第36話 私の反撃

 私はなんだか燃えていた。何か胸の奥底から湧き出す、妙なエネルギーを感じていた。

 あまりに重なる苦しみのその先の最果ての、どん底の底のその更に底のその何かすらを突き抜け超越した世界に私はいた。

「ちょっと出てくる」

 雅男は帰って来ると、いつものようにまたすぐに出て行こうとした。

「よりちゃんのとこに行くのか?それとも、今度デビューした新人の子のとこへ行くのか?」

 私は腕を組み、雅男の背中に突き刺すように言った。

「お、お前」

 雅男が驚いた表情で振り返る。

「私が知らないとでも思ってたのかよ」

「うううっ」

 雅男は私を呻くように睨みつけた。

「こそこそと」

 私は雅男を見下ろすように睨み返した。

「うううっ」

 雅男は、明らかに動揺していたが、それでも強気を崩さないように私を睨み返していた。

「やるなら堂々とやれよ」

 私は、完全に雅男を圧倒している優越感に浸りながら、雅男を上から睨みつけた。

「なんとか言えよ。ああ」

「うううっ」

 雅男は呻くことしかできなかった。

「何とか言ってみろよ。あっ?」

 私は畳み掛ける。

「あっ?」

「うううっ」

「どうしたんだよ。何とか言ってみろよ」

「ああ、そうだよ」

「あっ、開き直りやがったな」

「そうだよ。俺は他の女のとこに行くんだ。お前なんかのとこにいられるか」

「てめぇ、言いやがったな」

「うるせぇ」

 雅男はそのまま強硬に出ていこうとした。

「絶対行かせない」

 私は頭に来て雅男に飛びかかった。

「離せ、この野郎」

 雅男は、力任せに腰にしがみつく私を振りほどこうともがいた。それに私は力いっぱい抵抗する。

「はなせぇ」

 しかし、雅男は力いっぱい私を振り払った。その勢いで私は廊下の壁までぶっ飛んで思いっきり、頭をそこにしたたか打ち付けた。

「やりやがったな」

 しかし、私は顔を上げると同時に雅男を睨み据えた。

「うっ」

 雅男は私のその目つきと気迫にたじろいだ。

「うわああぁ」

 私は、立ち上がり再びそんな雅男に飛びかかった。

「て、てめぇ~」

「絶対行かせない。絶対」 

 私は再び雅男の腰にしがみついた。

「離せ」

 それを雅男は必死で引きはがそうとする。でも、私はそれ以上に必死になってしがみついた。

「離せ、コラッ」

 雅男がまた思いっきり力を込め私を吹っ飛ばした。私はまた壁までぶっ飛んだ。

「行かせない。絶対に行かせない」

 しかし、私はまたすぐに態勢を立て直し、また雅男に飛びかかった。

「てめぇ~」

「こうなったら絶対愛してやる」

 私は雅男にしがみつき叫んだ。私にもう、怖いものなんかなかった。

「絶対愛してやる。地獄の底まで。どん底まで愛してやる」

 私は雅男を下から睨みつけた。雅男は私に圧倒され、ゴクッと息を飲んだ。

「憎んでなんかやるもんか」

「てめぇ~」

 雅男が呻く。

「愛してやる。愛してやる。愛してやる。ざまあみろ」

「ぐくくくくぅっ」

 雅男は奇妙なうめき声を上げ、顔を歪ませた。

「うをぉ~」

 私は雅男に思いっきりしがみつき、その体を抱きしめた。

「愛してやるぅ」

「うをぉ~、やめろ~」

 雅男は腹の底からそう叫ぶと、渾身の力でそんな私を振り払った。私はまた吹っ飛ばされ、壁に激突した。

「キチガイめ」

 そして、そう吐き捨てて、雅男は結局出て行ってしまった。

「・・・」

 私はまた一人部屋に残された。

「負けない・・、絶対負けない」

 しかし、私は無限に湧き上がる闘志にめらめらと燃えていた。

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