第20話 回想

「・・・」

 昨日のことを私は思い返していた。

 酔った雅男はまた私を殴った。泣きながら私を殴った。何度も何度も殴った。まるで私ではなく自分自身を殴っているみたいに・・、自分自身の何かを必死で打ち砕くみたいに・・。


「やっぱりここにいた」

 振り返ると、凪咲だった。私はまたいつもの撮影所の裏の階段に座っていた。

「どうしたんですか」

「ううん」 

 知らずに黄昏ていたらしい。私は慌ててとりつくろった。

「隣り、座っていいですか」

「うん」

 凪咲は私の隣りにひょこっと座った。

「メグさんはもう今日の撮影終わりですか」

 凪咲がかわいく首を傾げるように私を見る。

「うん、終わったよ。全部」

「帰らないんですか」

「うん、なんか天気いいしね」

 私は真っ青な空を見上げた。今日も天気が良かった。快晴で、小さな雲が高い空に浮かんでいる。

「どうしたの?なんか笑顔だね」

 私は凪咲を見た。

「うん・・」

 凪咲は、以前のようなどこか危うい感じが和らぎ、少し柔和な表情になっていた。

「なんかいいことあったの?」

「う~ん、そういうわけじゃないんですけど・・」

 凪咲は少しうつむき、はにかむように小さく笑った。そこにいるのは一人の小さな少女だった。

「メグさんに話したらなんかすっきりした」

 少し間をおいてから凪咲はそう言うと、初めて見る子どもらしい笑顔で私を見た。その時私に向けられた凪咲のその笑顔は、ほんとにかわいいと思った

「そう」

「あの話したの初めてだったんだ」

 少し恥ずかしそうに凪咲は続けた。

「誰にも言えなかった。誰にも・・」

 凪咲は再び少しうつむき、階段の先のアスファルトを見つめた。

「・・・」

 その目の奥には、深い深い苦しみの跡が見えた。

「私辞めようと思うんです」

 凪咲がまた私を見た。

「この仕事?」

 凪咲はうなづいた。

「何するの?」

「とりあえず旅にでも出ようかなって」

 そう言って、凪咲は笑った。

「お金もちょっと貯まったし、それで」

「そう」

 自分もついこないだまで旅人だったことを思い出した。そんな自分がもう、なんだか遠い昔のような気がした。

「いいんじゃない」

 私は笑顔で凪咲を見た。

「うん」

 凪咲は私にそう言ってもらいたかった子どもみたいに、本当に嬉しそうな笑顔をその顔いっぱいに広げた。

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