳は何をしても許される。自撮りは白飛びすればするほど良い。安いカラコンを入れながら青春のロスタイムは敗戦処理でしかないんだろうかと不安になった。

「不安です」

とさえずると親鳥がご飯をくれた。


「不安です」

と女の子がぼやいていた。彼女の不安は情報専用の業務用の洗濯乾燥機の中に溺れて干からびた。ミイラにも不安はあるんだろうか。優しい言葉をかける人が何人か目に入ってしまった。僕たちはああそうなんだよなと思った。あーあ、って思った。悲しいねったら悲しいね。彼女に必要な成分の美容液になれたらいくらかいいな。そういえば昨日君の夢を見た。会ったこともなければ話したこともない人間が夢に出る。脳みそってロマンチストなのかもしれない。いけすかなくて吐き気した。夢で見たあなたの顔は忘れてしまいました。多分可愛かったのだろう。こんなことばかり今も考える。帰りによったスーパーで流れていた外国の古いラブソングが妙に優しかった。何を言ってるのかはわからない。もしかしたらラブソングでもなんでもないのかもしれない。ファッキンとかそんなアホな言葉だったらちょっとはいい。三十パーセントオフの弁当と発泡酒を買った。不安だなと思った。こうなってしまったら酒なんかもう効かないのかもしれない。もともと痛み止めにもならないものだけど。弾けないギターを弾きたくなった。ロックンロールは泣いたままでも踊らせてくれるというから。人間の脳みそってアホだから泣いたままでも踊ってたら楽しくなりそうなんだ。試しにやってみようとしたけど泣けなかったので踊るだけした。楽しかった。良かったです。良かったので女の子に

「踊ればいいと思う」

ってさえずってみた。踊りは下手であればあるほどいい。下手な踊りの専門学校を作って食っていきたいと思った。


 色々な声が聞こえてきた。

「元気出して」

が十件

「大丈夫だよ」

が七件。いい具合だなと思った。いい具合にやられちまったんだろうな。君らも私も。

「踊ればいいと思う」

バカみたいなメッセージが一件あった。アルコールを買いに行った帰り道、試しに雑に踊ってみたら少し楽しかった。駅前から聞こえてくる弾き語りの陳腐なラブソングがやけに沁みた。久しぶりに動いて汗をかいた。喉が渇いたのでバカ用のアルコールを投薬した。刺激が強すぎて全部吐いてしまった。吐いたらなんか少しスッキリした。私が漫画のヒロインとかだったら泣いたらスッキリしちゃったなんて言うのだろう。現実はなんか酸っぱい。冷たい風に頬を撫でられてどこか暖かかった。世界が回っている。楽しくて仕方がない。踊ったのが良かったな。踊れたから今日はいい日だった。地面めがけて嗚咽のブルースを。どうしたらいいのかわからない。何が幸せなのかわからない。私は何が欲しいんだろう。私の欲しいものは密林に行けば見つかるのだろうか。他人のつけた星の数で何がわかるんだろう。見てみなよ。東京の空には星は少ないけどこんなにも綺麗なんだ。星の海に馴染めなくて逃げ出してきたのだろうか。ああなんと愛おしいことだ。そんな甘酸っぱいことを考えていたらお腹からだんだん酸っぱくなってきたので、すごい早さで地面くんと元サヤになった。


 ★

 夜中には猫を探してよく散歩をしている。夜行性で群れない感じがイカします。本当は僕も人間ではなくて猫ではないのだろうか。いつも何匹かが集会をしている駐車場に向かった。猫たちがいた。僕を一瞥して解散した。僕は猫としても踊るダメ猫なんだろう。帰り道の公園の入り口でゲロを吐いてる女の子を見かけた。自分の意見とかを言え無さそうなおとなしい子にみえた。いつもだったら無視して通り過ぎていたと思う。だけど踊ってナチュラルちょっとハイになっていた僕にはそうすることができなかった。自販機で水を買ってきて

「あの。これ」

と差し出したら

「ありがとうございます」

と言ってくれた。今日はいい日だなと思った。

 水を飲んだ彼女は下手くそなお辞儀をしてそそくさと去っていった。


 ゲロまみれの彼女を思い出しながら僕は、冴えない物語のヒロインみたいな人だなと思った。

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