第30話 吉祥寺店店長さま①

 五分後。


「そんなに怒らないでよー、もう。コーヒー、おごってあげたじゃん。シフォンケーキもつけてあげたのに」


 そう言いながら、テーブルの隅に置いていたさくらの手の上に、ちゃっかり自分の手をのっけてくる、真冬。さくらはあわてて腕を引っ込めた。


 イップクは店内の持ち場に戻った。


「勝手にコーヒーをおごられただけです。飛行機のお時間、だいじょうぶですか」

「もうちょっとあるよ、いくらなんでも」

「終身、函館にいらしてはどうですか。社長に、提案しておきましょうか?」

「今度は意地悪だなあ」


 意地が悪いのはどっちだ。さくらの知らない、類との関係なんてちらつかせるなんて。(たぶん)嘘だけれど、嘘でもいやだ。


「さくらさんと一回してみたいんだ。絶対にいい感じだから」

「無・理・で・す」


 このやりとりを、何度も繰り返している。


「はあ、さくらさんがママじゃなかったら、飲み会にでも連れ出して酔わせれば簡単なのに」

「…………」


 その方法で、何人襲ったの、この人? 類も相当だが、真冬も女性の敵である!

 素敵なカフェなのに、会話がお下品とか、ない。


 カフェは、たくさんの観葉植物に囲まれている。温室をイメージしているのだという。展示してある鉢植えは、すべて売り物。

 植物が配置してあることによって、となりのテーブルとの目隠しにもなるし、会話の声も吸収されて、人の気配が気にならない。テーブルなども、もちろんシバサキ製。

 そして、席は半分ほどが半屋外でウッドデッキなテラスになっている。その先には砂場があって、子どもたちが元気に遊んでいる。


「このカフェも、発案&企画はルイさんなんだってね。強盗が入った記憶を払拭させるために」

「多少、聞いています」


 使っているコーヒー豆は、地元の自家焙煎店から取り寄せ。紅茶も、パッケージがかわいらしい、吉祥寺発のあの紅茶店から仕入れている。ケーキなど、サイドメニューも地元の洋菓子店と契約。

 今は軽食しか置いていないけれど、ゆくゆくはカフェレストランにしたいらしい。


「もしかして、このお店のその後は真冬さんが?」

「ご明察。地元のお店を使って根づこうとしているよね、いい方向性だと思う」

「はい……」


 オープン直後、吉祥寺店では強盗事件があった。類の気を惹くため、当時店長だった叶恵の自作自演だったが、店内はめちゃくちゃになり痛ましかったという。『縁起が悪い』。『被害に遭ったお店』。地元の人も、しばらくはそういう目で見ていた。


 けれど、すばやく明るいカフェを立ち上げたことで、人の目も流れも変わった。家具は買わなくても、お茶だけでもお店に寄ってくれる人が増えた。


「あ、ルイさんが出てきた」


 観葉植物の間と間から、類の姿が垣間見えた。どうやら、この席の角度からのみ、バックヤードとの出入り口が覗けるらしい。


 しかし、真冬と身体をくっつかせないと、見えない。


「真冬さん、もうちょっと右にずれてください」

「もっとおいで~、抱いてあげる」

「遠慮します、右です右……っと」


 類は、お客さまと一緒だった。


「あれが、お得意さま?」


 なかば、真冬に抱きつかれながらも、さくらはじっと息を潜めた。


「一回のご来店で百万以上使ってくれるらしいよ、月に三回は来るって」

「ひゃ……ひゃくまんえん? 月に、さんかいも」


 声が裏返ってしまった。


「だから、ルイさんも特別対応しているかもね、とーくーべーつ♡」

「気になる言い方はやめてください。類くんはホストじゃありません」

「熱烈な『北澤ルイ』のファンだったらしいよ」

「でも、だからってそんな大金」


 VIPなお客さま、若い女の子なのだ。さくらよりも、おそらくは。なのにどこからそんなお金が。

 しかも、細くてかわいい。でも例のごとく……胸がばっちり出ていて、髪が長い! 類の好み、どストライク。 


「よくある、『実家が資産家』ってやつみたいだけど、家具ばっかり買ってどうするんだろうね。場所を取るし」


 類が、『北澤ルイ』の顔で、女の子に近づいてなにか耳打ちした。うわあ、耳……触りながら! そして、見つめ合って笑っている。近い、近い! いやあん。

 どうしよう、あんな子とふたりきりで密室で商談なんて。類の日常、覗かないほうがよかった?

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