東堂兄弟の探偵録 出雲御子編〜第2話 幼形成熟BOXのララバイ〜

涼森巳王(東堂薫)

幼形成熟BOXのララバイ

プロローグ

プロローグ


《現在1》



 幼いころから、蘭は、たぐいまれな美貌のせいで、数えきれないストーカー被害にあってきた。


 七さいで変質者に、さらわれそうなったのを手始めに、見知らぬ人々に包丁やスタンガンをつきつけられる毎日。


 中学で始めて、つきあった彼女は、それが理由でイジメられ、自殺した。


 傷心の蘭を支えてくれた親友は、とつぜん、「おまえが好きだ」と告白してきた。蘭が拒絶すると、ストーカーに変身した。


 母はノイローゼで死ぬし、兄には「おまえが死ねばよかった」と言われた。


 十六にして、蘭の人生は終わったようなもの。


 そのあとは、メガネとマスクで顔をかくして生きてきた。他人との接触をすべて絶って。


 その蘭に奇跡がおとずれた。

 東堂兄弟との出会いだ。


 東堂猛と、弟の薫。

 兄弟は先祖の受けた呪いのせいで、一族が早死にしてしまう家系だ。長命な男子が、数代に一人だけいる。


 そのせいだろうか。

 ほとんど近親相姦じゃないかと思うほど、たがいにブラコンだ。

 おかげで、蘭の容姿に、まどわされない。稀有な存在だ。


 兄弟と暮らすようになって、一年がすぎた。

 こんなふうに自分が『家族』を持てるとは思ってもいなかった。


 だから、今が、このうえなく幸せ。ずっと、この生活が続けばいいと思う。

 少年期になくしたと思った、気のあう友人たちとの、じゃれあいの延長線上の日々。

 永遠の夏合宿。


 幸い、蘭はストーカー体験をもとにしたミステリーが賞をとり、職業作家になった。収入の面ではまったく、こまらない。


 もし、この生活に変化がおとずれるとしたら……東堂兄弟のどちらかに、彼らの運命が襲いかかってきたときだ。


 そう、蘭は思っていた。


 でも、なんだろう。このごろ、胸さわぎがする。

 このごろ見る、あの夢のせいだろうか?


 あの夢を見るようになったのは、東堂兄弟と出雲へ行ってからだ。


 兄弟は、はやらない探偵を開業している。


 めずらしく事件の依頼を受けて、出雲地方へ行くことになったのは、今年の春。


 あの事件じたい、この世の常識では考えられないものだった。


 それが関係してるのか、ちかごろ夢見が悪い。なんだか体にも不調を感じる。


「どうしたの? 蘭さん。あんかけチャーハン、おいしくなかった?」


 話しかけられて、蘭は、われに返った。薫が蘭の顔をのぞきこんでいる。そうだった。昼食中だ。


「そんなことないよ。おいしいよ」


 蘭が東堂兄弟の自宅近くに買ったマンションのリビングルーム。テレビが昼のかったるい番組をけだるく流している。


 蘭が、ぼんやりしてるうちに、猛は自分の皿を完食しつつある。目つきが、蘭の皿をねらっていることを告げている。


 というより、すでに、あんかけの具が、びみょうに少ない。


「猛さん。また、やりましたね? 僕のエビ、とったでしょ?」


「え? なんのことだ?」


「とぼけたって、わかりますよ。もう、油断もスキもない」


「ぼんやりしてるからだぞ。蘭。人生はサバイバルだ」


「うちがサバイバルなのは、おもに兄ちゃんのせいだけどね」と、薫。


「わかるでしょ? 蘭さん。僕、これまでの人生で相当量のタンパク質、猛に、うばわれてるよね?」


 半泣きで言うので、蘭は笑った。


 そのとき、足もとに、まとわりついてくる毛玉に気づいた。東堂家の飼い猫だ。


 蘭は笑いかける。


「なあに? ミャーコもエビほしいの? でも、ごめんよ。これは人間用だから、ミャーコには食べられないんだ」


 白猫をひざに抱きあげる。


 ミャーコは訴えかける目で見つめてくる。この目に弱い。


「しょうがないなあ。あんを洗いながしたらいいかな?」


「そこまですることないよ。ミャーコは蘭さんに甘えすぎ。めッ」


「蘭。猫にやるくらいなら、おれにくれよ」


「なに言ってんですか。さっき、とったでしょ?」


「おれは猫以下か?」


「だから、そういう問題じゃなくて……」


「くれよォ。蘭」


「この人、人間としてのプライドない」


「食欲に勝るものなし。秋の腹——かーくん。おかわりないの?」


 蘭は急に、おかしくなった。お腹が痛くなるまで笑った。


(こんな人でも、僕がピンチのときには、必死で助けにきてくれるんだもんな……)


 この日々が、これからもずっと、続けばいい。


 笑いすぎて、涙が出てきた。なぜだろう。そのまま、涙が止まらなくなった。


「大丈夫? 蘭さん」


「なんでもないです。僕、もういいから、残り、猛さんが食べて。仕事しなくちゃ。もうすぐ、締め切りなんですよね」


「へえ。今度は、どんな話? いつものミステリー?」


 聞いてくるのは薫だ。本の趣味は、薫のほうがあう。


「今度のは違います、読み切りのSFなんです。それがね、近ごろ、変な夢を見るんです。話にするのに、ちょうどいいかなって」


「どんな夢?」


「この前、行ったでしょ? 出雲。なんでか知らないけど、僕、あの村に住んでるんです。そこで御子って呼ばれてるんですよね」


 東堂兄弟は顔を見あわせる。


「御子か。ヤマタノオロチの肉、食って、死ななくなったって、あれだろ。あの村の伝説の」


「まあ、ただの夢だと思うんですけどね。おもしろそうだから書いてみようかと思って」


 なんとなく、薫は不安そう。蘭の不安が伝染したんだろうか?


「ふうん。そうなんだ」


 自分から言ったことなのに、なぜか、蘭は立ちあがるのが怖くなった。


 今、仕事部屋に入ってしまうと、もう二度と、この場所に、もどってこれないような。


 そんな気持ちになった。


「蘭さん? 行きたくなければいいんだよ? 行かなくても」


「そうだぞ。蘭。むりするな?」


 なぜ、かれらは引きとめようとするのだろう?


 ほんの数時間、書斎にこもってパソコンと向かいあうだけだ。


 夕方には、またいっしょに食事をとるのに。


 不安な気持ちをおさえて、蘭は笑った。


「僕が、かせがなくちゃ、誰が、かせぐんですか」


 蘭は仕事部屋に入る前、心残りな気がして、もう一度だけ、二人をふりかえった。


 行きたくない。


 でも、わかってる。


 蘭は行かなければならない。


 あの場所へ……。

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