煤払いの前に (本編149話)

閑話集用として書いていた未完成のモノを発見。

せっかくなので仕上げてみました!

西本願寺に引っ越す前、八木邸・前川邸にいた頃の煤払いの日(149話)のお話です。




 * * * * *




 ここへ来て二度目の煤払いの日。

 今年も畳担当は永倉さんと原田さんで、他の人達の持ち場も概ね去年と同じだった。


 腹が減っては戦は出来ぬ、とみんな朝から気合いを入れて朝餉を済ませると、食べ終わった人からそれぞれ持ち場へつくため広間をあとにする。

 私も食事を終え立ち上がれば、丁度近くに座っていた斎藤さんも立ち上がった。そのままの流れで一緒に広間を出れば、隣を歩きながら訊いてみる。


「斎藤さんは、今年も障子や襖の張り替え担当ですか?」

「いや、今年は巡察だ」

「あれ、そうなんですね」


 一年に一度の大掃除の日くらい、不逞な輩も悪さなんてしないで、煤と一緒に厄やら煩悩やらをまとめて払ってしまえばいいのに。


「悪いな」

「巡察だって大切なお仕事ですよ」

「いや、そうではない」


 ん? 他に謝られるような覚えはないのだけれど。

 首を傾げるようにして隣を見上げれば、斎藤さんが前を見たまましれっと言う。


「お前の手を温めてやれそうにないからな」

「え? ……だ、大丈夫ですっ!」


 確か去年の煤払いでは、雑巾を洗って絞るのが冷た過ぎてそんなこともあったっけ。

 あれから一年。いまだ事あるごとにからかおうとしてくるけれど、いい加減飽きないのだろうか……。


「飽きないな」

「なっ……」


 勝手に人の心を読むのはやめて欲しいのだけれど!

 そんな考えさえバレているのか、斎藤さんの口が横からでもわかるほどに弧を描く。


「ところで、沖田の部屋の襖が酷い有様らしいな」

「襖? あー、あれは……ネズミの仕業じゃないですか?」

「やけに大きな鼠だな」


 斎藤さんはあの二人の攻防を知っているのか?

 どちらにせよ、私は関与していない。巻き込まれただけだから!


「少々、残念だな」

「……残念?」


 相変わらず前を向いたままの横顔が、突然立ち止まったかと思えば私を見下ろした。

 つられて歩みを止めれば、視界の端から伸びてきた手が私の片頬に触れる。


「随分、可愛らしい鼠まで悪さをしていたらしいからな。捕まえて愛でてやろうと思っていたんだが」

「なっ……さ、斎藤さんっ!?」

「何だ?」

「な、何だじゃなくて!」


 慌ててその手から逃れれば、全力で抗議の眼差しを向ける。

 またしても、からかうつもりだったのか!

 ……って、違う!


「私は何もしてませんからっ!」

「お前の事だとは言っていないんだがな」

「あっ」


 再び歩き出したその背中は、僅かに肩を上下に揺らしている。

 すぐさま濡れ衣であると訴えるも、必死になればなるほど、くくっという笑い声まで聴こえてくるのだった。

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